表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第九章~愛しいあなたへ~
373/433

27.急速な成長にて

 試験体「カイン」は、口を動かし始めた日のうちに、逆子の姿勢を取った。人造羊水の中で、頭を上にするようになったのだ。

 そして、口の動かし方の他に、外で観ている者達の、手振りや身振りを真似するようになった。

 知能が発達している。

 サブターナはそう気づいた。

 この子は、外見だけが胎児のままだけど、脳はしっかりと成長しているんだ。

 そう思った事を、研究者達に告げた。

「良い、見てて?」と言って、サブターナは硝子窓越しに片手を振ってみせる。

 すると、口真似をしていたカインは、サブターナと鏡合わせのほうの手を、ちょこまかと振ってみせた。

 サブターナは続けて、ゆっくりとした口の動きで、「カイン。良い子ね」と声をかけた。

 カインは小さな穴のような口を開けて、サブターナの口の動きを真似する。

 確かに知能がある、と、魔神達も納得した。


 数日をかけて、魔神達はカインを「黙読の間」から運び出した。移動式のポッドの中に移した彼女に、臍の緒から常に栄養と酸素を送りながら、城の中を運び、カインの「居室」として用意した部屋まで辿り着いた。

 新しく、臍の緒に酸素と栄養を運ぶ装置を取り付け、羊水の中に浮かぶ大きな肉の塊のような胎児が、外の音を聞けるように術を施した。

 カインは今後どの程度の大きさまで育つか分からないが、容量限界まで巨大に成らないように、ある程度の時点で体の膨張を抑える事になった。

 それから、サブターナはカインに積極的に話しかけ、早熟な彼女に教育を施した。


 カインの兄であるアベルの体も、やはり急速な成長を見せていた。羊水から出て一、二ヶ月ほどで一歳児程の体格を得て、知能も人間の子供と同じように上がって行った。

 この成長の急速さはどう言う事だろうと、魔神達の間でも話は持ち上がった。

 人間の子供と言うのは、長い時間をかけて成長し、ゆっくり知能を得て行くものだと思って居たからだ。確かに魔神達の疑問は正しい。

 しかし、彼等は大事な事を忘れていた。

 エムツーとサブターナの体を作る細胞は、永劫の者がセットした術で管理されており、「生まれた子供を幼少期の頃に死なせない処置」が施されているのだ。

 彼等の細胞から生れた子供達は、乳児の間の無防備な期間が短く設定されている。

 特にアベルは、名付けられた時から、もし死ぬのであれば、創世神話のように大人になってから外傷によるショック死に至る、と言う要因を組み込まれた。

 永劫の者達は、カインの手によりアベルが殺されるその瞬間までを、長く待つつもりはなかったのだろう。

 勿論、アベルが抵抗し、逆にカインを殺傷する事に成らないように、アベルの体には細工が成されて居る。彼の体を作る骨は、頭部に向かうほど脆弱に成っている。

 赤子の内は気づかれないだろうが、体が成長するにしたがって、その特異性は顕著になるはずだ。

 何時までも頭蓋骨の継ぎ目が柔らかく、石で殴るどころか、転んで頭をぶつけただけで骨が砕けてしまうと言う事に。

 例えば、大人の身長を得た時、突き飛ばされて転んだだけでも、脳にダメージを受けて死亡する。

 永劫の者達に監督されていた世界は、その演劇を望む者が居なくなっても、順調に筋書きを辿って行っていた。


 数ヶ月ぶりに、カーラ・マーヴェルが「エデン」の様子を見に来た。「エデン」を守る障壁を作る仕事が終わってから、彼女には自宅で休んで居てもらったのだ。

 積み木を掴んで遊んでいるアベルを見せると、「この子、何歳?」と、カーラは聞いた。

「うーんと」と呟き、サブターナは手帳を見る。そして「五ヶ月と二週間」と答える。

 カーラは、目を大きく開いて、口をうっすらと開いた。

「そんなに小さい子には見えないよ?」と、彼女は言う。

「普通の子は、五ヶ月だともっと小さいの?」と、サブターナは素直に疑問を問う。

 カーラの返答はこうだ。

「どう見ても……一歳以上の子に見える。私も子供を育てた事はないから、正確には分からないけど」

「成長が早いと、何か問題があるの?」

「問題って言うか、うーん……」と、カーラは考え込んで、「知力と成長のバランスはどうなの?」と聞き返してくる。

「物覚えが早いよ。積み木遊びも、やり方を教えたらすぐに憶えた」と、サブターナ嬉しそうに言う。

 カーラは聞く。

「積み木を齧ったりはしなかった?」

 サブターナは何でもない事のように返事をする。

「最初は齧ってたね。だけど、『ダメだよ』って教えると、すぐに悪い事はしなくなる」

 その本能の無さに、カーラは異常さを覚えた。


 カーラが危ぶんでいたように、アベルは「離乳食」を出されても、食べ方の見本を見せないと、固形物を口に入れて咀嚼すると言う行動も、とれない子だった。

 ただし、誰かが食べ方を教えたりすると、すぐに憶える。だが、中々飲み込まない。飲み込むと言う動作は口を閉じるので、周りの大人が見本を見せられないからだ。

 アベルは、口の中で、固形物がドロドロに成ってしまってから、それが流動する力で無気力に嚥下する。その分、食事は時間がかった。

 肉や魚をとても食べたがり、野菜には見向きもしなかった。糖分は好きなようで、ビスケットを割った物を与えると、ずっとしゃぶっている。口の中でビスケットがふやけてドロドロになっても飲み込まない。

 口中に「ビスケット唾液」を溜めたまま、お代わりを要求する。口を開けた時に、薄茶色い大量の唾液が流出したりした。

「ダメ! 飲み込んで!」と、サブターナは初めてアベルを怒った。

 アベルは大きな声を聞いた事が無かったので、それを面白がった。ビスケット唾液をダラダラ垂らしながら、「あめ! ろろこんれ!」と復唱した。喉から上がって来た空気を受けて、唾液があぶくになる。

「違うの。口を閉じて。飲み込んで」と、サブターナは困り果てながら、ビスケット唾液でダラダラの赤子の口を手で閉じさせる。

 アベルは、口を閉じさせられたので、やむなく口に残って居たビスケット唾液を飲んだ。

 それから、とても面白い事を覚えたように「あめ! ろろこんれ!」と繰り返す。

 その様子を見て、サブターナはカーラが変な顔をしていた理由が、分かった気がした。

 アベルは、頭の成長と体の成長が見合って居ないのじゃないかと、思い始めたのだ。


 二児の母であるので、サブターナはアベルに付きっきりにはなれない。

 ポッドの中から出て来れないカインの所にも、毎日通う。

 カインの体は、確かに人造羊水の中で膨張していた。アベルと同じく五ヶ月以上経過した今は、サブターナより大きい。

 一向に人間の形にならない彼女に、サブターナは術を教えていた。

 人の形に似せたプラズマ体を「思い通りに動かす」術だ。それは疑似形態(シャドウ)を作り出す技術の応用である。

 ポッドの外に出ると言う自由を得られないカインに、外の世界を楽しんでほしいと願って、そのすべを授けたのだ。

 カインは、自分の母であるサブターナと、よく似た女の子の姿を作った。

 紫外線を通さない硝子と羊水越しに見えている世界は、青みがかっているらしく、カインの疑似形態は水色のワンピースを着て、緑色の瞳をしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ