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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第十章~取り返した未来~
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9.怖い目

 夕陽の中で、ブランコは静かに揺れる。其処には、目を閉じている小人のような少年が居た。顔つきは十代前半と言う所だが、体つきは赤子ほどの大きさしかない。

 その身は、淡く発光しているように見える。

 ガルムがその少年に気づいた時、傍らにいたユーリが小さく呻いた。

「ユリアン。大丈夫か?」と、ガルムは声をかける。ユーリは苦笑いをして、「ちょっと、いや……大分、視界がぐらぐらします。それに……操作方法が……」と、起き上がりながら異変を察している。

「どうやら、何時も通りの操作方法は使えないらしい。神気体そのものが、『体』になってるんだ」と、ガルムは自分の神気体を扱ってみて分かっている部分だけ説明した。

「道理で、関節がふわふわするはずです」

 そう答えてから、ユリアンは一度大きく(かぶり)を振って、何度も目を瞬いた。やがて、視界がはっきりしてきたのだろう。「あれは……?」と言って、花畑の中にあるブランコを指差す。

 其処に横たわる少年の様子も、目視できたようだ。ブランコは、其処に居る人物の体躯からすれば、ベビーベッドくらいの大きさはある。

「小人症の人間か、それとも人間様の妖精かって所だ」と、ガルムもブランコを見たまま、ユリアンの耳元に口を寄せ、小さな声で囁いた。「どちらにしろ、この空間を作ってる何かだ」

「会話を試みますか?」と、ユリアン。

「出来るならやってみてくれ」と、ガルム。

「話はついた……?」と、少年は言って、瞼を開けもせずに、独り言のように呟く。「灰色の目のお兄ちゃん。僕も、話すなら貴方のほうが良いな」

 その言葉を聞いて、ユーリは「それは、何故?」と、子供に話しかけるように穏やかに尋ねた。

 少年は答える。

「だって、朱い目の方のお兄ちゃんは、とっても怖い目をしているから。人の魂を食べた目だ」

 それを聞いて、ガルムはカチンときた。だが、自分が大量の人間の魂から変換した魔力――姉から受け継いだ業――を持っている事を知っているので、敢えて言い返しはしなかった。

 ガルムの表情がきつくなった事に気づいたユーリが、「落ち着いて」と囁き、ガルムの肩を押さえる。

 ユーリは続いて少年に訊ねた。

「この空間は、何処なのかな? 君が、此処に連れて来てくれたのかい?」

 少年は、無気力なまま、小さな片腕を空の方に上げる。

「そう。貴方達を、此処に引き留めておかなきゃならないの……。じゃないと、外が邪気で汚染されちゃうから」

 汚いもののような言い方をされて、ガルムは更に苦い顔をする。

 ユーリは少年からもっと詳しい情報を得ようと、会話を続けた。


 ユーリと少年の間で交わされた言葉を纏めると、この空間を作っている少年は、確かに「ある種の妖精」のような人物で、ガルムとユーリをこの空間に召喚した。

 ガルムが外の空間に居ると、其処が何処でも、やがては「邪気で汚染された世界」になってしまうと言う。

 だからこそ、少年はガルム達をこの空間から出す事は出来ない。ガルム達は、「邪気が存在しなくなった世界」を望まないから、と言う意見だそうだ。

 ガルムのほうは、偵察兵として邪気汚染地帯に行って、そこから出ている邪気を、「法則性のあるエネルギー」に変換できないかを模索する一人として働いていた。

 なので、邪気が存在しなくなった世界を望まないと言われればそうだ。

 しかし、ユーリは違ったらしい。

「僕達は、邪気としてのエネルギーを削除する事も、仕事の一つなんだけど……。何処かで、話の食い違いがあるんじゃないかな?」と、提案した。

 ユリアンは魔力を持たない。その代わり強い霊力と神気を持っている。その特徴から、恐らくアンナイトの子機(セカンドシステム)を扱うより前は、主に過剰な邪気を削除する仕事をしていたのだろう。

「僕達がいた元の世界は、邪気って言われる『無秩序エネルギー』との共存の方向に進んでたけど、体に害を起こしたりする……君の言う『邪気』に関しては、ちゃんと治療をする方法も確立していた。

 あのエネルギーは、天然ガスや石油と同じものなんだ。使い方さえわかれば、君が思ってるほど、恐ろしい力じゃないんだよ?」

「そう言う考え方だからね……」と、少年は語気は弱いが呆れたように言う。

「その『恐ろしくないエネルギー』は、人間にとっては、でしょ? 僕達にとっては、あれは触れただけで消滅をもたらす。だから、僕達の種族はあの世界から消えかけていた……。この意味は、分かる?」

 ユーリはチャコールグレーの瞳を大きく開き、ブランコの上に居る少年を食い入るように見つめた。

「君は……」と呟き、言葉を失う。「そうか……。それじゃ……。でも、そんな事って……」と、何を言えば良いかも分からなくなっている。

「ユリアン。交代だ」

 そう言って、ガルムはユーリの肩を緩く後ろに押し、一歩前に踏み出す。

「それで、俺達を此処に閉じ込めて、どうしようって?」

 少年はブランコに横たわったまま、「どうもしない……」と力なく言う。「何時まで貴方達を、此処に留めておくかは、その内に決まるから……」

「俺達を元の世界に戻す意思は?」と、ガルム。

「今は戻せないな……。戻りたい?」と、少年。

「まだ仕事中だったんでね」

 ガルムがそう返すと、少年はようやく顔をほころばせて、くすぐられたように笑った。だが、頑なに瞼は開けない。

「そうかぁ。それじゃぁ、退屈だよね……。じゃぁ、テレビジョンでも観ててよ……」

 そう言って、少年の指が指し示した先に、ブラウン管を唸らせている一台の四角い箱が現れた。


 灰色の画面から、白い光が瞬く。映し出されたのは、何処かの海の上の様子だった。

 箒にまたがった白い髪の魔女が、ガルム達も観た事がない形の戦闘機に追い立てられている。

 魔女は、陸地に逃げようとはしない。方向的には海の上空を何度も旋回して、戦闘機に術をかける隙を狙っている。

 何度目かの挑戦で、魔女は人の頭の大きさほどの「風弾」を、戦闘機の片翼に直撃させることが出来た。

 片方のエンジンが壊れ、戦闘機は弧を描きながら海の中に滑空して行く。

 魔女は、コントロールを失った機体を追って行き、片手を伸ばした。青い魔力の光が閃く。恐らく、魔力波を読み取ったのだろう。

 戦闘機が海に沈むのを確認してから、白い髪の魔女は、遠くに見えている海辺の町へと姿を消した。

 それを確認して、ガルムは安堵の息を吐いた。

 この「テレビジョン」が、正確な事を伝えて来ているかどうかは分からないが、姉が目の前で負傷したり死亡したりすると言う、惨事は見なくて済んだ。


 やがて、普段着で空を飛んでいた魔女は、何やら賑わっている海辺の町に到着した。

 葡萄酒のジョッキと理愁洛(レヴァンタス)の郷土料理が行き交っている、お祭り騒ぎの端っこに着地し、そっと町の階段を上って行く。

 その先にあるのは、白い壁と青いペンキ塗りの屋根を持った、他の建物と比べると大造りな屋敷の裏口だった。

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