表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
エピソード集
40/433

ラムの仮宿暮らし1

 分厚い灰色の雨雲から、だくだくと雨粒の滴る日。車輪は泥水を跳ね上げ、河川は濁った流れを通す。

 ファルコン清掃局に、変わった客……いや、変わった姿になってしまった局員が戻ってきた。

 ドラグーン清掃局のアン・アセリスティアから、「ランスロットは生きている」と聞いていなかったら、その生き物を不衛生だと言って追い払っていただろう。

 打ち付ける雨水と世間の荒波で、バシャバシャになってファルコン清掃局に辿り着いたのは、泥まみれの黒猫だった。


 五時間ごとに襲ってくる強烈な眠気をうたた寝で克服しながら、道中、猫の好む色んな食べ物を食べて生き延び、仮宿である猫の意識が戻った時は、毛づくろいとそれに伴う嘔吐を済ませ、そして帰巣本能を我慢して、一ヶ月。

 猫の本来居るべきテリトリーからはかなり離れたが、ランスロットは何とか職場まで戻って来れたのだ。

 彼の、仮宿の猫との長い旅路の話は、局員達からの大爆笑で持て成された。

 猫が雨蛙を食ったりミミズを食ったりした話を聞いたのだが、その中身が人間としての人格を持って居るとなると、ランスロット本人がゲテモノを摂取した事になるなーと、何となく皆感じ取ったのだ。

 笑いを抑える局員達を、ランスロットはむっつりした表情で見つめていた。猫の体に宿ったまま。

 一定時間我慢しても笑い声がやまないので、「笑い過ぎだ。肺が痙攣でも起こしてるのか?」と、冷たい声で罵った。

「いやいや、すまない」と、ファルコン清掃局のユニフォームである迷彩服を着た男性が、まだ口元を笑ませながら、ランスロット入りの猫の肩をぽんと叩く。

「よく生き延びたもんだ。所で、その仮宿を洗ってやりたいんだが、お前の霊体は回復しているのか?」

「生憎、栄養状態が良くなかったんでね。霊符や人形(ひとがた)は、まだ作れない。何か、宿れるだけの生命力か魔力を持った物があったら用意してくれ」

 そうランスロットが提案すると、オフィスにいた職員達は、手持ちの「魔力の在りそうな物」を用意した。

 六連射式の大振りの銃。通信のために使う水晶版。アミュレットとしての効果がある宝石。清掃現場の邪気を測るために飼っているインコ。

 その選択肢の中から、ランスロットはインコを選んだ。一番生命力と魔力を回復できそうだったからだが、この選択は後々に再び「笑い」を買うことになる。


 猫がシャワー室で洗われている間の事だ。

「ティッキー」と、事情を知らない女性局員が呼び掛けて、インコの世話をし始めた。「ご飯を取り換えましょうね。お部屋の掃除も」と言って、手乗りインコの止まり木の前に指を差し出す。

「どーも」と、ランスロットは低い声で言って、女性局員の指に移動した。

「ティッキー?」と、世話係の女性局員は目を瞬く。

「ああ、そいつ、今、ラム入りだから」と、事情を知っている男性局員が、通りすがりに言う。

 意味が分からないと言う風に、女性局員は首をひねった。

「ラム・ランスロットが憑依してるんだ」と、別の局員が丁寧に説明する。「病人のお世話だと思って、我慢してくれ」

「飯を食って排泄をしてるのはティッキーだぞ」と、ランスロットはティッキーの中から苦々し気な声を出す。「俺はエネルギーを分けてもらってるだけだ」

「ああ……。そう……」と言って、女性局員は曖昧な笑みを浮かべ、文句を言う。「そうなんだったら、貴方、喋らないほうが良いわ。ティッキーはティッキーの声で喋ってたほうが扱いやすい」

「それもそうか」とラムの声で言ってからティッキーは黙り込み、いつも通りのハイトーンで「ティッキー。ティッキー」と鳴き出した。

 そうなると、事情を知っている奴等がニヤニヤし始める。

「ラム。本当にしゃべって無いのか? それとも、裏声使ってるのか?」と、誰かが言い出すと、オフィスの中の連中が、笑いを吹き出す。

 普段のラムだったら速攻で言い返すのだが、インコは世話係に甘えるのが忙しく、「ティッキー。ピョロロロロ。ティッキー。ピョロロロロ」と、鳴くだけだ。

 インコが普通に鳴いているだけで、意地の悪い連中は咳き込むように笑い続ける。

 インコの体に憑依したまま、ランスロットは「霊体が回復したら覚えておけよ」と念じていた。

 それを察したティッキーが、「オボエテオケヨ!」とハイトーンで鳴いたので、局員達の疑惑はさらに深まり、世話係がティッキーを肩に乗せている間、暇な局員達がティッキーをからかうのに熱心になっていた。


 濡れ鼠のようだった猫が、シャワーで温められてタオルドライされた状態で戻ってきた。機嫌は悪そうだが、用意されていたキャットフードのにおいを嗅いで、無言で食べ始めた。

 人に慣れているようだ。もしかしたら、飼い猫なのかもしれない。だとしたら、後であの鉱山の町に送り返さなければならないだろう。

「結構暴れられたよ」と、猫を洗っていた局員が、爪で引っかかれた腕を自分の手の平で三回くらい撫でる。傷は瞬く間に癒えた。「それで、ラム」と、局員は籠に戻されたインコに声をかける。

「猫に戻るのか? それとも、そのままティッキーの中に入ってるか?」

「一刻も早く別の仮宿を探したい」と、ランスロットは言う。道中酷使し続けた猫の体力もそろそろ限界だろうと察したのだ。そして、自由に鳴けないティッキーも、癇癪を起しそうだと。


 ランスロットは宝石の中に憑依して移動させてもらい、独房に連れて行かれた。

 其処には、白目を血走らせ、苦痛を訴える事も忘れた、ある病の患者がいる。

 おどろおどろしく伸びた髪は床を這い、皮膚は油汗で光り、口元はカチカチと歯を鳴らしている。清掃局員達が着替えさせた「寝間着」の姿で、床に座り込んでいた。

「まさか……これに宿れって言うのか?」

 宝石の中に居るランスロットは、大袈裟に聞こえる程、嫌そうな声で言う。表情が見えないので、声に表情を付けないと「嫌がっている」事が伝わらないのだ。

「今の所、意識を失ってて、強い魔力を持ってて、人間の言葉を話しても不思議じゃないって言う『魔性』は、こいつしかいない」と、同僚は言う。

「清掃局員として言うと、こんな不衛生な奴に宿るのは嫌だ」と、ランスロット。

「仕方ないだろう? ある程度は小奇麗にしてあるから安心しろ。あー、お前が宿ってる間だけ、そいつをまともな人間として扱う事になるけど」

「まともな人間として扱ってほしいね」と、ランスロットは承諾の返事し、宝石から独房を覆っている結界の中に侵入した。 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ