19.かつての繁栄
今のレーネは、自分で術を使い、包まっているブランケットを殻にしている。
そうしないと、レーネの見た物も聞いた事も、全部以前のアルアの下に送られてしまうと語る。
「前のアルアは、とっても怖い人なの。怖いって言うのが、どんな事なのかは、フレディから聞いた。私は、あの城の中にいる間、とても怖くて仕方なかったんだ」
そうレーネは話す。フレディと言うのは、レーネに言葉を教えてくれていた少年の事だろう。
「私は、もう『怖い』を我慢できるほど、前のアルアや、お城の中の『怖い』生活を愛せない。だから、私、この世界で、『幸せ』なままで消えちゃいたい。
以前のアルアは、ガルムの事や、その周りの事を探って、何か悪い事をしようとしてる。
アルア・ガルムの、生活とか、希望とか、大切なものとか……そう言うのを壊そうとすると思う。そんな事になる前に、私は消えちゃいたい」
そこまで聞いて、ガルムは「此処にも消えちゃいたい女の子が居たか」と、思った。そして呼びかけた。
「レーネ。もし、君の知って居る、『前のアルア』が、僕達に何かしようとしてると思うんだったら、なおさら、僕達に協力してくれないかな?」
それを聞いて、またレーネはブランケットの隙間から目を見せた。
ガルムはこう話した。
以前のアルアの事を知っているのはレーネだけで、その肝心のレーネが居なくなってしまっては、ガルム達は襲ってくる脅威が何なのかを、知らないままに成ってしまう。そうすると、脅威に対して何も打つすべがないまま、ガルム達はレーネが心配しているように、生活や希望や大切なものを、簡単に壊されてしまう。そんな事に成らないように、レーネから、もっと話を聞きたいし、レーネは生きてガルム達に協力してくれないだろうか。
レーネは縮こまった状態のまま、「今の私、危険だよ」と、もう一度反発した。「すごく重要な場所で、いきなり爆発するかもしれない」
ガルムはそう聞いて、ハハッと明るく笑った。
「爆発は困るな。そうだ。僕達の技術で、レーネの体を安定させよう。前のアルアから影響を受けないように。そうすれば、ブランケットからも出て来れるだろ?」
「技術……」と、レーネは復唱した。
「そう。まだ、そのままの姿勢で待ってて。その技術を持ってる人に連絡を入れるから」
そう言って、ガルムは部屋の外に出た。
心配そうな夫婦に、ガルムは言う。
「レーネは、『周りに害を及ぼさない状態』を、自分で作っていました。彼女を無理にブランケットから出そうとしないで下さい。湯冷ましを清潔なコットンに含ませて口に運んであげて、塩の入ってる飴玉を食べさせてあげて下さい。
僕は、これから彼女が行動の自由を取り戻せるように、術師を呼びます。外部の者が家に侵入する事は許していただけますか?」
そう聞くと、夫婦は一度顔を見合わせ、頷き合ってから、「是非、お願いします」と応じた。
今度は呼び出される側になったジル・ヘルダーは、レーネに「初めまして」と挨拶をした。
ブランケットの中で丸まっているレーネは、平服姿のジルを布の隙間から見ながら、黙っている。
「ガルムから話は聞いている。やはり、君は前のアルアの『従僕』だったんだね?」
ジルは語気を柔らかくしているが、言葉としては「何故それを隠していた?」と問い詰める意味合いが含まれていた。
「私……」と、レーネは呟くように答える。「それを言ってしまったら、見つかると思ってた。前のアルアに」
「だろうね」と、ジルは会話を続ける。「言葉として発した瞬間、魔力的なエネルギーは接続される事があるから。君の判断は懸命だ。しかし、我々も情報を知るのが遅くなってしまった」
「ごめんなさい……」と、レーネは途切れそうな声を出す。
「責めてるわけじゃない」と、ジルは言う。「さぁて、私としては、君がそのままの状態で居なくても良いようにしなければならない。そのブランケットにかけられている術は、見た所『隔離』に近いね。それ以外で、君の情報を前のアルアに漏らしてしまわない術はあるかい?」
「ある」と、レーネは答える。「だけど、私は、使えない」
「心配するな」と言ってから、ジルは「レーネ。アクセサリーは好きか?」と聞いた。
「うん」と、短くレーネは答える。
「指輪、ブレスレット、ネックレス、ペンダント……それから、髪飾りもある。私が見たところ、全部必要そうだな。レーネ、印のある方の手を出して」
そう言われて、レーネはおずおずと左手を差し出した。
ジルはその手を取り、まずブレスレットをはめる。それから、人差し指と中指に指輪を通し、サイズが合うように術で少し縮小した。
焼き付いたように浮かび上がっていた、ウィニの印が、レーネの手から消える。
「もう片手も出して」と、ジルに言われるままに、レーネは右手を出す。右手も同じ処置が成された。
「もう、ブランケットから出て来ても大丈夫だ」と、ジルは断言した。
レーネは、恐る恐ると体をベッドの上に起こした。ぺたんとベッドに座り込んだ姿勢で。
ジルは「少し、動かないで」と指示を出してから、レーネの首に金鎖のネックレスと、カボションカットの紅色の宝石がついたペンダント、それから少し伸びて来ていた前髪を分けて、五連のパールがついたヘアピンを飾った。
「これらのアクセサリーは、部分的になら外しても構わない。どれか一つだけ身につけた状態でも、近くに他のアクセサリーがあれば、魔力波の保護を受けられるからな。そして、レーネ」
ジルは改めて呼びかけた。
「君の知っている『前のアルア』について、詳しく話を聞かせてくれないか。今すぐでなくても良い。明日また、ガルムにこの家を訪れるように言っておく。それまでに、話す内容を纏めておいてくれ」
その言葉に、レーネは黙って頷いた。
ジルとガルムは基地に戻ってから、新たに確定した事の答え合わせをしていた。
「結局、『廃城から消えた人物』は、全員『前のアルア』の従僕だったと言う事でしょうか」と、ガルム。
「そう考えたほうが良い」
そう答えて、ジルは書類を見る。
「ティナから送られてきた情報だと、レーネ語の日記の中の『城での生活』が分かり始めている。どうやら、中世貴族社会を丸ごと現代に再生したような生活をしていたらしい。
城の中には大きなホールがあって、魔戯力で点灯させるシャンデリアで照らされていた。普段の夕飯はスープ一皿だが、週に一回領地から奉納される食糧を使って、晩餐が催されていた。あの、廃城でだ」
「状態回復のような術で、城を再築してあったんでしょうか?」と、ガルム。
「それだと、城の領地が存在した理由が分からない。状態回復は、人間や物体に術が限定されるからな。それとも、あの汚染地帯を何らかの方法で『実りのある場所』にして、其処でウィニを働かせていたのか……」
ジルはそう言って小さく唸る。
「時間軸を歪める方法は?」と、第三者の声がした。
ガルムにとっては聞き覚えのある声。とても嫌な印象と共に。
「ジークさん……侵入許可は?」と、額に手を当てながら、そちらを見ずに聞くと、「えー? お前のお姉ちゃんに取ったけどぅううう?」と言う、ふざけた言葉が返ってきた。




