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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第十章~取り返した未来~
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16.点と点

 意識の町の中に、異端分子が入り込んでいる。その通報を受けて、公安としての仕事をして居る魔神(ジン)達が、情報を持ち寄り、恐らく異端分子の隠れ家の小屋を包囲した。

 捕縛の術を備えて、魔神(ジン)達は、小屋に呼びかける。

「抵抗せずに出て来なさい。こちらの呼びかけに応じれば、手荒な事はしない」

 そう響くメガホンの声を聞きながら、隠れ家の中に居る獣人の少年ラビッジは、もうそろそろかな、と思った。

 目の前には、(あか)い瞳を持っている黒髪の女と、白髪の増え始めた老年の魔女が居る。

 三人は夫々の手を合わせるように、非接触で空中に手の平を向かわせ合い、術を発動した。彼等の姿は何処かへ「転送」され、残存魔力が一瞬で掻き消える。

 呼びかけに応じないとして、隠れ家に乗り込んだ魔神(ジン)達も驚いていたが、蓄積魔力も発動魔力も感じなかったそうだ。

 その話は、公安の長と、町長のエヴァンジェリーナに伝えられ、それ以外の口外を禁じられた。


 そして、意識の町の「アンの家」には、その異端分子達が集まっている。

「よくぞよくぞ来てくれましたね。ラビッジ君?」と、家主は無表情に怒っている。「何時ぞやは、どうも?」

「そ……それに関しては、えっと……罵るでも殴るでも、好きにして下さい」と、ラビッジは平伏した。

 アンはにっこりと笑って、「ほう。罵るでも殴るでも?」と言って、右手に拳を握ると、硬化の魔力を込めて、獣人の少年の頭を「ガツン!」と音がするほど殴った。

「いだっ!」と声を上げ、少年は床に額をバウンドさせてから、殴られた部分を両手で押える。派手な内出血を起こしたらしく、殴られた場所が瞬く間に膨らんできた。つまり、たんこぶが出来た。

 アンは笑顔を消し、「次にガルム君の物真似をするようだったら、頭カチ割るからね」と、低い声で獣人の耳に囁く。

 それから、「それで、そっちのお姉さん達の悩み事って言うのは、なあに?」と、まだ怒った声で聞いた。

「双神の手の内にあるものを、取り返したい」と、老女のほうが先に言い出した。「虜にされている、私の弟子だ」

 それを聞いて、アンは凍り付いていた表情を少し緩めた。

「虜にされている……って言うのの経緯は?」


 その初老の女性は、死霊使いとしての技を受け継いでいる他に、幾つかの小さな町の拝み屋としての仕事を持っていた。

 誰かが「憑き物」に憑かれたとか、原因も分からず発狂しているとか、酷く怠慢になって何もしないと言う、家の者や町民からの悩みを受け付け、それ等の症状を改善する術を施す仕事だ。

 大体の場合、一般の人間にも分かりやすいように、「動物が憑いている」と表現する事が多い。特に多いのは狼憑きだ。

 戒めの多い宗教が世に広まってから、狼憑きは著しく増えた。

 彼等はそれまで許容されていた習慣を、神の名の下に「狂気」や「怠惰」として禁じられた事で、社会不適合を起こしていた。

 そんな「憑き物」を払う仕事をして居た折に、双子のようにそっくりな黒い髪の男と、赤毛の女に出会った。

「あいつ等は、最初は私を『勧誘』しようとしていた。かつて得られるはずだった贄を逃がしたことを後悔していないかと言って。だが、私から同意が得られないと知った奴等は、一度引き下がった。

 弟子の名前は、ルークス。拝み屋として働けるだけの、一通りの術を施してある。死霊使いとしては半人前だが、あの子は、ある日『精霊』を手に入れて、それに魅入られた。

 その後、ルークスは『精霊』に連れられて姿を消した。その後、双神が再び接触してきた。弟子の行き先を、知りたくはないかと」

 そこまで話を聞いて、アンは「そうか」と受け応えた。「甘言(かんげん)を並べて裏で糸を引くのは、何時ものパターンだ」

 アンの台詞を聞いて、その場にいた三人は「何時もの?」と言う所に疑問を持った。まるで、双神の事を、詳しく知っているような事を言う。

 アンは疑問の視線は無視して、話しを進める。

「それで、(あか)い目のお姉さんのほうは、どんなご相談が?」

 恐らく朱緋眼(しゅひがん)を持っている女性は、目をそらすように視線を下に向け、黙りこんだ。

 しかし、アンは沈黙を許容しない。

「何か話してくれないと、時間だけが過ぎるのよ」と、片手の人差し指をぐるぐる回して見せる。

「私は……」と、黒髪の女性は言いかけ、声のトーンを落として、「唯の抜け殻だ」と述べる。

「あー、ガブリエルはー」と、たんこぶを撫でながら、獣人の少年が言う。「僕が『協力しろ』って言って連れて来ただけだから、別に目的とか無いよ」

「ガブリエル……」と、アンは復唱する。それから本人に問いかけた。「もしかして、レーネって言う女の子を知ってる?」

 ガブリエルは、目を瞬いた。

「レーネを知ってるのか……」

 アンは頷く。

「知ってる。直接会った事はないけど」と答えながら、アンは少々黙って考えた。悪くない流れであると。


 その頃、レーネとアイラは、軍病院にこっそりと侵入していた。脚の形を見せるのは恥ずかしかったが、周りに混じれるように黒い軍服を着て、本当の軍人のようにきびきびと歩いた。

 アイラが廊下を歩いているのを見て、以前基地に居た猫の存在を知っている数名が、何度も振り返る。

 口から心臓が出て来そうな思いをしながら、レーネはどうにか、ガルム達の病室を見つけ出した。

 病室に入ると、青ざめた顔の二人の青年が、夫々のベッドに横たわっていた。

「アルア・ガルム」と、小さな声でレーネは呼びかける。眠った切りのガルムは、身じろぎ一つしない。

 レーネは、冷えているガルムの手を取って、レーネ語でこう述べた。

「私達が助けられるのは、一人だけ。だけどね、アルア。貴方は仲間を見捨てたりしないでしょ?」

 レーネはガルムの手を握ったまま、「さよなら、アルア」と唱えた。「アルア・ガルム・セリスティア……」

 彼女の形を作っていた魔力が分解され、ガルムの片手から、その身の中に吸収される。同時に、猫の形を作っていたアイラの魔力も分解された。


 花畑で、ずっと「テレビジョン」を覗いていたガルム達は、画面が理愁洛(レヴァンタス)の海沿いから動かなくなってから、やはり退屈していた。

「俺等は何時まで、此処に居れば良いんでしょうね?」と、ガルムは空間を作っている者に聞こえるように、嫌味を言う。

「ガルムさん。情報は得たんですから、もうちょっと前向きに考えましょう」と、ユーリが宥めようと声をかける。

「この『テレビジョン』が、正しい事を伝えて来てるかもわからないのに?」と、ガルムは割と否定的だ。

「そう……ですけど……」と、ユーリは言葉に詰まってしまった。

 敵か味方かと言ったら、恐らく敵対しているであろう人物が易々と提供する情報を、鵜吞みにして良いのだろうかと考えた。

 その疑心暗鬼が分かったように、ベンチの上の少年は「観た物が信じられないなら、何も信じないほうが良い」と、独り言のように呟く。

「じゃぁ、お前は……」と、ガルムが喧嘩を売りかけた時に、彼の神気体の周りが発光し始めた。「何だ?」

 ユーリは、ガルムの体を「特殊な霊気」が包んだのが分かった。

 次の瞬間、ガルムの神気体は通常空間へ「転送」された。

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