表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第九章~愛しいあなたへ~
369/433

23.誰も聞いていない所で

 カツンカツンと金属と石のぶつかり合う音がする。

 それは、ある人物の持っている、ステッキの先から発されていた。

 手元と中ほどまでの部分は、質感の艶やかな木で出来ているが、中ほどから先へかけては、強度を出すための金属で加工されているのだ。

 その人物は背が高く、黒いコートを着ていた。その頭にシルクハットが乗っていたら、昔風の装束を好む、一部の好事家であると判断されただろう。

 生憎、その頭を飾っているのは、鍔の広い山高帽子だった。

 肩に乗せている異国の鳥が、やけに立派に見える。

 その人物は、少なくとも、今歩いている国の言葉ではない言葉で、何か囁いていた。肩にとまっている鳥は、静かにその声を聞いている。

 ステッキの音が止んだ。其処は、海を臨む町の端。

 鳥をとまらせていた方の腕を持ち上げ、その人物は海の向こうを指差す。肩にとまっていたものは、羽を広げ、主なる者の指の示す方に飛び立つ。

 その翼の左側。風切り羽の生えている根元には、不思議な模様が浮かび上がっていた。


 マンションのリフォームの間、ガルム達は神殿で待ち合わせて、折々に部屋が出来上がって過程を観察した。

 図面の通りに作られて行く壁と壁の間には、断熱材と防音シートが挟み込まれる。

「この幅って事は、思ったより壁薄いね」と、アンは溢した。

「ギリギリまで、リビングを広くしたからね」と、ガルムは天井を見ながら答え、ぼやいた。「天井ももう少し上げたほうが良かったかな……」

「少し天上低くても、上の人の足音が気になるよりマシでしょ」と、アンが言うと、「天井にも、コルク板を入れれば良かったんじゃない?」と、唯一の第三者であるアヤメが聞く。

「コルク屑とコルク板だと、金額が違い過ぎるんですよ」と、ガルムは残念そうに眉を寄せる。

「予算の問題か」と、アンとアヤメが同時に同じ台詞を言う。

 ハモったのに気付いて、二人は顔を見合わせてニヤニヤしていた。

 ガルムは思った。

 本当に、ねーちゃんが二人いるみたい。

 首をすくめて、二人を見る視線を外し、既に窓ガラスを入れてある外壁に沿った壁に近づいた。

 窓の外は、遥か遠くに別のタワーマンションが見えるだけで、この部屋より高い建物は無い。

 景色が遮られない分、自分が「随分高い場所にいる」ような気分になる。でも、足元を見下ろせば、たった十階程度の高さだ。

 昔住んでいた町も、七階建てのマンションなんてざらにあった。これから新しいビルが出来たりすれば、高さの競争に成って行くだろう。

 少し離れた場所にある公園の花畑を、建物の凸凹に遮られながらも眺められるこの景色は、今しか観れないのかもしれない。

 出来るなら、建物の外観を守る規則が、後の世でも変わらずにいてくれる事を願った。


 帰り道。アンはアヤメの手を引いて、「ランデブーに行ってくる!」と宣言し、新しいねぐらになるはずの、町の中を遊びに行った。

 ランデブーって何? と、ガルムの頭に疑問が浮かんだが、たぶん仲の良い人と出かける事であるのは分かった。

 暇ついでに書店に立ち寄り、鉱物関係の新刊は出ていないかを確認する。店内をうろうろしていたら、辞書のコーナーに来た。何となく辞書を手に取り、適当な単語を眺める。そして、「ランデブー」を調べてみた。

「ランデブー:逢引(あいびき)。デート」

 ん? と思った。デートはすぐに意味が分かる。逢引は? と思ってそっちの意味を調べると、こうだ。

「逢引:男女が人目を忍んで会う事」

 そこまで分かると、なんで「人目を忍ぶ必要があるのか」とかも、薄々分かってくる。

 ガルムは辞書を戻して、目を閉じた。

 だいぶ堂々と逢引に行ったなぁ。

 そう思って、目を閉じたまま苦笑を浮かべた。その表情は困ってるような顔に見える。

 もしかして、男の人の知り合いにも、「ランデブーしない?」とか言ってるのかね、あの姉は。

 また会う機会に、デート以外の意味がある事を教えておこうと、心にメモをした。


 その頃。町の中にある広い公園は、日陰を作る木々に囲まれ、ブロックで舗装された幅広な遊歩道に、飲み物やお菓子のスタンドが立っていた。

 園の真ん中には、大きな花畑が作られており、球根から咲くタイプの無数の花が咲いている。

「建物から出ると、すごいもんだね、この町」と言いつつ、アンは木のスプーンでアイスクリームを口に運ぶ。

「まぁ、大都市って言われる類の街だからね」と、アヤメも木のスプーンでアイスクリームの表面を削り、口に運ぶ。

「ハウン……じゃなーくて。この辺は、あなた達の会社からは近いの?」と、アン。

「いや。だいぶ遠い」と、アヤメ。「会社の最寄り駅から列車で三十分くらい。こっちの駅に着いてからは、追加で徒歩三十分」

「うわー。遠いなー」と、アンは然程驚いていない声で、リアクションを取る。「なんでその追加三十分の間に、駅は無いの?」

「それはまぁ……町の構造を崩さないためじゃない?」と、アヤメは答えて困ったように笑む。

 この表情って、ガルム君もしばしば浮かべるなぁと、アンは思った。

「アヤメって、何時ガルム君と知り合ったの?」

 アヤメは宙を見上げ、指を折る。

「五年前?」

「なんか、話しかけられて、とかの出会いなの?」

「いや、私が話しかけに行った」

「あら。貴女が迫ったほうなの」

「迫ったって言ったら……迫ったのかな?」

「どんな口説き文句で?」

「君はアンの弟なんだねって」

「何だ。私絡みの話題か」

「そうだね。君が昏睡状態だった頃だったから。当時は、だいぶしょげてたんだよ、あの少年」

「えー? 霊体で会いに行った時は、すごく元気でしたけど?」

「ああ。君が霊体でうろうろしてるって知った時は、私も驚いた」

「ふっふっふ。可能なのであれば、どんな時でも働きたいのです」

 その言葉を聞いて、アヤメは目を閉じて渇いた笑い声を小さく鳴らす。

「そのせいで死にかけた事を忘れるな」と言いながら。

「まぁね。そうよね。本当に、みなさんには感謝しかないよ。後から聞いて、よく色々準備してたなーって思ったわ」

「君が『休まない女』だって分かってたからじゃない? 特にファルコン清掃局の人達の協力は、すごかったんだよ? あの……フィン・マーヴェルって人が念入りに用意してなかったら、君は今頃、ここに存在してないからね」

「そうね。本当にアイスクリームが美味しいよ。生きてるって感じ」

 その言葉を笑い合ってから、息継ぎをし、アヤメは訊ねた。

「引っ越したら、仕事始めるんだって?」

 アンは軽く頷く。

「秘密裏にね」

「そうか。じゃぁ、どんな仕事かは聞かないでおく」

「聞いてくれても良いじゃん」

「君は話したいのかい?」

「割りと話したいねぇ。まぁ……此処じゃない所でね」

「それじゃ、その話は誰も聞いていない所で」

 そう言って、二人はまた顔を見合わせ、ニヤッと笑んだ。

 その遥か頭上を、大都市に居るにしては大きな鳥が、旋回飛行していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ