表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第九章~愛しいあなたへ~
359/433

13.猫に憑かれる

 ハウンドエッジ基地に出入りするようになっていた黒猫は、体中を丸刈りにされた。

 レーネが、「ウィニには、特別な、(しるし)が、ある」と話し、ある図形を地面に描いたのだ。

「三角が、三つと、点が、六つ。それから、小さい三角が、上と、下と、右と左」と言いながら。

 その図形をメモに描いて、ガルムは急いでハウンドエッジ基地に引き返したと言う事だ。

 そして問題の黒猫の体の何処かに「(しるし)」が無いか、衛生兵達が探したのだ。

「ありました」と言って、一人の衛生兵が、猫の喉元を指差す。

 人間が猫をあやす時に触れるその位置に、ウィニの(しるし)が刻まれていた。


 猫の体毛を状態回復で元に戻してから、猫とレーネは引き合わされた。

「アイラ」とレーネは猫に声をかける。それから、レーネ語でぺらぺらと何かを猫に言い聞かせ始めた。

 ガルムがそれまでに覚えていたレーネ語とは少し違ったが、聞き取れた所だけ訳すと「嫌だったねぇ。体全部刈られちゃったんでしょ? 喉にあるって言えば良かったかな」と言う事だった。

 レーネが来るより先に、猫の毛は元に戻してあったので、猫の元の状態を知るなら術での追跡が必要だ。

 しかし、レーネが魔術を発動した気配は無かった。

 しばらくして、ティナがガルムにアイサインを出した。

 レーネと会話して、の合図だ。

 ガルムは頷いてから、「レーネ」と声をかけた。「この子は、アイラって言う名前なの?」

「そう」と、レーネは機嫌よく返す。「レーネの、猫」

「うーんと、そうだな……」と、ガルムは切り出した。

 レーネが「ウィニ」の呼び方を聞いたときに、ガルムは間違えて「猫」と言う発音を教えてしまったが、正確に「ウィニ」の事は教えられていなかった。

 だから、もう少し「ウィニ」がどんなものなのかを教えてほしい、と。

「良いよ」と、あっさりレーネは承諾する。

「この子は、レーネが、作ったんだよね?」と、ガルムは問いかける。

「そうだよ。アルア……。ガルムの、前の、アルアが、教えて、くれたの。作り方」と、レーネ。

「どんな風に作るの?」

「それは、秘密」

「そうか。レーネにとって、アイラは、家族なの? それとも、友達?」

「ううん。ウィニは、家族、無い。友達、無い。主人に、ずっと、仕える」

「アイラは、レーネに、どうやって、仕えてるの?」

「離れてる。仕えられない。近づく。仕える」と、レーネは説明し始める。

「うん」と、ガルムは相づちを打つ。

「アイラ、目で見る。レーネ、目を閉じる。アイラ、見てる、もの、見える」

「視界を借りれるのか」

「そう。それから……」

 そう言いながらレーネはウィニに対する幾つかの制限と、能力を教えてくれた。


「視界や聴覚を借りる。主人の作った魔力流を運ぶ。相互の身体の回復を促す、か」と、「レーネ事件」に関わっているハウンドエッジ基地の術師、ジル・ヘルダーはメモを読み上げた。

「それで、レーネが消耗した時に、アイラは『一時的に消滅』したわけか」

「そうなります」と、ガルムは答える。

 ジルは録音用の水晶を起動させている。彼女は更に言葉を続けた。

「これはまだ仮定の話だが。レーネが誰かの『ウィニ』である事は考えられないか?」

 ガルムはそれを聞いて、「レーネ自身も、誰かに使役されていると?」と聞き返した。

「レーネの日記で、気になる部分があるんだ」と、ジルは言い、レーネの日記の翻訳したものを、水晶版に映写してガルムに見せた。

 レーネの家族であったらしい、複数の人物が、居なくなったと書かれている場所だ。

「レーネから、この部分の単語を聞いたとき、彼女は『去る』では無く、『消える』と、表現したんだろう?」と、ジル。

「確かに」と、ガルムは水晶版を見ながら言う。

「人間が空腹や疲労で『消滅』するわけがない。だとしたら、彼女達も『アルア』と呼ばれる人物の創り出した、『ウィニ』ではないかと推測したわけだ。もしかしたら、レーネの視界や聴覚を借りて、その人物は、この基地や、ガルム、お前の事も探ってるかもしれないぞ」

 そう脅されて、ガルムは少し考え、問う。

「でも、レーネの体に……(しるし)は無いんでしょう?」

「最初に服を着替えされた時も、髪を切った時も、タトゥーのような物は無かったらしい」

「だったら、レーネを危険視する必要はないんじゃ……」

 無いのかと言いかけると、ジルに「なんだ。懐いてくれる女が減るのは悲しいのか?」と皮肉を言われた。

「決してそう言う話ではありません」と、ガルムは目を座らせながら言い返した。


 レーネが誰かの「従僕(ウィ二)」であっても、今は軍病院からも離れている。

 猫のアイラも、レーネのホストファミリーの所に置いて来たし、何処の誰かも分からない奴に軍の内部の事情を、知られる恐れはないだろう。

 アイラと言う猫は、レーネの創り出した物である事を知られる前に、ハウンドエッジ基地の内部をぐるぐると歩き回り、飛び跳ねて遊べる場所を探しつつ、時々出会う「猫好きな隊員」に構ってもらいながら生活していたらしい。

 餌は隊員達の寄付で賄われ、やはり寄付により水やトイレの準備もされた。

 アイラも、それ等のある場所はしっかり覚えていて、幾ら「楽しく飛び跳ねられる棚のあるオフィス」を見つけても、一定時間で補給の出来る場所に戻って来ていた。


 アイラが居なくなって、拗ねている隊員が居る。

 ソム・ホーンティングと言う名前の、何となく暗い奴だ。

 彼は自分達のオフィスに居つくようになったアイラを、とても気に入っており、キャットフードを食べているアイラの背を撫でながら、人間相手には喋れない内緒話などしていた。

 その姿は、動物愛溢れると言うより、少し憑りつかれているような様子を見せており、猫の耳で辛うじて聞き取れるくらいの小声で、何かをブツブツ唱えていたらしい。

 ソムは、昨日までアイラが出入りしていた「猫コーナー」を片づけている間、何度も溜息を吐いている。

「ソム。猫に憑りつかれるな」と、同僚が声をかける。

 ソムはそれを聞いて、「うん……。まぁ、ねぇ……」と、内心を語らないままだった。

 彼の手によって猫コーナーには消臭剤がまかれ、元の「とりあえず物を置いておく場所」に設えなおされた。

 そして猫とのハートブレイクを迎えたソムは、心に止めておけない内緒話を、白いノートに吐き出すようになったのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ