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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第十章~取り返した未来~
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6.腹が減ったぞ飯はまだか

 蜂蜘蛛の住処に、今日も朝七時が来た。水晶版に設定していたアラームが鳴り、ノリスは干し草のベッドからのそりと体を起こす。

 なんだか、すごく変な夢を見ていた。

 青い炎に包まれた小さな黒い悪魔が、「腹が減った! 飯はまだか!」と、キーキー声で喚くのだ。

 水瓶の水をカップに組み、ミントの葉で歯を磨いてうがいをし、カップに残った水で顔を洗ういつもの朝の儀式の後で、ノリスが岩山の住処の中に戻ると、古い知り合いが来ていた。

 その人物は、さっきまで子供達が眠っていた干し草のベッドに、知らない女性を寝かせている。

 ノリスは意識を失っている女性の面倒を看ている、白い髪の人物に、「アン?」と声をかけた。

 振り返ったのは、確かにアン・セリスティアであった。青く透明な澄んだ空のような目をしている。

「ノリス。さっき、カオンにも説明したんだけど、ちょっと、この人を此処で預かっててくれないかな?」

「預かる……って事は、貴女は、すぐ何処かに行くの?」と、ノリスは訊ねる。

「うん。ちょっと、一ヶ所に居るには分の悪い事があってね」と、アン。

「このお姉ちゃん達、誰?」と、ゆりかごの部屋から出て来た、新参者の蜂蜘蛛の子が言う。

「ええっと……。私達の恩人」と、ノリスは蜂蜘蛛の子に説明した。それからアンのほうを見て、「近頃、連絡がなかったけど、何かあったの?」と聞いてくる。

 アンはその言葉を聞いて、深々と息を吐いた。

「やはり、不通状態になってたのか」と言ってから、アンはノリスにも「ここ暫く関わる事になっている『七人の敵』」についてを説明しなおした。


 アンが蜂蜘蛛の住処を去ってから、寝かせられていた女性は昼まで起きなかった。

 しかし、昼が近づいて、子供達が食事の準備をし始めると、匂いにつられたように目を覚ました。

「あのお姉ちゃん、起きた!」と、ニナが言う。彼は蜂蜘蛛の住処に居る子供にしては、珍しく体付きに見合った服を着ているが、その服は何年も着続けたように布地が古びている。

 ノリスは「ありがと」と、ニナに声をかけて、まだ目がはっきり開いていない女性の前に屈みこんだ。

「初めまして。私は、ノリス」と声をかけ、片手を差し出す。

 女性は最初、戸惑っているようだったが、辺りを見回してから握手に応じ、「ミノン・フォーカスです……。あの……何故、私は此処……いや、此処は……どこですか?」と、定まらない事を聞いてくる。

「その説明の前に、貴女が知っておかなきゃならない事を教えて、私達が聞きたい事を聞いて良い?」と、ノリスは念を押して言う。

「はい……」と、ミノンは小さくなって頷いた。


 ノリスは、ミノンが何者かの神気による「意識感化」を受けており、アン・セリスティアの命を狙う「祈り人」として操られていた事を話した。

「その何者かへのヒントを、貴女が握っているはずなの」と、ノリスは前置きを言って、「何か、『意識感化』を受けるような出来事があった覚えは、ある?」と聞く。

 ミノンはしばらく考えこんだ。片手の指を軽く握るように丸め、唇の下に第二関節をあてた。典型的な考えている時の姿勢をとっている。

「誰かの力を得ようとするなら……」と、ミノンは呟く。「それは原始的な欲求として、食欲として表れる……。そう、誰かから聞いたのを覚えています」

 その答えを聞いてから、ノリスは重ねて尋ねる。

「その誰かが、誰かは分かる?」

 考え込んだ表情のまま、ミノンは目を瞬いた。

「赤毛の……女の人です。白い神官の衣装を着ていた。それから、その人達が、何か教えてくれて、私、すごくお腹が減って来て……」

 そう言う合間にも、ミノンの胃袋からは「ぐぅ」と内臓の鳴る音がする。

 ミノンは赤面して腹を押え、「すいません」と謝った。


 ガルムとユーリが、その日の「災害派遣」の仕事を行なっている間に、アンナイトの設置室にジークの疑似形態(シャドウ)が現れた。

「ジークさん」と、ガルムの本体の様子を見ていた整備主任が、声をかけた。「何か、進展がありましたか?」

「まぁにゃ」と、ジークは相変わらずふざけている。手を片方上げて、さっきまでは持っていなかったファイルを、整備主任に差し出す。

逸歳洛(ツァミッシャーダ)の町を襲ってる術師達の、魔力形態の資料」

 そう言ってジークは、ファイルを受け取った整備主任が、其処に描かれている図と文章を読む間に、説明する。

「一人は、以前アン・セリスティアと接触した、『怒り人』と同じ魔力波を持ってる。恐らく同一人物だ。その『怒り人』の力を増幅しているものが二つある。一つは『眠り人』、もう一つは『嘆き人』。

 『眠り人』に関しては、強い契約を結んでいるわけでないらしい。だが、そいつの魔力波が作るフィールドに、『怒り人』の作る傀儡達が侵入した事で、悪い夢が実際の事として起こってるんだろうにゃ。

 『嘆き人』は、先の二人の魔力が尽きないように、定期的に魔力増幅の力を送ってる。あの町の惨劇を止めるなら、その三人のうちのどれか一人でも始末する必要がある……と言うのが俺の意見だけどぅ?」

「大変助かります」と、整備主任は答えた。「鼬ごっこも、そろそろ限界だったので」

「ありゃ。青年達は疲労困憊かにゃ?」

「いや、それが……。銃器を持った歩兵が現れたんです」

「歩兵?」と、ジークは聞き返す。

「はい。ヘルメットとゴーグルで、髪と瞳の色は分からないんですけど、全員、鉛色の皮膚をしていて……」

 そこまで言って、整備主任は気味悪そうに背筋を震わせた。

「攻撃を受けても、出血もしなければ、体組織の崩壊も起こさないんです。アンナイトによる『浄化エネルギー砲』も、充分には効きません」

「充分にって事は、どのくらいかは効いてるのかにゃ?」

「歩兵達を、前線から吹き飛ばす事は出来ます。ですが、存在の削除と言う効果は得られません」

「ん……。まぁ、相手が邪気で出来てるものじゃ無けりゃ、『削除エネルギー』の効果は無いだろうにゃ。と、なると……」

 そこまで言ってから、ジークは、整備主任の持っているファイルを、人差し指でトントンッと叩いて見せる。

「あんた達も『頑張らなきゃ』ならないようだにゃ。『眠り人』『怒り人』『嘆き人』の三名の所在を探してみにゃ」

「それはジークさんにお願いできないんですか?」と、整備主任は言い出す。

 ジークは、グッと伸びをするような姿勢を取ってから、「俺のご主人様がね、近々、また出かけるにょよ。三日かけてその見送りをしなきゃ成らん。その間は俺はこの件から抜けるから」と、述べる。

 整備主任は青ざめた。

「その三日間で、ガルム達が戦闘不能に成ったら?」

 ジークは気軽に答える。

「その時は、運が悪かったんだろうにゃ」

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