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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第九章~愛しいあなたへ~
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7.アダム君の帰郷の旅

 石レンガと漆喰でしっかりと造られた大きな壁が見える。その城壁の一部に幾つかの見張り塔があり、内側にも城の一部である塔が数本飛び出ている。

 中央の御殿に位置する場所の上層空間には、複数の大部屋である「()」があり、地面に近いほうに向かって魔神達の住居になる。

 広い中庭には水仕事用の井戸と焼却炉と薬草畑が広がっている。

 元々も複雑な作りをしていた、城壁の内側であり御殿の外側である外庭は、城壁に通じる幾つもの連絡通路に遮られている。

 よほど城の内部をよく知っているものでないと、外庭を短時間で正確に通り抜ける事は出来ないだろう。

 その外庭の一部には、今日も鳩が帰ってきている伝書塔がある。新しい伝書番は、まだ伝書塔内の「毒素」の清掃を終えていないようだ。

 その複雑な作りをしている外庭の、一番安直で一番「視覚的に短距離」な道があるのが、真正面の正門からの入り口だ。

 普段は城壁に備えられた鉄門で閉ざされているが、魔神達は鉄門の鍵に「魔力を込めた手で触れる」事で、家の鍵を開けるように鉄門を開ける。勿論、その方法はエムツーとサブターナも使える。

 今までは鉄門の鍵を開ける度に、ユニソーム達に監視されるようになるはずだった。

 その心配はいらなくなったって話だけど、城の中に僕が帰ってきたことがバレるのは変わって無いだろうな。

 エムツーはそう思いながら、片手に魔力を込め、そーっと鉄門の鍵に触れた。


 盛大な出迎えは無かったが、サブターナとアナンと八目蜘蛛(ヤツメグモ)達と、知らない女の子と知らない男の人が出迎えてくれた。

「た……ただいま」と、エムツーは一応挨拶をする。

 サブターナは口元だけ笑ませ、冷え冷えとした視線を浮かべると、「おかえりなさい」と、全然笑ってない声で言う。「色々聞きたい事はあるけど、まずは新しい仲間を紹介させて」

 エムツーは、その声音を聞いて、自分の憶えている「やたらと真面目だけど細かくエムツーのフォローをしてくれるサブターナ」では無いのだな……と、早くも悟った。

 サブターナはエムツーの怯えは意に介さず、新しい仲間としてカーラ・マーヴェルとジークを紹介した。

「二人とも、私達に使えないタイプの便利で複雑な術が使える。今の『城』の運営のためには必要な人達だから、余所者だって言って毛嫌いしないように」

 サブターナは噛んで言い含めた。

「それから、多分知ってるでしょうけど、もう二週間以上前にファラーは居なくなった。その時に、私は貴方も知って無きゃならない重要な事をファラーから聞いた。それは後で話す。ところで」

 簡潔な言葉が止まったので、エムツーは説明される人や物がある色々な所へ向けていた視線を、サブターナのほうに戻した。

「三又生活は楽しかったかしら? イヴァン君?」

 自分の不道徳がバレていると言う事を知って、エムツーの顔から一気に血の気が引いた。体が震え出しそうになったが、そもそもサブターナに叱責される謂れはないぞと、気分を持ち直した。

「待って。それについては、僕の……僕の人生なんだから、サブターナには関係ないでしょ?」

「私達が一夫多妻制を学ばされなかった理由は分かる?」と、鋭くサブターナは切り込んでくる。

「理由?」と、エムツーが呟くと、「体液が接触する事によって媒介される病気を、『新しい人類』の中に持ち込まないためよ。その戒めを、貴方は反故にしたの」と、サブターナはぐいぐい切り込む。

「私も、貴方と『体液を交わらせる気』は無いわ。その代わり、髪の毛を一房寄越しなさい。それが手に入れば、私達は貴方に用は無い。好きなだけ女と体を重ねて、精々死体を量産すれば良いわ」

 話の展開が速すぎて、脳の反射に忠実なエムツーの頭は追いついていない。

「体液を交わらせる」とか、「体を重ねる」とかの、刺激的なワードに、脳がときめくので精一杯である。顔面はどんどん紅潮し、それからようやく気づいた。

「死体を量産すれば良いわ」の言葉に。

 それは何か、僕が既に病気にかかってるって事? え? でも、僕はまだ……と、エムツーは考え、こう言葉にした。

「僕、キスしかした事ないよ?」と。

 サブターナは目を閉じて、深々と息を吐いた。やっぱりこいつ、不特定多数と不貞を働いていたな……と言う意味を込めて。

「貴方ねぇ、私の事は論外だとしても、彼女が居たんでしょ? それも、何人も。最低でも三人は居たんでしょ? その子達に対して、自分が不誠実だったって言う意識は無いわけ?」

 そう説かれて、エムツーは反論する。

「だって、みんな僕に興味があって関わってきたんだし、キスして良いって言う子とキスしちゃダメって言うルールは、知らないもの」

「貴方が知らなくても、世の中には『一夫一妻制』のルールがあるの。貴方の彼女達は、貴方が衛生的な男の子だと思って接して来てたのよ。貴方はそれを裏切ったの」

「だけど、僕、病気じゃないし……」

「中途半端な勉強しかしてないから、自分の身が起こそうとしている愚行に気づかないだけよ」

 エムツーとサブターナの言い合いを聞いて、周りの大人達は作る表情に困っていた。


 城の中に引っ立てられ、エムツーはまずアナンの手で髪の毛を一房採取された。伸ばした髪を縛っていたので、一房切ってもそんなに見た目は変わらない。

 それからエムツーは、アナンの居室である個別の部屋に連れて行かれて、そこで「理由を知っている二人」と一緒に、サブターナから説明を受ける事になった。

 朱緋眼を持つ者が、一般の人間と「子を成そう」とした時に起こる、悲劇的な現象について。


 朱緋眼保有者の持つ「邪気と言う毒素を強く含む魔力」が、一般の人間の体には耐えられないものであり、その魔力は「朱緋眼保有者同士」でも互いを呪い殺し合うと言う現象を起こさせる。

「私達を(つが)えさせようとしてた時点で、ユニソーム達は、何かの手を打っていたはずなの。もしかしたら、最初から『体外受精』と『体外育成』を念頭に置いてたのかも知れないけど。

 私の体に使われている『X遺伝子』は、私以外の個体の体の中で二つ合わさると、一定期間で死滅する。必ず『Y遺伝子』を伴った、『男児』しか生まれないように術で設定されているの。

 それに、今まで『互いを理解している朱緋眼保有者』が番えさせられた前例はない。それが生物として合理的でないとしても、私の遺伝子とエムツーの遺伝子が『適合』する可能性はあるかも知れない。

 だから、『エデン』での『人類計画』を進めるためには、貴方の持っている『XY遺伝子』が、どうしても必要だったの。だから、用があるのは貴方の髪の毛だけ。

 私が貴方を夫と見なさなくなった時点で、考えていた事はその通り。アナンは最後まで『遺伝子』のみの合成に反対してたわ。

 でも、私達が『自然な子作り』をしても、それはユニソーム達の考えていたお芝居の、筋書きをなぞってるだけだから」

 サブターナの話を聞いて、やはりエムツーは顔を紅潮させたまま、もじもじしている。

 遺伝学についての真面目な話と言うより、「男の子と女の子がそう言う事をする猥雑な話」に聞こえて仕方ないようだ。

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