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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第十章~取り返した未来~
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14.お茶の時間

 からりと揚げた円いドーナツの油をきり、粗熱を取ってから冷蔵庫へ。そして粉砂糖とレモン汁を混ぜた液を作り、冷蔵庫から取り出した冷え冷えのドーナツに絡める。

 食卓にすでに並べてあった方は、一つまた一つと、アンの胃袋の中へ治まって行っている。

「アンさんって、割と……」と言いかけてから、メイドのシャニィは言葉を選びなおした。「まぁ、お腹は空きますよね。海を渡って来たんだから」

「いや、自分でもこんなに食べられるのが不思議なのよ」

 そう言いながら、アンは三個目のシュガーレイズドドーナツに食らいつき、傍らに濃く出した紅茶を準備している。

「だけど、味変はしたいかな」

「何味が良いですか?」と、シャニィは作る気満々で訊ねる。

「チョコレート味はすぐ出来る?」と、アンは聞く。

「チョコソースをつけるだけならすぐ作れますよ」と、シャニィ。

「じゃぁ、それを頼む」

「承知しました」

 客とメイドはそうやり取りをして、しばし自分達の仕事だけに集中した。

 客は黙々と三個目のドーナツを制覇し、メイドは次々に揚がるドーナツを捌きながら、冷蔵庫からチョコレートの包みを取り出す。

 新しい生地を投入する度に、油はパチパチプツプツと細かく心地好い音を立てた。チョコレートは大きめの物を割ってボウルに入れ、湯煎にかける。

 アンは、ふと思って、聞いてみた。

「シャニィ。このドーナツって、町の人にも配るの?」

「そのつもりです。メリュジーヌ様を見送った後の、祭りの参加賞として」

「メリュジーヌも毎年大変だね」

「そんな事ないですよ……って、私が言うべきじゃないかもしれないけど、メリュジーヌ様も『町のみんなが元気で居てくれる事』を願ってますから」

「そうだねぇ。彼女の出発時間は何時の予定?」

「通年は二十四時ですけど、今年は少し早く出発するそうです。時間としては二十二時くらいだって言ってました」

「後三時間ちょっとか」

「アンさんは、メリュジーヌ様に何か連絡はありますか?」

 そう問われて、アンは額を搔いて考えた。

「うーん。怪我しないで帰って来てね、と伝えて下さい」

 それを聞いて、シャニィは作業をしながら返す。

「何かお願いがあって此処に来たんじゃなかったですか?」

「いや、私が今回用があるのは、その側近の人だけなんだよね」

「それ、メリュジーヌ様には言わないで下さいね」

「え? なんで?」

「ジークさんが悪夢にうなされる事になりますから」

「あの男は眠ることあるの?」

「すごくたまに仮眠を取っています。私も二、三回しか目撃した事ないですけど」

 そう言ってから、シャニィは話がずれた事に気づいた。

「ともあれ、メリュジーヌ様がご機嫌斜めになる事を言って送り出すのは、控えて下さいね」

 何故ジークに用事があると、メリュジーヌの機嫌が損なわれるのかは分からなかったが、アンは「はーい」とだけ答えておいた。


 アンが理愁洛(レヴァンタス)に到着した、その日の昼。

 逸歳洛(ツァミッシャーダ)の避難民保護施設で暮らしていた尼僧のフォーレは、一つの鞄を持って列車で移動していた。

 フォーレ達を保護してくれた軍人達は、「邪気を払う力を発していた」と言う十字架を術的に調べた後、彼女を呼び出した。

 数回テストを受けたが、どうやら、その十字架はフォーレが持っている状態でしか、効力を発揮しない。

 そしてそのテストを受けている間、フォーレは数回「妖精」を見た。小指くらいの大きさの、霊的な力で出来ている妖精だ。

「一つ、二つ。青りんご。一つ、二つ。ペティナイフ。一つ二つ、切り分けた。半分の行く先はどっちだい?」

 妖精達はそのような言葉を唱えていた。

 最初は、「彼等は人の心を惑わす者だ」と思って無視をして居たが、ある時、「半分の行く先はこっちかな?」と言われた。

 妖精達をパッと見ると、彼等は両手を繋がれて歩いて行く様子を示した。

 フォーレは、その日のうちに、「他の施設に居る修道女達の無事を確かめたい」と言って、別の保護施設のある土地への出発を決意した。

 旅の道中で、何か分かる事があるかも知れないと言って、軍人達は「邪気を払う十字架」をフォーレに持たせた。

 そしてフォーレを乗せた列車は「不思議と観た事のある崖」を横切った。その次の駅で、フォーレは列車を降りた。

 崖に向かう間、辺りが薄暗いと思ったが、その辺りは宵の闇よりもっと濃い闇で覆われているようだった。フォーレは自分の持って来ていた鞄に視線を移し、その中から先の十字架を取り出した。白く光が燈っている。

 尼僧は光を放つ十字架を握り、頭の上に掲げた。

 再び妖精達が見えた。導くように、彼女を崖の方に連れて行く。「覗いてごらん」と言って、妖精は崖の下を小さな手で示した。

 実際に覗いてみると、そこには海は無かった。何か、青い光の渦のような物が、気泡をまじえてキラキラと光っている。

 これは何? と聞こうとした時、姿勢が崩れた。

 背中から強い風で押されたように、がくっと前にのめる。十字架を片手に握ったまま、フォーレの体は青い渦の中に傾いた。

 背後から押してきたエネルギー流は、フォーレの肉体と霊体を切り離す。

 フォーレは恐怖を覚える(いとま)もなく、片手に持った十字架の神気と融合した。

 誰かの魔力が追ってくる。

「飛んで!」と、妖精達が声をかけてくる。

 フォーレの体は青い渦の中へ転がり落ち、霊体は、追尾の術に捕まる前に、海にめがけて飛翔した。


「また逃がしたか」と、若白髪が多くなって来た死霊使いの老女は弟子をなじる。

「変換が速すぎたんです」と、弟子は言い返す。「エネルギーが通るより早く飛翔されたら……。捕まえられませんよ」

「そう言う事は往々としてある」と、黒いボロボロの術着を着ている死霊使いは、弟子に言い聞かせる。「エネルギー変換を待つより先に、殻ですくい取ったほうが良い」

「次、またリトライします」と、弟子は言って、刺繍が施された丈夫な黒衣の胸を撫でた。

 真新しい術着を着ている事は、まだ術を使い始めたばかりだと言う事を示し、死霊使いの界隈では「出始めの新芽」として扱われる。

 師としては、当たらず触らず、ちゃんと双葉が芽吹くまで、辛抱強く待つしかない。

 ルークスと言う名の、術着を与えたばかりの新しい弟子は、現在、自分が使役して操るための死霊を求めている。しかし、浮世は「邪気」や「死霊」に関して「(アンチ)」の姿勢を見せており、新しく死霊使いとなる者には世知辛い。

 今や初老の死霊使いも、ほんの二十年ほど前には、まだまだ獲物をしとめそこなう若輩者であった。

 逃がした魚は大きかったと悔いる事もあった。

 そんな折に、不思議な連中が接触してきた。

 そっくり同じ顔の、男と女。男の方は黒い髪で、女の方は赤い髪をしていた。

「貴女が、かつて逃がした魚を、再び得る機会を授けましょう」と、その赤毛の女は言い、決して信用してはならない者が浮かべる類の、笑みを浮かべていた。

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