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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第十章~取り返した未来~
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3.ぼんやりとした昨日

 何時からか、世界は少年に何も要求しなくなった。呼吸器は機械に繋がれ、定期的に酸素を吸入させられる。二度と持ち上げられることに無い腕には、薬品と栄養剤の点滴が打たれている。

 眩しさに苛立つことも、暗闇に不安を抱くことも必要ない。生きている事だけを望まれ、少年はそれを拒むこともできずに呼吸と鼓動を続けていた。

 植物状態の少年は、眠りの中で夢を見ていた。


 遠くの土地の大きな町が、別の国の爆撃機から攻撃を受けている。邪気を放つ弾丸によって汚染された町は、建物が朽ち始め、その方法を知らなければ正常な呼吸も出来そうになかった。

 丈夫な建物の中や、公共の避難所に集まっている避難民達も、耐久力の無い者から順に、意識を失ったり、ショック状態に陥ったり、悪ければ血反吐を吐いて倒れ込んだ。

 ある教会に集まっていた人々は、幾度と「弾丸」に叩かれて脆くなった天井を見上げながら、それが何時か落ちて来るかも知れいないと言う恐怖と隣り合わせていた。

 その傍らで、一人また一人と意識を失って行く。

 尼僧のフォーレは、左腕に青あざのような火傷が出来ていたが、まだ軽症な方だった。他の尼僧や、避難民達に、「治癒」を施して回っている。

 天井の上の方で、何回目かの爆発音がした。同時に、半円形を保っている天井の一部が砕け、穴が開いた。

 それに逸早く気付いた尼僧の一人が、その欠損を修復するように、結界を作る。他の尼僧達も、自分達に許されている範囲での術を使って、身を守り、避難民達の回復を急いだ。

 奥の間で何かを探していた神父が、探し物を見つけ当て、礼拝堂に戻ってきた。

「マリー・フォーレン。これを」と言って、神父は金色の十字架のような物を差し出してきた。フォーレがそれを受け取ると、彼女の体の周りに白い光が燈った。

 同時に、身に受けていた邪気が分解されて、青白い煙になって消滅する。

「神父。これは?」と、フォーレはごく自然な疑問を問う。

「長年、この教会を守って来た物だ。貴女の力であれば、きっと呼応すると思って居た。探し出しなさい。窮地に救いを下さる……」

 そこまで説いた瞬間、崩れ落ちて来た壁のブロックが神父の頭を強打した。

 フォーレは咄嗟に神父に治癒を施そうとしたが、別の尼僧に腕を引かれて、数歩後退ってから、のけぞるように倒れ込んだ。

 その足先までを、壊れたブロックが覆う。神父の姿は、他の避難民の一部と一緒に、完全に瓦礫の中に埋まった。

 埋まってしまった人々を掘りだそうと駆け付ける者も居たが、結界で辛うじて支えられている天井は、今にも全壊しそうである。

「皆さん、外へ!」と、尼僧の長が鋭く声を飛ばすと、まだ歩ける者達は一斉に礼拝堂の出口に向かった。

「マリー・フォーレン。先を示して」と、勘の良い尼僧が声をかけてくる。

 フォーレは、確かに自分の身の周りから「邪気を退ける力」が発されてると気づいた。白い光を燈す十字架を掲げ、足早に外への出入り口に向かう。

「皆さん、私の後を!」と指示を出して、雨霰のように「弾丸」が降る町の中を進み始めた。

 その背後で、教会は壁を残して崩れ落ちた。


 尼僧達に守られながら、邪気に身を病んだ人々は、出来るだけ素早く足を運んだ。

 フォーレは先頭を進みながら、考えていた。この窮地を救ってくれる何を探し出せば良いのか。町の中でも、邪気に罹患した人々が、其処此処に倒れている。


 少年は、その様子をずっと眺めていた。ある時は教会の中から、ある時は町の上空から、ある時は地面を歩いているように。

 蒼白な尼僧達の表情を間近で見つめて、少年は期待をした。

 もしかしたら、神様は、この人達を助けてくれるかも知れない。陰惨な争いの目撃者として、生き残らせるために。そうだな。命を取られるギリギリに、きっと助けてくれる。

 そう思った途端、一機の戦闘機が、教会から出て来た「獲物」を見つけた。一対の機関銃から、バリバリと音を立てて弾丸を打ち放つ。

 フォーレ達は、銃撃を逃れようと、走り出し、物陰に身をかがめる。

 残忍な戦闘機は、一度空中で旋回すると、フォーレ達の隠れた物陰の背後側から、再び接近して来た。

 一般民を狙っている? 何故?

 フォーレの頭の中に疑問が浮かぶと同時に、戦闘機は急速に獲物への間合いを詰めてくる。途端に、何かの壁にぶち当たったように先端がへしゃげて、滑空するままに河に落ちた。

「こちらガルム。不慮の事故で戦闘機が一機大破。操縦士は即死したものとみられる」と、誰かの声がする。

 フォーレ達の周りに、巨大なパワーフィールドが作られている。それは、朱緋色の瞳をした、白い霊体のようなものの、背から伸びている片羽で出来ていた。

 異国の服装をしたその霊体は、非常に肉声に近い声で、「避難民の方ですね」と、フォーレ達に話しかけてきた。


 町の中央にある大聖堂の物陰に、霊術で見えなくされている一角が存在した。其処に、数百人の避難民が集められている。フォーレ達も結界の内側に匿われ、ユーリと名乗る、やはり異国の服の白い霊体から治療を受けた。

 ガルムと名乗っているほうは、忙しなく辺りを見回している。

「半径千メートル以内の生存者は、回収完了。浄化の後、保護施設への転送を行なう」

 誰かに伝えているように、そう声に出してから、ガルムと言う霊体のほうが、巨大な結界の中に集めた避難民達に向かって両手を伸ばす。待つ間もなく「浄化」の術が施された。

 その力と、フォーレの持っていた十字架が呼応している。

 きっと、この方達が、私達の探し出すべき「救済者」なのだと、フォーレは確信した。


 救いのある展開が起こって、少年は安心していた。

 だけど、誰がこの町にこんな攻撃を仕掛けて来ているのだろう。

 そう考えてみて、次の「もしも」が思い浮かんだ。

 爆撃が治まった後、歩兵達の進軍が起こったら、どうなるだろう?

 夢の中の町は、この気まぐれな観察者の意図を十分に反映していた。


 理愁洛(レヴァンタス)のメリュジーヌの屋敷では、ジークの本体が情報収集を行なっている。

 ガルム・セリスティアの神気体が派遣されて居る逸歳洛(ツァミッシャーダ)の戦場を、攻撃して居る物が何処の国の誰なのかと言う事を。

 そして独り言ちる。

「分からんなぁ」と。

 戦闘機や爆撃機のデザインからして、牙陵洛(エスティラー二)の軍を予想したのだが、その肝心の敵国から戦闘機が飛び立っている気配が無いのだ。

 軍事的な近日の関りからも、邦零大洛(ソルアーニム)の様子も調べたが、国外に戦闘機や爆撃機を送り出している様子は無い。

 その他にも、東の大陸だけではなく、西の大陸の大国の様子まで調べたのだが、夫々の国内での軍事演習以外の活動を発見できない。

 付け加え、ジークは逸歳洛(ツァミッシャーダ)の、爆撃にあってる町を観ると、何となく「似たような気配」を思い出すのだ。

 丁度、アンの意識の中にある町を覆っている、彼女の魔力とよく似た、ある種の力を。

「眠り人……かな?」と、ジークは目星をつけた。

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