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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第九章~愛しいあなたへ~
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28.大義名分

 無数の百合の咲く水園(みずぞの)の空間は、再びその役目を行使する場所として整えられていた。

 祭壇に続く階段の途中で待っていた双神の下に、狐に近い獣人の姿が現れる。

 先ほど、メリュジーヌの住んでいる町から、空間移動で逃げ出した二人のうちの一人、ラビッジと呼ばれていた少年だ。

 獣人の少年は駆け足で階段を昇ると、双神の足元から少し離れた位置で立ち止まった。

「ガブリエルは来れない。だいぶしつこい呪詛にあってる。解除するまで身動きが取れない」

 そう端的に伝えてから、胸の前で両手首と指先を合わせ、丸めた指の間で魔力を練る。

 すると、ラビッジの周囲に赤紫色の光が走った。それは立体的な映像として目に映るものだった。

「ガブリエルが集めてた情報だ。アン・セリスティアに協力している龍族は、理愁洛(レヴァンタス)の海沿いの町に住んでる。それも、隠れ住んでるわけじゃない。町の英雄みたいに扱われてて、町の住人全員が、奴等の味方だ」

 それを聞いて、双神は揃って頷く。

 ラビッジは報告を続ける。

「龍族の(かしら)の名前は、メリュジーヌ。人間達の前では人の姿をとってる。変化(へんげ)すると、全長が百メートル以上はある白いドラゴンになる。変化(へんげ)した時の体の大きさは本人の意思で変えられるみたいだ。最大でどの程度の大きさに成れるのかは、まだ判断できない。

 ガブリエルが町に滞在していた間に、『凱旋の日』って言う、毎年の恒例行事みたいなのがあったんだ。その日にメリュジーヌは北の海から帰って来て、人間の姿に戻った。それから、彼女の屋敷として宛がわれてる家で過ごしている。一ヶ月から三ヶ月くらいの長い休養を取るんだそうだ。

 僕の考えとしては、龍の姿に成れない町の中で、人間達を盾にしたほうが良いと思ったんだけど、その人間達が『向かってくる気満々』って言う所までは、分かんなかったね」

 ラビッジがそこまで言うと、双神の片方が声をかけてきた。黒髪の男のほうだ。

「ガブリエルの容態は?」と、穏やかに。

 ラビッジは特に深く考えず、「そんなに良くない。術としては変化(へんげ)も使えない」と答えた。

「しばらく役に立たないわね」と、双神の赤毛の女の方が言う。

 嫌味な奴、と、ラビッジは思ってから、説明を続ける。

「何処から漏れたかは分からないけど、ガブリエルの使っていた文字が、相手に伝わってる。それで、ガブリエルだけが、呪詛での攻撃を受ける事になった。

 相手は、僕達全員の事を知ってるかも知れない。龍族のネットワークって言うのは、だいぶ強固なものだそうだから」

「君は、自分の何を知られたら、相手に情報を知られたと思うんだい?」と、黒髪のほうが問いかけてくる。

「それは……。変化(へんげ)してない時の外見とか、魔力紋とか……かな?」と、少年がおぼつかなく答えると、黒髪のほうは数段階段を降りて来て屈みこみ、()()()()()()()()、少年と目線を合わせた。

「それだけが、君の全てではないだろう? 君には、幾つか得意な術があったね。空間干渉だけじゃない。声紋疑似、意識感化、傀儡人形、それら全部を君本人もどれだけ知ってるかな?」

「知ってるかって言ったら……。それを見せると、人間が喜ぶって事くらい」と、ラビッジは答える。

「人間が喜ぶのは何故だと思う?」と問われ、「さぁ?」と興味なさげに返した。

 黒髪のほうは、ゆっくりと語り出す。

「人間と言うのはね、安全な場所でびっくりさせられた時に、『すごいなぁ』って喜ぶだ。君が術を駆使して演じさせた『人形劇』を、人間達はとても喜んだだろう? 夫々に別の声がして、自分の心の裏を読まれているようなストーリーを演じる人形を見せられて、人間達は『びっくりして喜んで』いたんだ。

 無数の人形を操る者が、君一人だと知っているからこそ、その『できっこない事をやってのける技』に驚いていたんだ。

 とてもアンバランスなのに、山のように積み上がっているものを見たら、君だって『なんでこんな事が出来るんだろう』って驚くだろう? その方法を、どれだけ上手く使うかって事さ」

 そこまでの話を飲み込んだか、確認するような間があったので、ラビッジは少し目を彷徨わせてから、黒髪のほうに目を合わせた。

「相手に『知られてる』以外の、できっこない事をやって見せろって事ね」

 そう返すと、黒髪のほうは満足した風に頷いた。

「そうだ。『手の内を知られている』なんて、思わなくて良い。観客を飽きさせずに、驚かす組み合わせを作って行くのが、演者と言う者の技術と大義だろう?」

「言ってくれるよ」と、ラビッジは返した。おだてられていると言う事が分かったからだ。


 意識の町で襲撃に遭った翌朝。アンは自分で発動した通信の術で、早々にガルムに事と次第を報告していた。

 ジークのほうでは、アンを襲撃したならず者が、意識の町からメリュジーヌの屋敷のある――理愁洛(レヴァンタス)の海沿いの――町に移動した事を掴んでいる。

 そこからまた別の空間に移動したようだが、その先までは追えなかった。

 アンは自分が襲撃されたことは弟に伝えたが、弟本人が命を狙われている事は伏せた。

 普段から緊張させて、本人の神経を擦り減らせても仕方ない、と考えたのだ。

 ただし、これだけは言った。

「ガルム君」と、改まって呼び掛ける。「シャワールームは一人で入らないようにね」

 ガルムは、低く呻くような声を出してから、「なんで?」と聞いてきた。

「よくあるでしょ? ほら、怖い映画とかで……。シャワーを浴びている女の人を、ザクーッとかさ」

「大丈夫だって。凶器を持った殺人鬼が、うろついてるような場所じゃないから」

「そう言えるんだったら大丈夫だろうね。それじゃ」

 其れだけ言って通信を切り、アンは再び別の場所に通信を飛ばす。

「メッセージをどうぞ」と言う、記録機能のテキストが浮かび上がったので、それに文章を添えた。

「ノリス? 先日の件はどうかな? メリュジーヌの周りを……」

 そこまで書くと、突然通信が通った。

「アン? ノリスよ。すぐ出れなくてごめん」

「大丈夫。まだ重要な事は書いてない」

「それで、先日の事って言うと、あの件の事?」

 其処で気づいた。

 アンは手元で通信波を参照する。エイデール国への侵入経路を通っていない。アンの魔力波は途中で阻害されて、通信が別の場所に繋がっている。

「そう。あの件なんだ」と、話しを合わせながら、アンは逆探知を続けた。


 意識の町の中に曲者が現れた話をしながら、逆探知を終えた瞬間、アンは唐突に通信を切った。

 エイデール国への侵入権を持つ「正常通信波」では、既にアン本人の魔力が、外部の者に読み取られている状態に成っていると察した。

 今後は、ノリスを通じて軍に連絡を入れる事は出来ない。

 それでも、ガルムの集めていた「レーネ語」で、呪符を作ると言う方法が上手く行ったことは、ジークの疑似形態(シャドウ)が伝えてくれるかもしれない。

 もしかしたら、あの毛玉のちびっこの妨害を受けるかも知れないが。

 負けてられますか、と意気込んで、アンは毎日の日課を始めた。

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