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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第九章~愛しいあなたへ~
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6.小さな国の大きな君主

 サブターナが十三歳になった年、伝書番のファラーが居なくなった。でも、ファラーはエムツーへ連絡を取るためのヒントを残して行ってくれた。

 自分達の朱緋色の瞳の事を聞いたとき、ファラーはメモを一枚渡してきた。それには、「三十二番。赤い筒の白の鳩:エムツー」と書かれている。

 実際に、サブターナが伝書塔で三十二番の巣箱を調べてみると、手紙を入れるための赤い小さな筒を足に括りつけた白い鳩が休んでいた。

 サブターナは、すぐにその鳩に手紙を任せた。

 一刻も早く戻ってきて、話し合いに応じてくれと言う内容の。


 それを読んだエムツーは、眉の間に縦皴を寄せた。

 その話し合いに行ったら、僕は「城」に隔離されて、サブターナとの子供を作らされるんでしょう? と。

 サブターナの知っている危機感などは全く意に介していない少年は、サブターナと「城」の者達こそが、自分を最初の運命に縛り付ける悪因であるとしか思えていなかった。

 僕はもっと自由に生きたいの。双子のきょうだいと子供なんて作りたくないの。

 五年前に思い浮かべておくべきだった言葉を、問題が解決されつつある現在の心の中でぼやく。

 どうやって断ろうと、返事の文章を考えていると、金糸の髪の女の子が宿の部屋に現れた。ペチュニアだ。

「イヴァン。また手紙が来たんでしょ?」と、蝋燭ランタンを持ったペチュニアは聞いて来る。「サブターナの様子は?」

「相変わらず」と、少年は答えて、鳩が運べるほどの薄い便箋に書かれた短い手紙を、彼女のほうに見せる。「話し合いをしようって書いてあるけど……罠みたいな気がする」

 ペチュニアは差し出された手紙を読んで、「貴方、一度、サブターナの様子を見に行ったほうが良いわ」と言い出した。

「え?」と、エムツーは少し不機嫌な声を出す。「それ本気で言ってる?」

「そもそも、貴方は何を罠だと思ってるの?」と、ペチュニアは問う。

「それは……帰ったりしたら、閉じ込められて……二度とこっちに戻って来れない、って思ってる」と、エムツー。

「あなた、術の心得があるわよね?」と、ペチュニアは確認する。「それに、サブターナを連れて来るときにだって、必ず『家』に行かなきゃならないって事も、分かってるわよね?」

 そう言われて、エムツーは思い出した。

 サブターナを「異常な城」から連れ出す事、それが最初の目標だったと言う事を。そのために幾つかの術を開発したりもした。

 いつの間にか、「普通」の世界に居る「周り女の子」のほうが魅力的で、そっちを手に入れるほうが簡単だ……と言う解決のすり替えが行なわれていた。

 そして保身を考えるようになり、サブターナまでもが「エムツーの体を狙っている悪魔」であるように考えていた。

 何時だってそうだ。

 そうエムツーは考えた。

 何時だって、ペチュニアは物事の本質が分かってる。問題をすり替えて、最初の頃の目的を忘れてるのは僕のほうだ。

 そう納得して、エムツー――イヴァン――は意を決した。「来週から、一週間休みをもらう。そしたら、し……『家』に行って、サブターナと話してくる」


 黙読の間の外で、室内観察用の硝子窓から内部を見ている人物がいる。

 ジークの疑似形態(シャドウ)だ。あれから、ジークの疑似形態(シャドウ)は「城」への自由な出入りを許可された。週に一回は黙読の間に来て、体を調べさせてくれと頼まれている。

 その検査の協力と引き換えに、魔神達の術を学んで、龍族の技術を発達させる方向で「取引」は進んでいた。

 現在、ジークの分裂シャドウの内の一体が、身ぐるみを剥がされ、機械パーツの部分を分解されている。

 それを、別の分裂シャドウが外から眺めている。

 ジークのシャドウは三体くらいなら自由に分裂させられるので、一体が黙読の間で検査を受けている間は、他の二体は城を見回ったり、主にサブターナの相談役になっている。

 サブターナとしては、自分を教育してくれる大人は、ほとんど女性しかいないので、滅多に聞けない「人間に近い男性の意見」を、ジークから得ようと、熱心に話しかけてくるのだ。

 その日も、シャドウのうち一体は、思考の間で、サブターナから愚痴混じりの悩み相談を受けていた。

「エムツーは来週帰って来るって言う連絡をくれたけど」

 サブターナは教師のアナンのように眉の間に皴を寄せる。

「なんか、真面目に話を聞く気はないって感じだと思うんだよね。『城』の様子を観察したいから、名目上、『帰宅します』って感じ」

「そんな様子が分かる文面があったのか?」と、ジークは聞き返す。

「ううん」と、サブターナは一度否定する。「なんて言うか……勘、かな」

「勘、か」と、ジークは復唱した。

「勘、だね」と、サブターナも繰り返す。

「なんかね、書いてある文字が強張ってるとか、変に字が大きくなったり小さくなったりしているとか……そう言う事から、相手の状態が挙動不審であると思っちゃうわけ」

 それを聞いて、ジークは「ふむ」と唸る。

「それは案外、唯の思い込みじゃないかもな」と、肯定すると、サブターナは理解してもらえたとばかりに、「でしょ?」と、顔を輝かせた。


 サブターナの持つ原形遺伝子だけで造られた、不完全な生き物がいる。本来母親の胎内で経過するはずの「胚」からの進化の過程を、爬虫類期で止めている生物だ。

 それは人間の羊水と同じ成分を持つ液体の中にプカリと浮かんでおり、臍の部分から体外に伸びる管を、途中から機械的なものと取り換えられている。

 サブターナの原形遺伝子だけでも、「胚」は爬虫類期まで生きられることは分かっている。後は、このサンプルが爬虫類期を保ったまま、どれだけ生きられるかの記録を更新して良ければ良い。

 観察用硝子窓の外で、サブターナとジークはその「胚」の成長も見守っている。

「最悪の場合を想定した生物か」と、ジークはボソッと呟いた。

「最悪とか言わないでよ。私にとっては可愛い我が子なんだから」と、サブターナ。

「そりゃぁ、すいませんにぇぇ」と言って、ジークは首を真横に倒した。「あんまり情を持つなよ? こいつ等が死ぬ度に、泣くことになるぞ」

「へぇ。貴方は泣くんだ」と、サブターナは口を尖らせて言う。「愛しい我が子ではあるけど、情は無いかもなぁ。だって、抱っこした事もないし、そもそもこの子達が私を認識してるか分かんないし」

「お前、言う事が混雑してるって分かってる?」と、ジークは隣にいる――だいぶ背の伸びて来た――女の子の肩をつつく。

「分かりません。だってまだ十三歳だから」と、サブターナは日頃から根に持っている事を皮肉にした。

 十二歳以上十五歳以下と言うあやふやな時期は、大人らしい事を言っても、子供らしい事を言っても否定される年齢なのだ。

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