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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第十章~取り返した未来~
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13.復讐劇を始めよう

 理愁洛(レヴァンタス)の海沿いの町は、海の女主人を送り出す幾つかの儀式の真っ最中だ。祭りの最終日である今日の夜には、夜空の中に飛んで行く白いドラゴンを見送る予定である。

 アンから、ファルコン清掃局と邦零大洛(ソルアーニム)の事情と、「祈り人」についての事情を聞いたジークは、メリュジーヌの許可を得て、早々に望遠ゴーグルと、体中を包むような「普段通りの大仕掛け」の中に埋没してくれた。

 しかし、体中をがっちりと機器で覆うのではなく、両腕と両脚に装具を着け、幾つかのコードを接続しただけの簡易的な様子で、だ。

 長距離を飛行してきて、体の冷え切っているアンは、配線の間に座り込み、毛布にくるまって、蜂蜜入りジンジャーティーを飲みながら、ジークが愛機(マシン)を操っているのを見ている。

 暫く知的感覚網(ネットワーク)を操っていたジークが、唯一表情の分かる口元を歪めて、ゴーグルの配線のせいで、ぐちゃぐちゃになっている髪の毛を、人差し指で掻く。

「色々と色んな所が混みあってるみたいだが、緊急に知っておいたほうが良い要件としては、君の弟が、昏睡状態らしいな」と、ジークは穏やかな口調で告げる。「共同で仕事をしてた後輩と一緒に、神気体に宿ったまま、霊体が何処かに消えたようだ」

「その何処かは?」と聞きながら、アンは火傷しそうに熱いコップを、真っ赤に冷えた両手で包んでいる。

 ジークはしばらく言い渋った。

「それを教えたら、君は、速攻で、駆け付けるよね?」と言って。

「勿論……と、言いたい所だけど、私の能力内で移動できる場所に居るならって条件付きになるな」と、アンは割と冷静に返す。

「それなら、君はしばらく休んでなさいな。まぁ、まず……」

 そう言って、ジークは相変わらず鍵が開けっぱなしの部屋のドアを横目に見る。

「君に構ってほしがってる、女子二名の面倒でも看ててあげてよ」

 アンは一名の目星は付いたようだが、もう一名が思い浮かばなかったらしい。

「メリュジーヌと……誰?」

 ジークは「カップを顔から離して、息を深く吸ってみて」と言い出す。

 アンが言われた通りにすると、糖分を含んだ油の香りがしてきた。その中に、卵を含んでこんがりと焼けている、小麦粉の匂いも混じっている。

「なんかすっごく良い匂いする」と言うと、アンの胃袋がグルゥと鳴る。アンは分析を続けた。「たぶん、ドーナツだな。砂糖の匂いが強いから、アイシングがかかってる系の……」

 ジークは二回頷いて、「今、それを持った赤毛のメイドが『特攻』してくるから、そのメイドをキッチンに連れて行って、一緒に休憩でもしてて」と述べた。

 直後、ジークの部屋のドアが、勢いよく音を立てて開かれた。

 同時に、馨しい油と砂糖の香りが、背後から風にでも吹かれて居るように部屋に流れ込んでくる。

「アンさん!」と、聞き覚えのあるアルト声が聞こえてきた。「シュガーレイズドドーナツはいかがですか?!」

「シャニィ……」と呟き、一度は目を点にしたアンであるが、メイドが片手に持った籠の中の油紙の上に、さっきの香ばしい匂いを放つ物を持っていると知って、吸い寄せられるように廊下に出た。

「ありがとう。ありがとう。その真心は、食卓の方で、たんといただくよ」

 アンはそう言いながら、メイドの肩をソフトに押して、、ジークの部屋のドアを閉める。

 シャニィは自分の「特攻」が上手く行ったのに機嫌をよくして、ドーナツ作りの方法を喋りながら、アンに導かれるままにキッチンに戻って行った。

 そしてジークは、残った油のにおいに鼻を搔きながら、昏睡状態に成っているガルム達の状態について、前後情報を調べ始めた。


 薄暗い空には、どんよりとした雲が浮かび、傾きかけている日射しは、早々に昼間と呼べる時間を消費して行く。

 時間軸としては、それは過去の時点だ。ラビッジは目的の人物を見つけ、その意識が「強い感情の発露の後の虚無」に陥っているのを察した。

 朱緋眼の力によって老いを失ったガブリエルの下に、ラビッジは歩み寄る。彼女は片手を古びた墓標にかけていた。其処には、ガブリエルが考案した文字で、故人の名と祈りの言葉が彫られている。

従僕(ウィ二)達を始末した後の時間軸か?」と、ラビッジはガブリエルの背後から近づいて、声をかけた。「城がこの有様って事は……」

「ラビッジ……」と、ガブリエルは泣き潰れてガラガラに枯れた声を発した。「一人にしてくれ……」

「そう言うわけには行かない」

 そう言って、獣人の少年は引かない。

「僕も、『みんな』を殺し直された。どうせ、あんたも、子供達を殺し直されたんだろ? 元の過去より、もっとひどい状況で。あいつ等は、元々僕達に『満足する未来』なんて与える気はなかったんだ。

 そこから新しい時間軸が広がって行けば、コストがかかるからね。僕は姉さんが死んでから、与えられた過去から離れた。それ以来、新しく出来たはずの軸には触れられていない。

 あいつ等は、新しい時間軸を作っても、コストがかからないうちに、抹消するつもりだったんだ。それで、僕は考えてる。『みんな』の復讐を。運命を狂わされた者達の復讐を」

 その言葉を聞いて、ガブリエルはラビッジを振り返った。彼は声に籠る魔力を消している。もう、彼は「双神」に歯向かう気でいるのだ。

 ガブリエルは震える喉に息を吸いこみ、「それに、何の意味がある?」と聞いた。

「意味なんて知らない」

 そうラビッジは言いながら、地面に頽れたままのガブリエルの襟首を掴んで宙に浮き、彼女を立ち上がらせた。

「僕が望んでいるのは、姉さんを『殺し直された』事への怒りを満足させる事だけだ。それが復讐ってもんだろ。それに誰が意味をつけるかなんてどうでも良い。

 僕の意志のために、僕には、お前の力が必要なんだ。ガブリエル。お前が望まなくても、僕はお前を利用するからな」

 それを聞いて、ガブリエルは一度目を閉じ、口元に笑みを浮かべ、ククッと声を上げて笑った。

「大した『意志力』だ」と言って、ガブリエルは黄色の体毛に覆われた少年の肩に手を置く。「これは黙っていても引きずり回されそうだ。よろしい。お前の手の内を聞かせてくれるか?」

 その言葉を聞いて、ラビッジも少し笑み、「そう言うのは、誰も聞いてない所で言うべきだね」と言うと、ガブリエルの襟から手を離した。「此処は雨が降りそうだ」

 その言葉と同時に、ラビッジはガブリエルを連れて別の空間へ移動した。

 双神が感覚網(ネットワーク)を敷いていない、時間軸も位置情報も異なる空間へ。

 それは、大きなテントの中から盛大な音楽が鳴り響いている、とある魔力源を持った大きな町の中だった。

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