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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
エピソード集9
382/433

カインの憂鬱な午後 1

 人造羊水を満たしたポッドの中、逆子の姿勢を取っている巨大な肉の塊は、名をカインと言う。

 創世神話の中で、アダムとイブの間に生まれた第二子の名である。しかし、その肉の塊は、遺伝情報としては女性体であった。

 爬虫類期までの姿で、それ以上の進化の過程を見せなくなったが、脳はしっかりと発達している。

 物覚えと言う点では、兄のアベルより早く、遺伝子転写を終えて一年を経過する頃には、複数の術を覚えた。

 主に、五歳くらいの少女の姿の疑似形態(シャドウ)を操って、城中を歩いたり、魔神達に声をかけたりする。その時に話す言葉も、兄のアベルがまだ片言語しか話せないのと比べると、滑らかだった。

「補給が足りないの。特に、水分が必要。塩分も少し要る」

 緑の瞳と水色のワンピースの女の子は、彼女の面倒を看てくれる係の魔神に訴える。

「それから、内臓の細胞が『向こう側のエネルギー』を必要としてる。だけど、採取する泉の種類を、注意してみて。たぶん私の体の膨張と、何か関係があるわ」

「ありがとう、カイン。すぐに処置を取るからね」と、世話看役の魔神クシィが返事をする。紫陽花色の衣を着ている彼女は、黒い兎と人間を混ぜたような姿をしていた。

 クシィはは、すぐにカインの部屋に行き、紫外線を通さない覗き窓から赤子の姿を確認して、ポッドの表面に取り付けられている「補給値」のメーターを見る。

 一時的に、カインは水分を大量に必要としていた。そして、「向こう側のエネルギー」も。まるで、何か運動でもしたかのように。


 一度は枯れかけた「力の泉」には、再び向こう側のエネルギーを汲みだせる力が戻って来ていた。

「城」の周りにある泉の中では、力の泉は最も安全な泉だとされている。

 サブターナは各地の泉の様子を常に観察しながら、何処の泉がどんな作用を起こすのかを、魔神達に実験してもらい、それを日々記録に付けている。

 クシィが、黙読の間から出てきたサブターナに、カインの言葉を伝えた。

 カインの内臓の細胞が欲している「向こう側のエネルギー」の種類によって、カインの体が増殖する原因になっているのではないかと。

 サブターナは口元に手を当てて考え込み、視線を低くして右横の方を見ている。

「思い当たる節は、ある」と、サブターナは言う。「放物の泉と、放射の泉からの採取をやめよう。代わりに、理力の泉の採取率を上げる。力の泉もだいぶ回復して来てるから、しばらくはその二つで補うわ」

「ありがとう。もし、それでカインの体調に異変が起きたら、すぐ教えるから」

「うん。お願いね」

 クシィとサブターナはそうやり取りをして、黙読の間に隣接する廊下から去った。


 思考の間で本を選んでいる、人間みたいな人物がいる。茶色のショートカットの髪を所々カラフルに染めて、その日は、銀の植物モチーフの刺繍が鮮やかな、黒いジャケットのスーツを着ていた。

「ジークさん」と、サブターナによく似ている、五歳くらいの女の子が、話しかけてくる。「今日な何か特別な日?」

「ああ」と、ジークはかしこまって答える。「俺の仕えてるご主人様がね。さっき、新しい戦いに行ったんだ。その見送りに行って来た」

「ふーん。人間って、見送りの時に豪華な恰好をするの?」と、緑の目を瞬かせながら、女の子はジークのスーツの裾を引っ張る。

「おいおい。引っ張るな。型崩れすると、直すのが大変なんだ」と、ジークは言って、女の子の手をつまんで、自分の服から離させた。

「分かった」と言って、女の子は水色のワンピースのポケットからメモ帳とペンを取り出し、「豪華な服は引っ張っちゃダメ」と、声を出しながら綴る。

「カイン。お勉強は、はかどってるのか?」と、ジークは手に取っていた本を閉じて棚に戻し、子供の相手をしてあげることにした。

 メモが終わった少女の片手をつまんで、近くのソファまでエスコートする。

 ジークがソファのクッションにかけたので、カインも真似をした。カインの方のソファのクッションは凹まない。カインの疑似形態(シャドウ)は、まだ体の重みまで再現できないらしい。

「お勉強は、はかどってる」と、カインは言う。「でも、まだ私が一歳でしかない事を考えると、人間としては、変なんだろうなって思う」

「創世記については教えてもらったか?」と、ジークは訊ねる。「お前と同じ名前の奴が、兄ちゃんを殺す話」と、子供に聞かせるには割と辛辣な言葉で。

「うん。聞いた」と、カインは答える。「物語としては……近親者殺しって言う禁忌(タブー)のお話だって分かったんだけど、同じ名前だからって、私が本当にアベルを殺すってあり得ないと思うんだ」

「なんでそう思う?」と、ジークに聞かれ、カインは「だって、私から見てもアベルは『赤ちゃん』だし、あんな……喋る事も滅茶苦茶な子を、嫉妬で殺そうとするかなぁって思う」と答えた。

「大人になってからの事は、分からんぞ」と、ジークは面白がって幼子を揶揄う。「あんなパッパラパーだったお兄ちゃんが、私よりまともなふりしてる! 許せない! ってなるかも知れないしな」

 カインはきょとんとした顔をしてから、「確かに」と言う。「そう言う風な心も、人間にはあるんだもんね」と、納得してしまった。

 少し冗談が過ぎたと思ったジークは、「まぁ、そんな風に思わないように、哀れな『パッパラパーのお兄ちゃん』を大事にしてやれ」と宥めた。

 カインはちょっと変な顔をして、「じゃぁ、アベルがどんなに変な事をしていても、許さなきゃならないの?」と聞いてくる。

「いやいや、そう言う事じゃない。躾と礼儀を教える事は大事だ。どれだけパッパラパーでも、節度はわきまえなきゃ成らん」

 ジークはそう説いてから、「だけどな」と続けた。

「アベルがこの後、何年かけて、どれくらいの知識を得るかは分からん。その時に、『躾と礼儀』を覚えられないくらいの知能しかないって成ったら……多少は『大目に見る部分』も必要だ。

 体が成長しても、頭の中が赤ん坊のままなんだって言う事を、少し難しいかも知れんが、理解してやる必要はある」

「そうかぁ……」と、諦めたように溜息を吐き、カインは両肘を両膝に乗せて、両手で頬杖をつく。「私が、『赤ちゃんのままのお兄ちゃん』を許せなくなっちゃったら、創世神話が実現しちゃうかも」

 それを聞いて、ジークは遠慮なく笑った。それから言う。

「それはまずいな。今の『エデン』での計画では、人間同士の殺しは無しの方法で進んでるからな。特に、カイン。お前は、一番多数の人類を残さなきゃならないんだぜ?」

「方舟に乗れない、粗暴な人類をね」と、カインは創世神話で聞いた話を唱える。「私は、子供は二人までで良いな。そもそも、旦那さんが見つかるか、分かんないよ」

「それは確かに」と、ジークは同調しておいた。

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