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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
エピソード集9
387/433

時間軸旅行をしよう 2

 自分の存在する軸から、隣接する世界の隙間へ移動する。魔力波のグラフは、横方向の移動を見せた。そして、下方へ一定時間だけを刻む。

 ちょうど十年前。ガルムが十二歳だった頃の時空間に、彼の疑似形態(シャドウ)が移動したのだ。

 ガルム本人の気分としては、出来れば、バリバリ働いていた頃の姉に会っておきたいような気がしたが、これは列記とした実験なのだから、出来るだけ正確に、と思いなおした。

 正確に、十年前の、あるデータを集めなければならない。

 最初にガルムのシャドウが降り立ったのは、見覚えのあるビル街の近くだった。目立たない駅裏の路地。この駅から列車に乗って三駅の町に、昔、姉と一緒に暮らしていた田舎風の戸建ての家がある。

 軍服姿だと目立ってしまうので、白いシャツの上に黒のカジュアルジャケットを着こみ、灰色のスラックスと、茶の革靴を身に着けた姿に外形を変える。

 十年後の世界であれば、タウンユースとして認められている服装だが、ジャケットのデザインの年式が少し近代的すぎる気もした。

 まず、記憶を頼りに町の中を歩き回る。街角のビルの壁には、その頃に流行っていた美術的なデザイン広告が、硝子越しに飾ってある。

 町のあちこちの装飾や建造物の様子は、アールデコとアールヌーヴォーが共存しているような、もしくは対立しているような、複雑な形式美を見せている。

 市民の広くが信仰している――もしくは啓蒙している――自然文化に由来する装飾も見られる。野の花を編んで作った、絶対に枯れないリースが飾られていた。

 リースに使われている花の種類から察するに、五月祭が近いようだ。町角に設置されている、置き型の水晶版を確認すると、予定通り、十年前の五月十六日を示している。

 色んな装飾に目を奪われながら、観光するように街を行く。しっかりと舗装されたブロックの地面を歩いて行くと、四方に階段の伸びる歩道橋が見えてきた。

 この歩道橋を渡って、右側の階段から降りれば、シアターや大規模百貨店が軒を並べる、表通りに出られる。

 歩道橋を通っている途中で、足元に燈っていた魔技力の信号機が、赤から青に変わる。走っていた車達が、ゆっくりと速度を落として停止する。

「カーボだ。懐かしいな」と、ガルムは頭の中で思い、思わず足を止めた。

 カーボと言うのは、車高が低く、わざと強調するようにタイヤを大きく見せている、丸いライトのクラシックデザインの車だ。

 其れこそ、ガルムが十二歳だった時は、車の形と言うと「カーボ」がオーソドックススタイルだった。しかし、十年後には「シリアルボックス」と言う車種に、その座を奪われている。

 シリアルボックスは、車高が高くて気密性が良く、「馬車に乗り込むレディのように」と言う謳い文句で、乗り込むときに腰が痛くならない事を売りにしていた。

 そうなのだ。カーボは全体的に「カボションカット」を思わせる、丸っこい形が特徴だったが、車高が低い事で、座席に乗る時に、立っている位置よりだいぶ腰をかがめないと、乗り込めなかったのだ。

 しかし、何時までも車ばかり観ていられない。

 ガルムは視線を行く先に向け、再び歩道橋を歩き始めた。


 姉の仕事の関係で、姉弟で優雅に街歩きをした記憶はない。買い物や食事と言う理由がないと、当時の姉は、外に出かけるのを嫌がっていたからだ。

 勿論、子供達だけで町の中に来るのは、社会的に許されない。

 初等科の子供達だけで町の中を歩いていたら、警察に通報されてしまう。何処に人攫いや犯罪者が潜んでいるか、分からないと言う理由で。

 ガルムの同級生達の中でも、ちょっと大人っぽく見える子供達は、更に大人っぽく見えるように変装をして、本物の大人に混じって街歩きをするのを、秘かに楽しんでいた。

 しかし、初等教育期間中である事がバレると、やっぱり通報されて補導されてしまうのだが。

 そんな風に、何となく「頑張って大人っぽくしている子供達」も、道行く人の中には混じっていた。

 俺にも、そんな勇気があったら……いや、無かったから、黒歴史の上塗りをしなくてすんだのか。

 そんな事を考えながら、ガルムは、中心街のスクランブル交差点の前に来た。

 歩道の信号機が青になると、待っていた人々が一斉に歩き出す。ガルムも、不自然ではないように歩を進めた。

 そして、その交差点が上から見える、ビルの外廊下の一角へと移動した。

 靴の踵の鳴る音が、ざわざわと波のように聞こえる。

 時刻は夕方が近い。紳士淑女達がオフィスから出てきて家に向かい、手をつなぎ合ってカップルが歩き、誰かが落としたハンカチを、後ろを歩いていた人が拾って、落とし主に渡したりしている。

 後は時刻を待つだけだ。

 十年前の五月十七日。此処で陰惨な事件があった。

 その事を、ガルムは当時のニュースペーパーで知っていた。犯行が行なわれたのは夜。スクランブル交差点の真ん中に、異物が置かれていた。

 カーボのタクシーは、その車高の低さから異物を避けきれず、異物を弾き飛ばしたり、あちこちに押しやったり、弾き潰してしまったりした。

 それによって、当時の公安は、最初にその異物が置かれた場所が何処かを、突き止めるのにも苦労した。血の筋を、「時戻し」を発動したまま追いかけて行くと、スクランブル交差点の中央に来た。

 赤い血の筋を残していた、散々に引き回された異物。

 それは、人間の生首だったと言う。


 当時の公安は、生首が置かれて居た場所から、更に「時戻し」で、異物の来た場所を探ろうとした。

 だが、生首は交差点の中央の位置で、完全に封印(シール)されており、それ以上の魔力的作用を受け付けなかった。

 他にも、その当日のうちに、町のあちこちで引き潰された異物が見つかった。何等かの肉の塊にしか見えなかったり、ハッキリと人の手足だと分かるものもあった。

 それ等を全部集めると、一体の人間が出来上がった。女の遺体だったと言う。不思議な事に、何処を探しても、心臓だけが見つからなかった。

 バラバラ殺人事件として、公安は調べを進めた。何が目的で誰が死体を分解し、街中に配置したのか。

 そのニュースは世間でも噂に成り、この町にはとんでもない猟奇殺人犯が居るとされた。

 ガルムは、自分がその事件を「確認しなければならない」事に、薄気味悪さを覚えた。死体だの、血液だの、内臓だの、そんな物を見るのは慣れている。ガルムが気味悪がっているのは、ある予感によるものだ。

 魔術文化圏で、人間をバラバラにして放置するとなれば……それには呪術が関わっていると、子供でも気付く一抹の予感だ。


 やがて、町には夕闇が近づき、薄闇は瞬く間に町を覆って、街灯とビルから零れる明かりだけが、辺りを照らすようになった。

 月が空を巡り、時刻は深夜に近づいて行く。霊視の力を使って現場を見つめ続けると、一瞬、タクシーすらも居なくなった瞬間に、それは地面の上に現れた。

 金色の髪が、赤黒いもので汚れている、女性の生首が。

 召喚されたのか、と、ガルムは気づいた。やはり、この事件には術師が関わっている。

 神気体であれば、アンナイトに位置情報を確認させて「継続観察」が出来るが、シャドウは神気体より便利ではない。

 それから一晩、ガルムは、地面に召喚された異物が、何処へ転がって行くのかを霊視しながら、恐らくその夜に発動したはずの、呪術の出所を探った。

 決して、犯人を探し出すわけではないが。

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