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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
エピソード集
38/433

ワルター氏の憂鬱な午後3

 とっぷりと日の暮れた夜、ウルフアイ清掃局のオフィスには、まだ明かりが燈っていた。

 局員のほとんどが帰宅し、夜勤の者達も電話番くらいの気持ちで仕事をしている。

 誰も彼も、温かいコーヒーを飲んで、のんびり作業していた。

 ワルターも自分のデスクがあるオフィスで一人、先日の、清掃した館から人骨が見つかった件の調書を纏めていた。

「屋敷の中に隠されていた人骨を全て集めると、人間一体の全身の骨が集まった。背骨は一部見つからなかったが、骨自体が古い物なので、朽ちてしまったと考えたほうが良いだろう。

 発見できた骨を人の形に並べて、骨格を調べると、十代半ばほどの女性の骨と推定される。

 それまでに集められた館の内部の品の中で、邪気を発している物があった。古い日記帳だ。

 発見された人骨とは違い、何かの術がかかっているわけではない。それをしたためた誰かが、恐ろしいまでの念を込めて文章を記したのだろう。

 解読できた文章の内容の一部は以下の通り。

『マァリー。マァリー。可愛いあの子。あの人は、いつもあの(むすめ)の事ばかり。

 だから、あの娘には、この屋敷で貴方を見守らせる事にした。頭は地下。足は天井。全部を逆様に散らばしてあげた。

 だから、貴方は寂しくないでしょう? 妻より愛しい娘とずっと一緒に居られるのだから。マァリーはもう冷たくなっている。だけど貴方を見守っている。この屋敷で。永遠に』

 別のページに残されていた署名や日付、内容から、この日記を書いていたのは、三百年ほど前のあの館の主の妻。マァリーと呼ばれる人物の骨をバラバラにし、屋敷の至る所に呪詛を込めて隠したようだ。

 骨の一部に刻まれていた文字を、足先から頭蓋骨まで辿って行くと、発見できた部分の骨は身体が逆様に見つかるように配置されていた。

 先の文章の内容は詩のようだったが、唯のファンタジーと考えてしまうわけには行かない。

 発見した人骨は呪詛を祓った後、葬儀を行ない墓所に埋葬を完了。

 三百年前に何があったのかは、日記の解読を進めなければ分からない。今後、調査を継続する」

 そこまで書いたとき、ノックの音もせずに扉が開いた音がした。夜勤の職員だったら、挨拶くらいするだろう。

 ワルターは手を止めて、細く開いているドアのほうに視線を向けた。

 見慣れない女性局員が、ドアに隠れながら、ぎらつく目をきょろきょろさせている。

 ワルターも室内を見回すと、その部屋には自分しかいない。

 自分に用なのか、それとも誰かを探しているのか? そう思って、ワルターは声をかけた。

「誰か、お探しですか?」

 女性は唇を結んで、固唾を飲むような仕草をしてから、「あの!」と、大声を出した。「ノヴァ・ワルターさんですよね?!」と。

「はい。ワルターは私ですが……」と、不審に思いながら返事をすると、女性は急に顔を真っ赤にした。

 ドアの内側に入り、後ろ手にドアを閉め、「私! ムニアと言います! ムニア・オーダーです!」と、軍人のようなきびきびとした挨拶をした。

 ワルターは状況が分かって、「ああ、はい。あの……夜間ですから、もう少しお静かに」と、優しく諭した。

「すいません! あ……。す、すいません……」と、ムニアの声はしなしなと弱くなる。「あの……。たぶん、私、変な手紙を送ってしまったと思うん……です……けど」

「はい。だいぶ変わった内容でしたね」と、ワルターは穏便な表現で返した。

「実は、あれを書いたのは……。私じゃないんです」

 此処までの台詞は何となく飲み込めた。

 もしかしたら、ムニアは局内でいじめにでも遭っていて、彼女の名前を勝手に使った誰かが書いたものなのかな? と。

 しかし、ムニアは「もう一人の私が書いたんです」と言ってきた。


 緊張状態で、声が極端に大きくなったり小さくなったりを繰り返すムニアの話を聞いていると、彼女が言いたい「もう一人の私」の事が分かって来た。

「私、ずっと……。子供の頃からそうなんですけど、時々、頭の中が変な思考で一杯に成ってしまうんです! そうすると、冷静に考える事も出来なくなって、『今すぐに何か行動しなければ』って言う考えに囚われてしまうんです。

 魔力のコントロールを憶えて、この局に所属するようになってからは、だいぶその状態もマシになって来ていたんですけど! この頃……正確に言うと、去年辺りから、また『強迫観念』みたいなのが酷くなって来ていて……。

 その訳の分からない思考が始まると、『行動しなければ』って言う衝動みたいなものに、支配されてしまうんです。

 その行動をしている間の事は、私の意識に残らないので、『突飛な行動』をとってる間の自分の事を、『もう一人の私』って表現してるんです」

 そこまで聞いて、ワルターは「なるほど」と言葉を返した。

 ムニアの話は続く。

 先日の「呪いをかけているような変な手紙」も、その頭の中が洪水になっている時に書いてしまったもので、平常状態に戻ったムニアは「もう一人の私」が書いた文章を見て血の気が引いた。

 便箋を持って、シュレッダーの機械のほうに歩いたつもりだった。

 ふと気づくと、ムニアはこのオフィスの前を通る廊下で立ち止まっていた。

 ついさっきまで、自分の受け持ちのオフィスでシュレッダーに向かって歩いていたのに、一瞬で別の場所に来ていた。

 不安に駆られて、この部屋の中をこっそり覗くと、ムニアにとって「見た事のある封筒」を、ワルターが鞄の中にしまう所だった。

 あれを渡してしまったのか?! と察して、ムニアはどう言い訳をすべきか、それとも本当の事を話すべきか、ここ数日眠れずに考え続けていたのだと言う。

「それで、今日は、ワルターさんが残業をすると言うのを聞いたので、本当の事をお話しようと思ったんです」と、此処まで吐き出し終えたムニアは、すっかり呼吸も整って、落ち着いた様子を見せ始めた。

「頭の中が思考で一杯になる、ですか」と、ワルターは聞いた言葉を復唱した。ムニアは「はい」と言う返事と頷きで答えた。

 ワルターは頭の中で、三つの可能性を考えた。

 一つは、ムニアが憑依体質なのではないかと言う疑問。

 もう一つは、何等かの精神疾患を持っているのではないかと言う疑問。

 最後の一つは、その両方からの影響があるのではないかと言う疑問。

「私は医者ではないので、断定的な事は言えませんが、もしかしたら……」と言いかけると、ムニアは急に人差し指を突き出してきた。

 腕を組んで考えていたワルターは、ムニアの人差し指に頬をツンッとつつかれた。

 ムニアの様子がおかしい。真っ赤に充血していた目が、とろんとしてうっとりするような視線になっている。その上、先ほどの軍人めいた言葉づかいとは打って変わって、少女のような囁き声で、「意地悪は、言っちゃだめよ?」と囁いてくる。

 ワルターは顔を引きつらせ、ムニアの近くから、さっと飛び退いた。

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