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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第九章~愛しいあなたへ~
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21.不可思議な事象

 遠くから見ている視線を感じなくなったレーネは、熱心にノートブックに「新しく教わった文字」を綴っていた。

 個人的な恐怖を打ち消して、実際に在った事だけを綴って行く。

 レーネの従僕(ウィ二)である黒猫のアイラは、辺りを警戒しながらも、普通の猫のようにレーネに付き添っている。

 レーネはペンを進める。

「以前のアルアを、私達は、アルア・ガブリエルと呼んでいた。

 等級三のメイドのキャシーが、隠れるのに失敗して、ほんのちょっと扉の陰から肩が見えてしまった時、ガブリエルは鞭の代りに何時も持っている杖で、ガツンッと音がするほどキャシーの肩を叩いた。

 等級三以下のウィニは、主人の視野に入る事を禁ず……それが、ガブリエルが常々言っていた規則だった。

 キャシーは、確かに等級三だった。

 等級三以下で、メイドとして働けるのは優秀な方だ。等級三以下のウィニは、大体、言葉も喋れず、魔力もほとんど持っていない。だから、必然的に出来る仕事が減ってくる。

 城の裏で、斧と肉切り包丁で豚の首を捌いたり、城の中の、主が居ない場所の掃除をしたり、等級二のコック長に従って、機械的に料理を作ったり。

 等級二のウィニは、言語が分かって、魔力も使える。主人の前に姿を現すことが許されていて、仕事が上手く行った時は、ガブリエルから褒められたりもする。

 だけど、仕事を失敗した時や、彼等の行動がガブリエルの気に入らなかった時は、姿を見せる事を許されていないウィニ達よりも、酷い目に遭った。

 キャシーが私に教えてくれた事としては、ある晩餐の時に、蒸し鶏の塩加減を等級三のウィニが間違えた。そして、コック長もそれに気づかなかった。

 料理を食べたガブリエルは、静かに冷たい顔をしてフォークとナイフを並べて皿に添えると、執事である等級二のウィニに指示を出した。

 コック長を城の地下に捕らえて、首を刎ねろと言う指示だった。

 当時のコック長は、そのまま何処かに消えてしまった。


 キャシーは等級二のイノラと仲が良くて、イノラは私のための執事だった。イノラは、何時もキャシーが『首を刎ねられる』事に成らないように、よく気を付けていた。

 キャシーが物干しの途中で、薄衣の服を少し破ってしまった時、イノラは『今生の願いがございます』と言って、私の所に来て、キャシーが破いてしまった服を、『レーネ様が着替えている時に破ってしまったのだと、ガブリエル様にお伝え願えませんでしょうか』と言ってきた。

 明らかな失敗を隠すのは、私も良い事なのか分からなくて迷った。けど、『分かった。その通りに言うわね』と言って、衣服を受け取った。

 その後、ガブリエルは私が何も言わないうちに、キャシーを『解雇』した。つまりキャシーは首を刎ねられたのだ。

 そして、私と庭の散歩を楽しんでいたイノラに、『等級を下げられたいか? それとも、首を刎ねられたいか?』と問いかけて来た。

 私は即座に状況が分かって、『イノラは、私の執事です』と、ガブリエルに反発した。『私に対して忠義を尽くしてくれるのに、何故、首を刎ねるなど……』と言いかけると、ガブリエルは『レーネ。この不忠義者は、メイドの失敗をお前の失敗だと言って、お前の価値を下げようとしたのだぞ?』と言って来た。

 私は、それが本当なのかと疑ってしまった。だけど、イノラは透明な緑の目で、必死に私に訴えかけてくる。

 それで、私は言った。『イノラの行動は、私を陥れるものではなく、キャシーと言うメイドとの友情に基づくものです。等級二の者達の中でも、情と言う心を得ている、誰よりも優秀な執事ではありませんか』と。

 そしたら、ガブリエルは考える様子を見せて、私達に背を向け、『次はないぞ』と告げて、庭を去った。

 その日から、イノラは私に忠信を尽くすと誓ってくれた。

 私はこの頃から、『私の見た事や聞いた事は、ガブリエルに直接伝わっているのではないか』と疑いを持ち始めた」

 そこまで書いて、レーネは手を休めた。ずっと力を込めてペンを握っていたので、爪の当たっていた部分が赤く腫れている。

「アイラ」と、レーネは猫を呼び、椅子に座っている自分の膝をポンポンと叩いて見せた。

 猫は、大人しく主人の膝に飛び乗り、脚を折りたたむ猫特有の座り方でくつろいでみせた。


 次の日、実際に記述した事をガルムに見てもらった。

「綺麗な綴りだね」と、まずガルムは褒める。

 本当に、このアルアは簡単に「口説き文句」を言ってくるなぁと思って、レーネは浮つきそうになる心を抑えた。

 それから暫く、ガルムは黙ってノートを見ていた。それからこう聞いてきた。

「この頃のレーネは、左手にあの(しるし)はあったの?」

 レーネは頷き、答えた。

「あった。城に居た者達は、みんな左手に印があった。だから、ずっと、それは普通の事なんだって思ってたの。印が消えるまで」

 ガルムは続けて問う。

「印が消えたのは何時?」

「前のアルアが城に帰って来なくなってから。最初は、段々薄くなって行って……二日もしたらすっかり消えた」とレーネは言って、術で印の発現を抑えている左手を実際に見せる。

「そうか」と言って、ガルムはノートを片手で持ち、もう片手を顎に添える。「でも、その印が現れたって事は……ガブリエルが、君の近くに来ているって事?」

「そうだと思う」

 レーネの言葉は慎重だった。

 魔力的に影響できるところまで、ガブリエルの存在が迫っていると言う事を、実際に言葉にはしなかった。

 言葉を発する事だけで、魔力と言うものは常に発されている。声に籠る魔力を抑えない限り。

 それを抑えるすべを知らないレーネは、幾ら「今」の技術でガブリエルからの影響を遠ざけてると言っても、なんでもぺらぺら話して良い状態ではないと考えていた。


 ガルムは「次は新しいノートを持ってくる」と言って、城での事がびっしり書き込まれているノートブックを、持って帰った。先日レーネに術を施してくれた、「ジル・ヘルダー」にも見せたいと言って。

 レーネは脚の輪郭が見えないように気を付けながら、パタリとベッドに横たわる。

 高い衣装棚の上から様子を見ていたアイラが、別の家具を渡ってベッドの上に着地し、レーネの頬に甘える。

 レーネは猫に話しかけた。

「ねぇ、アイラ。あの……ジルって言う女の人は、アルア・ガルムと仲が良いのかな? それとも、あの……ノックスって言う、ウィ二みたいな人と同じで、ガルムの『仲間』なのかな?」

 アイラは親愛のすり寄りを止める。

 そして、突然口を動かした。滑らかなレーネ語で話し始める。

 レーネも、レーネ語に切り替えて相づちのような頷きを繰り返し、最後に「そうだよね」と言う意味の言葉を返した。

「考え過ぎだと良いな」と。

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