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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第九章~愛しいあなたへ~
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22.細やかなる苦悩

 全ての従僕からの信号が途絶えた。

 その事について、(あるじ)なる者は気づいた。

 最も力を与えていた従僕が、生存したまま自分のコントロール下から切り離された事に、だ。

 少し困ったことになる。

 そう、主なる者は考えた。

 海辺の町は静かだ。目の力を使っていても、誰も問い質す者はいない。

 白い衣を着た赤毛の女性が、遥か彼方を見ている主なる者の横に現れ、声をかけた。

「分散していた力は戻って来たかしら?」

 それに、主なる者は答える。

「いや」と、だけ。

 同じく白い衣を着た黒髪の男性が、赤毛の女性とは反対側に現れる。

「それなら、逆にエネルギーを送って見るのはどうだろう?  従僕達はエネルギー流を運べるんだろう?」

 それを聞き、主なる者は鼻で笑う。

「その提案が、後一日か二日早かったら、な」

「手をこまねいているように、見えなかったからね」と、黒髪の男性は穏やかに言い返す。

「彼の生存を認める事になるのかしら?」と、赤毛の女性は皮肉を込める。

「それは認められないね。不安定な要素が増える」

 そう話し合う二人を無視して、主なる者は片手を持ち上げ、指の上に息を滑らせた。

 何も存在しなかった指先から、一羽の鳥が現れる。その風切り羽の付け根に、従僕(ウィ二)の印を宿して。


 住まいであった城と、数多くの従僕、そして豊かな領地を手放したのは、時間軸の選択権を有する、強大な魔力を持った双神の意向によるものである。

 闇夜の中から、湧き上がるように姿を現した彼等は、とある未来の選択権を提示し、ガブリエルに交渉してきた。

「ガルム・セリスティアと言う人物を、世界から排除する事を頼みたい」と。

 聞くによれば、そのガルムと言う人物は、仲間と結託して世界を滅ぼそうと目論んでいるらしい。

 双神の意向に悉く反旗を翻し、別の分岐を作らせる原因に成っている。

 その人物を「眺めた」時に、ガブリエルは、唯の少年のように見える、と思った。カーテン越しだったので直接の姿は観れなかったが、その瞳が、自分と同じ性質の魔力を宿している事を知った。霊力と魔力を併せ持ち、神気を纏い、時間軸にさえ影響できる力を。

 そして、観察を続けるうちにもう一つ知った。彼にも家族が居る事を。

 心臓を抉られる感覚と言うなら、きっとその様なものだろう。

 それが取り戻せるのなら、何だって打ち捨てよう、そう決意していた意志が、微弱に揺らぐ。

 幼体だった頃から細かく教育を施し、本当の娘のように育てて来た、等級一に値する従僕は、ガブリエルを「アルア」と呼んでいた。

 彼女に教えた、ガブリエル独自の言語の中にあった単語だ。

 双神の持ってきた選択権は、非常に魅力的だった。だが、彼女を捨てる意味はあったのだろうか。

 自分が作った従僕達の中で、最も強大な魔力を与えた、唯一の「等級一」の存在だからと言うだけで。

 等級二だったイノラと言う執事は、彼女を助け、毒素に脅かされるようになった廃城で、最後まで「等級一」の彼女を守り続けた。

 従僕の知能と言うのは、何かのきっかけで急速に発達するものらしい。従僕同士の友情のために、仕える者の名に泥を塗ろうとした執事が、まるで人が変わったような忠臣となった。

 出来の悪い従僕はさっさと始末し、新しい従僕を作るべきだと考えていた、当時のガブリエルは、あの選択権を振りかざす神々と何が違うだろう。

 そして、それほどに取り戻したい物だろうか。我が子と言え、死んでしまった子供達を。

 それは「現時点」では過去であり、ガブリエルはその苦しみを乗り越えたはずだった。

 だが、諦めきれなかった心が、「人間の娘のように行動する従僕」と言うものを作らせた。

 その存在に、満足していたはずではなかったのか?

 ガブリエルは、何度と自分に問うた。

 しかし、双神は「子供達が生きていた可能性のある未来」に触れさせると言う、誘惑を行なった。

 幼い手を触れ、拙い文字を書き、明るい声で呼びかけて来る子供達の幻影。

 一度それに触れ、再び失った事で、ガブリエルの心は砕けた。

 今の自分は、随分な道化だ。

 そう思いながら、(あか)い目で海の向こうを眺めるのだ。


 レーネが部屋から出て来てから、晩餐とは行かないが、ホストファミリーの家で、夕飯にご馳走が振舞われた。

 丸ごと一匹分のローストチキン、エンドウ豆とホウレンソウのキッシュ、分厚いベーコンの入った野菜のクリームスープ、茹でた根野菜のみじん切りとチップスにドレッシングを和え、カットトマトとレタスを添えたサラダ。そして少々のリキュール。

「デザートは何?」と、レーネは目を輝かせて言う。

 一家の息子、フレディが「カスタードクリームだよ」と答える。

 レーネは胸いっぱいに料理の香りを吸い、「私、ママの作るカスタードクリームが大好き。パンに合わせて食べたいな」と述べた。

 スラスラと喋るようになった異国の――と思われている――娘の注文に、ホストファミリーの(ママ)は笑顔で返事をする。

「パンは焼きたてを用意しようと思って。今、オーブンの中にあるわ」

 レーネは手を胸の前に組み、祈るような動作をしてから、感動を述べた。

「なんて素敵なんでしょう! まるで生まれた日みたい!」

 生まれた日と言う言い回しを、ホストファミリー達は「誕生日」と言いたいのだろうと、解釈してくれた。


 ガルムはその日、リフォーム会社とマンションの内装の間取りを決め、防音材として床下にコルク屑を敷く事の他、シャワールームの設備とキッチンの設備を選んだ。

 キッチンには薪ストーブ式のコンロセットではなく、ガスで熾した火で加熱するタイプの、新式のコンロが用意されることになった。

「その他に、オーブンもシンクの横に内蔵させませんか? 外観がスッキリするし、便利ですよ?」との、リフォーム会社からの誘いを、二つ返事で了承した。

 たぶんそのオーブンを使う事になるのはガルムなのだが、たまに帰宅して、埃だらけのオーブンを掃除する所から始めなくて良いのは、ありがたい。

 その日に決まった内容を、基地内の遠距離通信ボックスで、神殿に居る姉に知らせた。

 個人の部屋は二つで良いが、リビングは広くしてソファを置きたいと言うのが、アンの希望である。

「そのソファもソファーベッドのほうが良いなぁ。何時でもゴロゴロできるように」との事だ。

 ねーちゃんも、家でゴロゴロしたいと思うようになったのか、と、ガルムは何となく安心するような気持ちでいた。

 だが、姉はその気持ちを裏切った。

「引っ越したら、私、ギルドに登録してお医者さんになるね」と言い出したのだ。

「俺が働くから、追加の収入なんて考え無くて良いって」と、ガルムは呆れ声を出す。

 アンからの反論はこうだ。

「いやいや。私を早々にボケさせたいのかい? なんだかんだ言って、三年以上働いて無いんだよ?」

「働く以外の趣味を見つけろって言ったのは忘れた?」と、ガルム。

「覚えてるけど、趣味って遊びでしょ? きりっと気分が引き締まる事が無いとねぇ。このまま脳の皴が無くなって行くのは受け入れがたい」

 それを聞いて、まだ人生から緊張を解く気はないのな……と、ガルムは察した。

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