8.懐古気分
「ねぇ。真面目に聞いてる?」とサブターナが問うと、エムツーは誰か助け舟を出してくれそうな人を探した。
カーラとジークの間を、何回か視線が彷徨ってから、ジークのほうに縋るような目線を向ける。男同士なら分かるでしょう? と言いたげに。
ジークはその視線を受けて、腕を組み、こう述べた。
「少年。自分は頭が悪いと言う事を認識しろ」と。
「あ……頭は悪くないよ!」
エムツーは叫んで、座らされていた椅子から立ち上がった。
「あの……。僕の髪の毛が必要な理由は分かったし、もう、僕は城のみんなには要らないんでしょ? だったら、帰るから……その、帰って……良いよね?」と、何故か許可を請う。
サブターナは、すっかり教師の癖が移ったように、眉間に皴を寄せる。
「貴方、私の話、全然聞いてないでしょ? 貴方と結ばれたらね、その女の子は、高い確率で死ぬんだよ? 好きになった女の子を、子作りで殺したいの?」
「結婚しても、必ず子供を作らなきゃならないわけじゃないだろ?」と、エムツーが反論する。
「その感覚は、まだ新しすぎるよ」と、カーラも口を出してきた。「多分、君の服装からして、まだそんなに近代的な場所で暮らしてたわけじゃないんでしょ? それなら、結婚したら子宝をって願われると思う」
思い当たる節のあり過ぎるエムツーは、黙り込んだ。
彼の住んでいた土地の一部は、まだ、古代から続く医療が信じられている、辺境と言っても良い田舎だったりした。
住民の規模からして町と呼べる場所にも住んでいたが、周りの人間の持つ「普通」の感覚と、エムツー本人の持っている「普通」の感覚がそこまでずれている……可能性はあるなぁ、と思ったのである。
だが、彼の中の男の子は引かない。
「でも、でもさ、その……その実験で番えさせられた、えっと……しゅひがんほゆうしゃって言う男の人と、一般の女の人は、愛し合ってたわけじゃないんでしょ? 実験で、無理に番えさせられたんだ。
だったら、男の人だって嫌だったろうし……それで相手を呪い殺しちゃったって言う事もあり得るだろ? 僕とペチュニアは、ちゃんとお互いを思い合ってるし……」
そう、たどたどしく喋るエムツーの言葉の間に、今のエムツーの意中の相手はペチュニアと言う名前で、その女性と一緒に「サブターナを異常な家族から保護しよう」と言う作戦を企てている事が発覚した。
「へ~?」と、誰より先にサブターナが息を吐く。「私、さらわれそうになってたんだね? へ~? 異常な考え方のせいで、病院に通う必要があると? へ~?」
エムツーは、自分が隠して居たい事を洗いざらい白状してしまったことに気付き、こう言葉を閉じた。
「ペチュニアは、悪くないんだ」
その場に居た、エムツー以外の三人は、首を縦に振る。
ジークがもう一度、しみじみと言った。
「なぁ、少年。自分は頭が悪いと、認識できただろう?」と。
エムツーは、椅子に尻もちをつき、項垂れた。
何も一日で帰らなくて良い。時間が一週間あるんだったら、もう二、三日、「城」に滞在すれば良いと、説き伏せられ、エムツーは渋々と承諾した。
実際に滞在してみると、「城」の中は思ったより居心地が良かった。ユニソーム達の影響が無くなったせいか、記憶の中の「城」の印象とは、だいぶ違う。
誰かがずっと見ているような視線も感じないし、最初のショックを通り抜ければ心持ちは穏やかだった。
そして、ずっと前に食べた覚えのある、懐かしい「食事」の味。懐かしい「お茶の時間」の余裕。懐かしい「昔読んだ本」の刺激。
それ等に浸る一日を過ごし、エムツーはハッとした。
今、一瞬、外の世界のこと忘れてた! と思ったのだ。
仕事を放り出すわけにはいかないし、ペチュニアだって僕の帰りを待ってる。それに、お金を貯めて家を……何で、サブターナを引き取るための家を建てるんだっけ?
ああ、そうだ。サブターナが異常な状態だから、引き取って病院に通わせるために……でも、全然冷静だし、どっちかって言うと、僕のほうが莫迦にされている気がするんだが。
いや、魔獣やら魔神やらが、普通に建物の中を歩いている状態が異常なんだ。僕はまともな世界を知っているし、まともな世界でまともな仕事に就いて、まともな……。
そこまで考えて、ゲシュタルト崩壊が起こった。
まともってなんだっけ? いや、普通の考え方って事だよね? 魔神や魔獣が居るのは普通じゃないんだっけ? いや、普通の世界ではそれは普通じゃないんだよ。
でも、魔神や魔獣の居ない世界って、町の中か村の中しかないよね? そうなると、普通の範囲ってどんな範囲なんだ? 人間だけが住んでいるコミュニティの中が普通であって……。
そんな風に、思考の迷宮にはまり込んだエムツーは、しばし「静かに」なった。
オーバーヒートした頭を抱え、呻きながら縮こまるまで。
「下らない嘘を吐くからそうなるんだよ」
ぐんにゃりしていたエムツーの背後から、宣告者の声がした。振り返ると、サブターナが後ろ手を組んで部屋に入ってくる。
「私をパッパラパーだって言う事で、ペチュニアの気持ちを引き留めたんでしょ?」
「だって……。サブターナが変なこと書いて来るから悪いんだろ?」と、喧嘩を売ると、「私をパッパラパーだって言っても、少なくとも二人にはフラれてんじゃない」と、別の切り口から言い返された。
「どうせ、私が手紙を書いたタイミングで、女の子三人から同時にフラれる事にはなってたんだから、一人引き留められただけでも良いと思いなさい。私を病人扱いした価値はあったんでしょ?」
「ありました」と、エムツーも言い返す。「だけど、そのお陰で、家を買って、君を引き取らなきゃならなくなったの」
「そのお陰? どのお陰よ。自分の嘘が招いた事で、私を悪者扱いしないでほしいわね。それに、どうしてもペチュニアを手に入れたいなら、私は止めないわよ。その子、死ぬけどね」
脅しを利かせられて、エムツーは身震いをする。
それから、サブターナはようやく助け舟を出した。
「だけど、ペチュニアを殺さない方法は無くは無いの」




