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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
エピソード集9
388/433

時間軸旅行をしよう 3

 現代の軸に戻って来てから、ガルムは十年前の事件についての、答え合わせを行なった。犯行に術者が関わっている事と、あの町の中心街を、一時的に呪詛が襲った事だ。

「誰が犯人かまでは、分かりませんでしたが、呪詛は発生から二十三時間後に消滅しました」

 そう伝えると、研究者達は、自分達の持っているデータと、ガルムの言葉が食い違わない事を確認して、確かに「十年前の五月十六日から十八日」に疑似形態(シャドウ)が移動した事を知った。

「過去軸への調査……と言う使い方は、出来そうだな」と、ある研究員が言う。

「問題は、モニターで五感情報が確認できない事だ」と、別の研究員も言う。

「今回も『感覚情報』は、得られなかったんですか?」と、ガルムは聞き返した。

「その通りだ」

 そう、時間軸移動研究への指揮権を持っている博士、エイブリックが答える。

「しかし、君は十年前のあの町の状態を記憶し、他の者に伝える事が出来ている。これは大きな収穫だ。さぁ、まずはセリスティア大尉に、休息の時間を与えよう」

 博士は率先して、アンナイトの設置室から去って行く。他の研究員達も続いた。

 ガルムの傍らに残った整備主任が、「立ち上がれるかい?」と、片手を差し出してくる。

「はい」と応えて、ガルムは差し出された手を握り、アンナイトの操縦席から離れた。

 整備主任の手を離し、数歩歩いた所で、片膝から力が抜けた。姿勢が崩れ、力の抜けた方の膝と手を床につく。ついさっきまでは異常を感じなかったのに、眩暈と耳鳴りがひどい。

 それを見つけた整備主任が、「やっぱり疲労が残ってるね」と言う。

 ガルムは、グラグラと揺れそうになる視界を保ちながら、「これは、なんですか?」と返す。

「多分貧血だよ。顔が真っ白だ」と言って、整備主任は肩を貸してくれる。「僕達が見てた限りでは、ほんの十五分くらいだったけど、君の体からしたら、三日間飲まず食わずだったんだもの」

「ああ、そうか……」と納得はしたが、ガルムは足を引きずりながら、まだ分からないと言う風に聞き返す。「疑似形態(シャドウ)の状態が、身体の方にも反映されると言う事ですか?」

「それも今までと同じだよ。唯、今回は『身体が死にそうな異常が起こるほどの疲労』じゃなかっただけって事だ」

 整備主任の答えを聞きながら、ガルムは自分の寿命が縮んでいないかを心配した。


 医務室に行くと、既に馴染みの軍医術師が、夜勤を務めていた。

「リオン先生。何時も通りの急患です」と、整備主任は冗談交じりに説明する。「栄養剤の点滴と、水分の補給をして、その間に、例の件について話してやって下さい」

 黒髪の五十代ほどの医術師は、「分かった。後は請け負うよ」と言って、フラフラしているガルムの両肩を掴む。特に何かの術をかけるでもなく、寝台の横の、背もたれ付きの椅子に座らせた。

「まず、暫くはこれを食べて」と言って、医術師はサイドテーブルに置いてあるキャンディージャーから、個包装にされている飴玉を取り出し、ガルムの手に置く。

 ガルムは飴玉を包んでいるフィルムを解き、口に含む。緑色の飴だったが、葡萄味だった。ぼんやりしたまま口の中で飴玉を転がすと、首の辺りで強張っていた物が、解けて行くようだ。

 その間に、リオン医師は栄養剤の点滴を用意し、ガルムの左腕の肘の内側を見て、脱脂綿に含ませた消毒用アルコールを塗る。

「少し痛むぞ」と声をかけてから、血管に点滴の針を刺した。


 少量の塩を混ぜた水を、水差しに一杯分飲ませてもらいながら、ガルムはリオン医師から話を聞いた。

「お前がアンナイトの操縦中に、卒倒する回数が増えている事が、問題視されている」

 その語り出しから始まったので、ガルムはこう答えた。

「それは、もっと気合いを入れろとか、根性をつけろとか言う話ですか……?」

「逆だ。お前に、もっと回復する時間が必要だと言う結論が、先日決定された。これからは、お前は『アンナイトの操縦』以外の任務を、離れる事になる。つまり、偵察兵としての任務はなくなる」

「其れだと……。今までと、どう変わるんですか?」

「何がだ?」

「基地内での生活と言うか、暮らし方は?」

「ああ。そうだな。恐らく、今使っている共同部屋は離れて、個室を与えられることになる。偵察兵同士で、部屋で騒ぎ合うと言う事は出来なくなるな。守秘義務を守るためだ」

「そうですか……」と、ガルムは、呑み込まないようにしている飴玉をもぐもぐさせながら、何となく裏寂しいような気がした。

 青年の表情を見て、リオン医師は励ます。

「しょげるな。今までより待遇が良くなると考えたほうが良い。どちらかと言うと、今まで個室が与えられなかったのが、不思議なんだからな」

 そう声をかけられても、ガルムの表情が明るくなる事は無かった。


 偵察隊の寮に戻り、居室の前に来ると、ドアの向こうは暗いようだった。まだ二十一時台だが、ノックスは眠っているのかもしれない。

 特にドアを叩きもせず、ふらりと部屋に入る。ドアノブを鳴らさないように、静かにドアを閉めた。

 その途端、部屋に明かりが燈り、数個のパーティー用クラッカーが鳴らされた。紙吹雪が、ガルムに向かって飛んでくる。

 其処には、コナーズとノックスとガッズ、それからタイガとシノンまで居る。

「昇進おめでとー!」と、コナーズとノックスが、夜間である事を配慮した、小声で叫ぶ。

 テーブルの上には、ローストチキンとチョコレートケーキと、菓子類とリキュールが用意されていた。

「何のパーティー?」と、ガルムは、とぼけて見せた。

「今言っただろ」と、素の表情でノックスが答え、ガルムの肩をポンッと叩いた。


 別の隊の人間が、基地の外や廊下以外で集まるのは禁止されているのだが、タイガとシノンは、どうやら夫々の隊の居室から、こっそりとこの部屋に集ったらしい。

「俺等は此処に存在しない事に成ってるから、その辺りは分かってちょーだい」と、シノンが、やはり小声で言う。

「六年目の快挙はどんな気分?」と、タイガは、グラスにリキュールを酌み、注いだばかりのグラスをガルムに渡す。

「快挙……なんですかね?」と言って、ガルムは首をかしげる。「どちらかと言うと、偵察隊をクビになった気がするんですけど」

「お前は今まで働きすぎてたんだよ」と、コナーズもタイガからリキュールのグラスを受け取りながら言う。「でも、トレーニングは怠るなよ。何時『専属操縦士』をクビに成っても良いようにな」

「ボルダリングは続けるよ」と、ガルムが答えるうちに、その場にいた五人にリキュールが配られた。シノンは持参したジュースの、プルタブを開ける。

 極静かな声で「乾杯」が告げられ、六人はグラスを鳴らし合う。

 静かな静かな酒盛りは、ヒソヒソ話と苦笑いに包まれ、二十四時前まで続いた。

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