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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第十章~取り返した未来~
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19.旅に出る時

 ずっとずっと昔の事です。縮力機関が生まれて、色々な発明品が世界に氾濫する前の、もっと前の、ほとんどの人が農場で働いていた時代の事です。

 牧羊犬は羊を追い、人々は夏の間の草を刈り、豆畑と小麦畑が遠くまで広がっています。どんなに小さな村や町の中にも必ず風車があって、其処で小麦を引き潰しました。

 粉にした小麦は、大釜を備えているパン屋に持って行って、住民達みんなの食料である、田舎パン――そうです。それはずっと後にそう呼ばれました――に作り替えてもらうのです。

 そんな、長閑な煉瓦造りの町でのことでした。

 一人の妊婦さんが、命がけで双子の出産をしました。男の子と女の子の双子は無事に生まれました。ですが、彼等は自分の母親の乳を吸うことは出来ませんでした。

 妊婦さんは二人目を生むと、お腹から大量の出血をして、それがずっと止まらなかったからです。

 そして、その時に生まれた男の子と女の子は、生れた時から髪が生えていました。男の子は黒い髪で、女の子は赤毛でした。

「呪い児だ」と、その赤子達の肉親が誰と無く言い出しました。神父は胸の前で十字を切って祈るだけで、何も出来ません。

 産婆は適切な処置をしながら、「滅多な事を言うんじゃないよ」と、強い声で忠告しました。

 やがて、その双子は二歳ほどに成りました。彼等は何より、飛びぬけて魔力の操り方が上手く、将来はきっと優秀な魔術師になると期待されました。

 ですが、彼等が原因でその母親が死んだことを知っている者達は、双子が優れている事を認めませんでした。そして、陰に隠れて、時には本人達の目の前で、「呪い児」と、彼等を罵りました。

 双子は、「何時か、二人で世界を回ろう。森を越えて、海を越えて、もっと広い所に行こう」と約束し合いました。

 自分達の知らない場所には、もっと色んな世界があって、この小さな町の中の「常識」なんて転覆してしまえる、もっと大きな価値観があるはずだと信じていたのです。

 そんな二人を尋ねて、ある人が訪れました。

 白い髪をしているのに若くて、雪の影のような青い瞳をして居ました。

「カスパー、カリス」と、その人は双子の名を呼びます。「初めまして。エリス・ヴィノと言います。君達を迎えに来ました」

 カスパーと言うのは、男の子の方の名前です。カリスと言うのは、女の子の方の名前です。

 二人は不思議そうな顔をしましたが、エリスと名乗る人の背の方から、自分達のおじいさんに当たる人が現れたので、そちらのほうを見ました。

「二人とも、よく聞きなさい」と、白いひげのおじいさんは言いました。

「これから、お前達はエリスの下で、魔術を習うんだ。生活の面倒も、エリスが全部看てくれるそうだ。二人とも、早く魔術を覚えたがっていただろう? エリスはその先生をしてくれるのさ」

 双子が何も言わないうちに、おじいさんはぺらぺらと喋りました。

 双子は、「ああ、申し合わせてあったことを言ってるだけだな」と分かりましたが、魔術の先生を得るのは、確かに自分達の望んでいた事でした。

 カスパーとカリスは、旅の準備をして、エリス・ヴィノと名乗る人の後について行きました。

 その後、双子は、華々しい未来を得る事も、世界を統べるほどの力も得ることは出来ず、少し器用な魔術が使える以外は、大人しい至って普通の子供として生活して行くことになるのでした。


 フォーレが彼と接触できたのは、ひとえに妖精達の導きによるものだ。精霊となって間もないフォーレは、妖精達の囁きを聞きながら、とある少年を見つけた。

 黄色い体毛を持つ狐に似た獣人の少年は、自分の能力で出来る範囲で、ずっとフォーレに呼びかけて来ていた。

 青白い女性の輪郭を持つ精霊を、獣人の少年は、少し寂し気な笑顔で迎えた。

「逃げ延びた感想は?」

 そう言われても、フォーレは何の事だかわからない。妖精の言うように空中に飛翔しただけで、後から追って来ようとしていた者が居るとは、知らなかったからだ。

「意識ははっきりしてる? あんたの名前は?」と、少年は確認してくる。

「名前は……フォーレ。みんなには、マリー・フォーレンって呼ばれてた。でも……もっと、別の名前も持っていた気がする」

 その応答を聞いて、少年はにこりと笑んだ。精霊の居る位置とほとんど同じ高さまで浮遊してきて、フォーレより頭一つ下の位置で止まり、彼女の肩をポンッと叩く。決して、頭の高さを同じにしないように気をつけているようだ。

「それだけはっきりしてれば、心配なさそうだ」

 少年はそう言ってから名乗った。

「僕の名前は、ラビッジ。えーっとね、少し前から、ちょっとした悪戯をしているんだけど、あんたにも、その悪戯に加担してもらいたいんだ。それで、妖精達に貴女を助けるように言っておいたの」

「私……」と言って、精霊フォーレはよく分からないなぁと首をかしげた。「悪戯は、よくない事だって思ってるんだけど」

「うん。確かに、よくない事かもね。だけどさ、誰かにぶん殴られたのに、尻尾を撒いて逃げ出すんだったら、唯の獲物だろ? 僕は、食われて終わる獲物には成りたくないんだ。

 それで、殴って来た奴等に悪戯を仕掛けようとしてる。その時に、あんたみたいに優良な精霊の助けが欲しいって事。短く言うと、仕返しを手伝ってほしい。

 こんなにチビ助の獣人をぶん殴るなんて、嫌な奴だろ? 一泡吹かせてやりたいと思うだろ?」

 それを聞いて、フォーレはこの小さな毛玉少年が、何となく好ましいように思えてきた。彼の話の内容ではなく、言葉の発し方や、はきはきとよく動く手足の所作が、そんな風に思わせた。

「分かった。手伝ってあげる」と、フォーレは答えた。「それで、誰をびっくりさせるの?」

「うん。分かってくれてありがとう」と、ラビッジは応え、フォーレの片手を取った。「此処じゃ話しづらい。もっと……人のたくさんいる所に行こう」

 またしても奇妙な提案をされて、フォーレはきょとんとした。

 秘密の仕返しの話をするのに、人の沢山いる所に行くの? と。

 その疑問は口に出せないまま、フォーレは少年に手を引かれて空中を飛翔し、長い線路の脇に、不自然に一つだけポツンとある駅に降り立った。

 いつの間にか、体があった時のように、衣服を着て、片手に鞄を持っていた。

「今から来る列車に乗って、終点で降りて。其処から、また案内するから」と、少年は言いながら、窓口で切符を買い、切ってもらった物をフォーレに渡す。

「貴方は一緒に乗らないの?」と、フォーレは聞いた。

「ちょっと人を待たせててね。そっちの用事を終わらせてから、終点の駅に行くと丁度良いんだ。大丈夫。あんたを見失ったりしないからさ」と、行って、少年は歯並びの良い牙を見せた。

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