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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第九章~愛しいあなたへ~
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24.連絡網活躍中

 アプロネア神殿の居室に戻り、アンは急に表情を引き締めた。

 数日前に、監視カメラを撤去してもらった。今後の生活のために、無監視状態に慣れておきたいと理由をつけて。

 その実、アンには思惑がある。

 どうやら、「相手側」は私が、元・朱緋眼保有者である事を知らないらしい。たぶん、今の段階では魔力量も知られていない。双神はそこまでの情報を与えなかったのか。それとも、狙いをガルム君にだけ絞っているのか。

 だとしたら今は好機だ。

 普段から強い結界に守られていて、内密に術を使っても分からない場所を得られたのは、アンにとってもわずかの余裕をもたらした。

 ヒースの枝の箒は用意できなかったが、部屋の棚を掃除するための小型のブラシを手に取り、それに魔力を送りこむ。充填がしっかりできたら、自分を中心にしてブラシを床にあて、くるりと一周回転する。

 アンの周りに青白い光で正円が描かれ、通信の術が起動する。

 魔力波が届いても、気取られない場所にいる戦友。ノリス・エマーソンの水晶版へ向けて。


 その日の意識の町では、サーカスの宣伝をするためのパレードが開催されていた。

 先頭を進むのは鼓笛隊だ。その後ろを、飾り装束をつけた八頭の馬に引かせた車に、楽団が乗っている。彼等はトランペットを鳴らし、アコーディオンを奏で、バイオリンを弾く。大きなシンバルを両手に持った者が定期的にそれを打ち合わせ、長く大きな衝撃音を立てさせる。

 次に来るのが十頭の馬に引かせている、装飾のされた車状のステージ。やはり飾り衣装に身を包んだライオンが檻に入れられて、ゆっくり進んで行く。その周りに居る異国の服の踊子達は、金の刺繍がされた薄布を舞わせ、優美に身を翻す。

 その後ろを行く軽業師達が、簡単なアクロバットを披露し、十数名の子供のピエロが、サーカスの開催期間と「大きくて豪華な素敵なテント」の絵を描いたチラシを配っている。

 一瞬、派手な催し物に見惚れてしまったが、アンはすぐに我に返って人を探し始めた。

 パレードの両脇に出来た人垣の中を一瞥すると、二つの魔力が近づいて来る所だった。

 これだけ込み合って居ればバレまいと思って、わざわざこの日を選んで集合してもらったのだ。

 ファルコン清掃局のラム・ランスロットと、龍族のジークの疑似形態(シャドウ)に。

 人垣の後ろに落ち合った三人は、ボソボソ声でやり取りをする。

 打ち合わせが終わると、ラムは頷き、ジークは片手の親指を立て、アンも真似して頷きながら親指を立てた。

 そのやり取りの後、三人は素知らぬ顔をして解散し、パレードを見物したり、鼓笛隊に付いて行ったり、わざわざサーカスのチラシを受け取ったりして、群衆に紛れた。


 メリュジーヌは、静かに激怒していた。胃の腑を煮えたぎらせる怒りを抑えるため、敢えて寝室に籠り、ベッドに横たわっていた。

 ジークフリートに聞いた話によると、アンが「その存在が無くなるなら世界を壊しても良い」と思ってしまうほど、心からの愛情を抱いている存在を、抹殺しようとしている輩が居ると知ったからだ。

 それも、「未来を決定すると言う、自分達の仕事がやりにくくなるから」と言うだけの理由で、だ。

 この世界を魔力的に操っているものが、複数居るのは昔から知っている。知っていても、特に困らなかったのでこれまで放置してきた。

 そいつ等のうちの一部が、仕事の効率化などと言う「不遜なこと」を考え始めたのだ。

 世界を操っている気分に成っているだけならまだしも、元々不確定要素が生まれやすい「世界の分岐」に関して「効率的に未来を決めたい」だと? と、メリュジーヌは頭の中で呪いを唱える。

 数年前の「永劫の者」達の事件は、事が大きかったためと、アンからの直々の願いとあって、少なからず龍族の力を貸すことになった。

 今回は、アンの状態が状態なので、直に願いに来ると言う事は出来なかったようだが、ジークを通して、その知らせをくれた。

 狙われているのは、ガルム・セリスティア。アンの実弟である。彼が、一部の、「世界を操っている気分に成っている者達」にとっては、邪魔になる。

 故にそいつ等は、外部の者を雇っての、ガルム・セリスティア暗殺計画を企てている。

 メリュジーヌは息を大きく吸って吐き、敢えて目を閉じた。ネグリジェを纏い、胸まで上掛けをかけ、眠っているように見える彼女の表情は氷のようだが、金糸の睫毛を伏せているその様は美しい。

 外の方から、控えめなノックが三回聞こえた。

 屋敷のメイドである、シャニィと言う娘の叩き方だ。

 メリュジーヌは目を閉じたまま、「入れ」とだけ答えた。その声は、酷く冷えている。

「メリュジーヌ様……。お加減は?」と、軽食と茶のポットを乗せたトレーを差し出し、メイドは様子伺いをする。

「大事無い」とだけ、女主人は目も開けずに答えた。それ以上の言葉を言うと、八つ当たりが混じりそうだった。

「お食事を置いておきます」と、シャニィも余計な事は言わずに、サイドテーブルにトレーを置くと、「失礼いたしました」と一礼して部屋を去った。

 その後で、女主人は、ぱちりと目を開けた。

 香りで食事の内容が分かったのだ。ミルクを入れたオムレツを挟んだブレッドアンドエッグと、カモミールティーだ。

 心を落ち着けろ、と言う、あのメイドからのメッセージだろう。

 メリュジーヌはもう一度深呼吸をしてから、ゆっくりと体を起こした。

 怒りで疲弊している場合ではない。アンは私を信じてくれているのだから。

 そう念じて、ポットからカップに適温の茶を注ぎ、それを口に含んだ。

 女主人が信じている通りの温もりと、信じている通りの「労わり」の味がする。

 シャニィが何時か独り立ちを考えたら、その時は盛大な餞を用意しなければ。

 そう思いついて、メリュジーヌは少しだけ口元を緩めた。

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