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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
エピソード集9
379/433

アリシャと金色のお姫様 2

 劇団の事務所に届いた、拙い文字の手紙を読んで、マリン・ナーサリーは、夢見がちな小さな男の子を思い浮かべました。

 そうして思ったのです。龍族って何かしら、と。

 色んな地方に住んでいる人々は、自分達の集団を「○○族」と名付けたりするから、きっとその事だろうと考えました。

 龍族と言う集団は、外の世界の人から、口が裂けていたり、牙が飛び出ていると思われていて、きっと迫害めいた思いを抱かれているのだろう。

 空に浮かぶと言うのはどう言う事かしら。きっとこの男の子は魔術の類が使えるのね。飛翔の魔術と言うのは、彼の部族では大人しか使えないんだろうな。

 そう思って、マリンは「アリシャと言う名前の新しいファンからの手紙」を、丁寧に封書入れにしまいました。


 アリシャは、手紙を出した次の日から、運動に熱心に成った。

 今までほとんど動かして居なかった、羽の筋肉を鍛えようとし始めたのだ。

 最初は、背にある両羽で、空気を掻き混ぜる運動をしていた。そしたら部屋中の紙製品が舞い上がって、アラダが来る頃には、積んであった紙製品が部屋中を舞っていた。

 アラダは一瞬怒ろうとしたが、アリシャが黙々と羽を動かしているので、怒る気も失せて「アリシャ」と穏やかに声をかけた。

「飛ぶ練習をするのは良いけど、場所を選ぼうか」と注意した後、アリシャに「紙を集めるのを手伝って」と指示を出した。


 アラダは、他の「魔神の子」の中で、空が飛べて悪戯や意地悪に興味のない子を選び出し、「アリシャに、空の飛び方を教えてあげてほしい」と頼んだ。

「良いよ」と、チトラと言う名の――どうやら女の子の――、人に近い龍の形をした魔神の子は、気軽に答える。彼女は背に皮膜の羽があり、羽毛に覆われた両腕も持っていた。


 チトラは、生れて間もなくはあちこちで、ヤンチャをやっていたらしい。正確には、フォリング族の狩りの邪魔をしていた。

 ある時、互いに流血する程の壮絶な乱闘に成り、チトラとフォリング族の子供達は城に連れて来られ、サブターナからケンカの理由を聞かれることになった。

 その時に言い放ったチトラの言葉は、このようなものだ。

「こいつ等だって悪いんだ。腹はいっぱいなはずなのに、まだ食おうとする。しかも、子供を育てている雌の野兎を殺そうとしたんだ。それは狩りの規律の中で、禁止されてるはずだろ?」

 それを聞いて、仲裁役をしていたサブターナは、フォリング族の子供に真偽を問うた。

 二頭いたフォリング族の子供は、すぐに言い返さず、しばらく顔を見合わせている。

「腹は……いっぱいじゃないよ」と、片方のフォリング族の子供が言うと、もう片方も加担した。「そうだよ! 全然足りないよ! もっと食べたいよ!」と言う、墓穴を掘る言葉で。

 その様子から、サブターナは判断した。

「チトラが正しいのは分かった。だけど、喧嘩は良くないよ」と、説こうとすると、「殺しを楽しむ奴が、説得で殺傷行為をやめると思う?」と、チトラに逆に説き返された。

 それを聞いて、サブターナも言葉を失った。二匹のフォリング族の子供達も、自分達が「殺しを楽しんでいた」と言われたことに驚いた。

 何かを食べる事は、何かを殺す事だ。たまたま、それが動く生物で、フォリング族の子供達は、その生物を追い詰めて狩る事を……確かに、楽しんでいた。

「だって!」と、墓穴を掘ったほうがさらに声を上げた。「美味しいものを食べたいって思うのは、悪い事じゃないだろ? それに、野兎なんていっぱい居るし!」と、墓穴はどんどん深くなる。

「兎を好きなだけ食べたら、来年は兎の数は減るんだよ」

 そうサブターナは教えてあげた。

「そしたら、あなた達は、来年もっとお腹を減らすことになる。もしかしたら、衰弱して別の生き物に食べられる事もあるかも知れない。それが自然淘汰って言うシステム。

 あなた達は、その自然界で生きる事に成ってるの。今はまだ慣らし期間だから、城に帰ってきたら食べ物をもらえけど、最終的にはあなた達には独立してもらう予定なの。

 大人になってからも同じ失敗を続けていたとしたら、私達はあなた達を助けない」

「そんな……」と、ちょっとだけ頭の回るほうが、言葉を溢しかけたが、未来への絶望で絶句した。

「そんなのずるいよ!」と、墓穴を掘りたがるほうの墓穴が、さらに深まって行く。「城の中の奴等は、好きなだけ飲み食いできるのに! なんで僕達は満腹に成っちゃダメなのさ!」

「チーズ一欠け。羊の腸詰を二つ。ビスケット五枚。オートミール一皿とココアセーキをカップに一杯」と、サブターナは唱える。「私の、今日一日の食事。兎の肉のパイなんて食べてないわ」

 この「エデン」のカリスマであるサブターナでさえ、それっぽちしか食べていないと知って、フォリング族の子供達は、また顔を見合わせた。

 好き放題に食べていたら、何時かは癒えることの無い飢えに憑りつかれると言う事を、しっかり教え込まれ、フォリング族の子供達は飛翔する元気も無くして、森に帰って行った。


 そんなチトラの武勇伝を聞きながら、アリシャは猛然と羽を動かし続ける。

「あんた、そんなに速く飛びたいの?」と、チトラは訊ねた。それを、「早く」だと思ったアリシャは、「うん!」と元気に答える。

「そっか」と、チトラも誤解したまま納得してしまった。「それじゃ、ちょっと羽を動かさないで。状態を見るから」

 言われた通りに、アリシャは水平にした位置でぴたりと羽の動きを止めた。

 チトラは、アリシャの背中と羽に触れて、困ったように言う。「皮膜はしっかりしてる。だけど、羽の筋肉が、まだぷにぷにだ。だいぶ鍛えないと飛べないね」

「頑張る!」と、アリシャは意気込んだ。


 アリシャの筋力トレーニングと羽の使い方の勉強は、半年ほどを費やした。

 羽は羽ばたくだけではなく、手のように使えるともっと良いとチトラから聞いて、サボりがちだった羽の関節に付いている爪を使う方法を学び始めた。

 筋力トレーニングの一環として、高い木の上から吊り下げたロープに、関節の爪の力だけでぶら下がり続けると言うものも行なった。

 チトラが言うには、最終的にはそのロープを伝って木の上まで登ってこれたら、ようやく飛翔の訓練をする……と言う手順を踏むとの事だ。

 体中の毛穴から汗が出ても、胃袋が空っぽでキュルキュル言っても、アリシャは決してめげなかった。

 アリシャの中では、既に「マリンと一緒に空を飛ぶこと」は、二人の間の約束であり、絶対に守らなければならない誓いなのだと、決定づけられていた。


 ある日、珍しい事に「エデン」に雪が降った。

 遠くの山が白くなる事はあっても、「エデン」の領域内で積雪があるのは非常に珍しい。

 どのくらい珍しいかと言うと、雪と言うものを知らない若い魔神が、それに触れて「冷たい!何これ?!」とびっくりするくらい珍しい。

 サブターナは一度雪山に行ったことがあるので、環境として「雨が凍り付いて降り注いだもの」に囲まれると言う経験はあったが、普段自分が住んでいる辺りにその現象が起こると思って居なかった。

 ついでに、サラサラの雪が風に舞って地吹雪を起こしている中で、アリシャがロープを登る練習を達成した事も、知らなかった。

 サブターナがアリシャの成長を知る事になるのは、一昼夜の積雪が消えた翌日、猛烈に羽を動かしながら飛翔するアリシャの姿を見つけてからである。

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