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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第九章~愛しいあなたへ~
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29.世界の事情

 ゴート式ファッションと言う流行が、ずっと昔に花咲いたことがある。

 黒い布地と黒いリボンが、神への敬虔の証としてもてはやされ、やがてそれがファッション化してデザイン性を得た。一度は古いファッションとして廃れたが、近年ブームが復活してきている。神への敬虔は忘れ去られ、唯の見目美しい衣服文化として。

 女性達は其れまでのように、腰をコルセットで締め上げ、衣服の制約で動作が制限され、おぼつかなくなる。かつては、その様もまた「愛らしい」としてもてはやされた。現在では、その衣服を纏っていても、こなれた行動が出来なければスマートでないとされてしまう。

 再ブランド化されたその衣服達はとても高級で、それを手に入れられると言うのが、ステータスとして機能したからだ。

 ブランド物の高級腕時計をしている男は、仕事が出来なければならない。

 それと同じく、ハイブランドのゴート式ドレスを纏う女は、優美でなければならないと言う事だ。


 そんな浮世の事情など知らないレーネは、街歩きの時に「この世界にも黒いドレスが売っている」事を知って、歓喜と共に憧れを持った。

 金額を聞いた時、ワンピースドレス一着に五ラピス要ると聞いて、「そのくらいなのね」と思い、ホストファミリーの両親に相談してみた。

「五ラピスか……随分高額なドレスだね」と、ホストファミリーの父は言う。「参考になるか分からないけど、今の世の中で、初めて企業に勤めた人の初めての給料は、月に十五ラピスくらいなんだ」

 十五ラピスと聞いて、レーネはこう聞いた。

「十五ラピスで、生活は出来るの?」と。

「うん。贅沢をしなければ、生活は出来るよ」と、父。

 レーネは思った。

 きっと、毎日パンとチーズで暮らしていて、布地の安いボロボロの服を着ていて、奥さんどころか子供まで働いて、ようやく暮しているに違いないと。

 あまりにも哀れで、目に涙が浮かんだ。

 その涙の理由が分からず、「どうしたんだい?」と、父は聞く。

 レーネは言う。

「私、知らなかった。みんな、一生懸命働いているのね」

 その後の言葉は口にしなかったが、父は何となく分かった。

 一生懸命働いているのに、それっぽっちの給料しかもらえないのね、と言う意味だと。

「レーネ。落ち着いて」と言って、母がハンカチを取り出す。

 レーネはそれを受け取り、日焼け止めの化粧が崩れないように目元を叩いた。

 ホストファミリーの父は言う。

「良いかい、レーネ。君の暮していた国や、君の属していた社会がどんなものかは分からないけど、十五ラピスって言うのは、そんなに安い給与じゃないんだよ?」

「だけど……」と言って、レーネは言葉に詰まってしまった。

「世の中には、ラピスを手に入れられない人達だっている。毎月を、合計五百ルビーで暮らしている人だっているんだ。だから、今のこの国の所得から考えると、レーネの『憧れの服』は、そのくらい高いって事さ」

 五百ルビーで一ヶ月を暮す? と聞いて、レーネはもっと驚いた。

 そんな調子じゃ、家具だって買えないし、ご飯だって食べられない。

「一体、その人達はどうやって暮してるの?」

 その疑問から、レーネの「現代の生活への探求」が始まった。


 ガルムの軍での地位であるが。一応大尉である。参謀達と話し合って、隊を指揮する権限が認められている。

 しかし、ガルムはあんまりその権限に魅力を感じない。

 彼が指揮できる兵と言うのが、「アンナイト」と言う兵器である事と、話し合う参謀達は主に整備士主任と、「ガルムがサボらないように見張っている連中」であるからだ。

 事実としては、指揮できる兵士が存在しない、書類上だけの肩書なのである。

 給与はそれなりに上がったが、度々気を失うほど体を張ってるのにこの金額なのか……と思う所はある。

 そんな彼の所に、新人が入隊してきた。

 アンナイトの安置室の中で、「今日も神気を搾り取られる日か」と思って居たガルムは、整備主任が連れてきた青年に気づいた。

 チャコールグレーの瞳に茶色い髪を持った、見た目で言うならガルムよりがっしりしている青年だった。

 整備主任が紹介する。

「彼の名前はユリアン・ラヴェル。アンナイトの操縦に関しては、君の初めての『後輩』だよ」

「あ、はい……。初めまして。ガルムと言います」

 そう言って右手を差し出すと、ユリアンは握手に応じながら、「お聞きしてます。ユーリと呼んでください」と述べた。

 握手をした瞬間、ガルムの腕は強い霊力に反応して鳥肌が立った。

 魔力は感じなかったが、霊力とそれに伴う神気を纏っている、「神殿にでも勤めれば良いのに」と思ってしまう逸材だ。

「後輩って事は、彼もアンナイトを動かすんですか?」と、ガルムが聞くと、整備主任は「そうなる。だけど、ユリアンは魔力を持ってないから、彼用の子機を操縦する事になるんだ。

 彼本人は結界や回復術なんかが得意だから、子機もそれに準じて作ってある。まずは、今日の『照射』で、どの程度の能力の発現が出来るかを調べよう。ガルムも、実用実験には付き合ってくれ」と述べた。

「了解」と答えて、子機? と考えた。

 今まで、アンナイトの安置室に、それらしい操縦席を見なかったからだ。

 ユリアンは、アンナイトの操縦席がある場所から梯子を下り、其処に備えられた……まるで遠距離通信ボックスのようにコンパクトな空間に、ドアを開けて入って行った。

 アンナイトの操縦席のように、半開放型ではないようだ。

 ユリアンはその部屋の中で椅子に座ると、配線に繋がれたゴーグルと無線のヘッドセットを被り、同じく配線のついたグローブをはめた。

「セカンドシステム準備完了」と言うユリアンの声が、アンナイトの内部放送で聞こえてくる。

 どうやら、操縦者同士の声がごちゃごちゃにならないように、敢えて隔離された部屋を作ったようだ。

 ガルムは何時も通りの、ゴーグルとイヤフォン式のヘッドセットをつけ、内臓のような形状のシートに座り、背を預けて両手を肘掛け状の操作盤に添える。

「アンナイト、起動」

 そう断ってから起動の処置をとると、あらかじめセットされているカウントダウンが始まる。

 カウントダウンの間に、管制室に見せるための巨大モニターに魔力波が送られ、暗かった安置室が照らし出された。

 ガルムの身体状態と魔力波の流れ、そして照射先の五感情報を映すためのウィンドウが開く。

 今回はユリアンの情報も同時に映すらしい。四分の一にカットされた画面に、「セカンドシステム」からの情報が映し出される。

 十秒間の間で、アンナイトは「覚醒」の状態に成り、今回の目標地点へ向けて「照射」を始める。

 今回の活動場所は海の向こう。大陸のある国での、災害復旧活動を助けるのが目的だ。

 恐らく、現地には疲弊した人々も居るだろう。強い霊力を持つ者が参加するのであれば、打って付けの実用実験だ。

 ガルムは操作盤を指でさぐり、「セカンドシステム」への直通無線を起動した。

「ユーリ。気分はどう?」と聞くと、ユリアンは大きく息を吸って吐き、「緊張しますね」と答える。

「リラックス」と声をかけると、「ええ」と返ってきた。

 次の瞬間には、二人の意識は海を越えた陸地の雲の上へと運ばれていた。

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