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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
エピソード集8
345/433

最期の夜にお別れを・前編

 ファラーが、エムツーと最後の会話を終わらせてから三日後、だいぶ「薄汚く」に成っていた伝書塔に、サブターナが来た。教師である魔神アナンと一緒に。手土産を持って。

 アナンは、眉間に皴を寄せて鼻元をハンカチで覆う。魔神としても、伝書塔の内部に満ちている「毒素」の臭いはきついのだろう。

「ファラー。お仕事、ご苦労様」と、サブターナは声をかけてきた。

 この娘も、だいぶ綺麗な高音が出るように声変りをした。声の他に、顔の輪郭や髪や肌の質感も、女性らしく変化している。

 サブターナは自分の手で持って来た鞄をそっと床に置くと、その中からワインの瓶を取り出して見せる。

「今晩は、あなたとお話したいなと思って」

 一階の部屋に居たファラーは、自分の部屋の様子と、身綺麗な二人の客人を見比べて、「長居をしたい場所でもないだろう?」と聞く。

 サブターナは、伝書塔番の言葉が自分の意向への「否」のサインである事が分かったが、気づかないふりをして、「私達は『向こう側のエネルギー』は平気だから」と答えた。

 確かにサブターナは、アナン達より「邪気」とされる向こう側のエネルギー、別の言い方をすれば「永劫の者達が持ってきた毒素」に対して免疫がある。

「でも、確かに凄い埃だね」

 サブターナは塔の内部を見回す。そして付き添いに声をかけた。

「アナン。私はファラーと話してるから、しばらく外に出てて」

 どうやら、サブターナは酒盛りをごり押しする気らしい。

 追い返すのは諦めたが、ファラーは「家具に触れると服が汚れるぞ」と注意した。

 アナンが外に行くのを目の端で確認してから、サブターナはこう返す。

「安心して。すこぅしだけ、お掃除するから。埃が舞わない程度に」

 そして片手の指を立てると、その先に白い光に見える力を集中した。

 凝縮と拡散を経て、塔内に行き渡った光は、内部の汚染された状況を軽減した。

「削除エネルギーか……」と、ファラーは呟く。

「うん」とだけ、短くサブターナは答えた。


 綺麗になったテーブルの上に、ワインの瓶とガラス製のスマートなジョッキと、ナッツの入っている缶箱、それから食べやすく切られている燻製肉が並べられた。

 燻製肉を盛る皿が無かったので、缶箱の蓋をひっくり返して大皿代わりにした。

 サブターナが、コルク抜きでワインの栓を開ける。細めのジョッキに、花のような香りのするロゼが注がれた。瓶をテーブルに置いてから、ジョッキの片方をファラーに勧める。

 サブターナは切り出した。「エムツーの事、教えてくれてありがとう」

「礼を言われることはやって無い」と、ファラーは静かに述べ、ジョッキを受け取った。

 サブターナは困ったように眉を寄せて笑む。

「お礼は言うよ。私が『なんにも知らないお姫様』で居なくて済んだのは、ファラーのおかげだもん。放蕩旦那が、外の世界で三人も彼女作ってたなんて。顔見せに来たら、どう問い詰めてやろうか」

「いつも場所の違う、特定の土地に出入りしている」と、ファラーは言い出す。「その土地の特定の三軒の家に出入りしている。その家にはエムツーと年の近い娘がいる」

 サブターナは言葉を聞きながら、一つ一つに頷いている。それは以前、ファラーが教えてくれた情報だったからだ。

 ファラーは続けた。

「そこから、どうやって『浮気相手』を見つけたんだ?」

「それだけ分かってたら『浮気』を疑うものなの。人間は」と、サブターナは言って、両手を上に広げてみせる。

「古い人類の習性だったら、『浮気をさせた女』に怒りを持つらしいけど。私は、バレてないと思ってる放蕩旦那に、冷や汗をかかせて肝をつぶさせてやる事しか、考えられない」

 それを聞いたファラーの口元が、少しほころんだ。

「エムツーは、お前との子供を作る事に拒否感があるらしい」

 サブターナは目を伏せて息を吐き、一口だけリキュールを飲みこんだ。そしてこう答える。

「でしょうね。双子のきょうだいとの子供って成ったら……外の世界じゃ、あり得ない感覚だもん。あの放蕩旦那の莫迦な所は、時代と技術の進歩を知らない所だよ」

 ファラーは其処から、「城」の中で進んでいる「人類計画」の内容を聞いた。魔神達が「子」を作る時と同じ技術の応用で、人間と言う生物は作れるのかと。

「私やエムツーを作った技術は、細胞の複製と増殖でしかないから、『新しい人類』を作るためには向いてない。それに、今の環境だと、遺伝子を操作する程の高出力のエネルギーは得られない」

「どう言う事だ?」と、ファラーは尋ねる。

 サブターナは語り始めた。

「私達の受け継いでる原形遺伝子……それを『X遺伝子』って呼ぶね。女の子の体を作るなら、『X遺伝子』が二つ必要。私も、その遺伝子を二つ持ってる。

 だけど、私の遺伝子を使って女の子を作っても、長く生きられない。今まで試験細胞を幾つも作ったけど、胚の状態から『爬虫類期』まで発達すると、全てのパターンで胎児の死亡が確認された。

 私とエムツーの体は、ある程度の術で操作されている。ユニソーム達が遺した負の遺産だよ。必ず『男の子しか生みだせないように』設定されているんだ」

 ファラーもリキュールを含み、飲みこんでから言う。

「それを『負の遺産』だと、思えるんだな」

 サブターナは、何回か目を瞬いてから、ファラーのほうを見た。その睫毛が涙を含んで、少しカールがかかって見える。

 ファラーは言う。

「エムツーは、俺の目が怖くないと言っていた。あいつは『神様』には成れるかもしれない。でも、『人間』には成れない。向こう側のエネルギーに寄り過ぎている。人間としては異常だ」

「うん。だからこそ、帰って来てもらわなきゃ」と、サブターナは空元気を出す。「『旦那様』の細胞から、『XY遺伝子』のサンプルを取り出す事が出来れば、後は何処の女にでもくれてやる」

 ファラーは、告げる相手を間違えているかも知れないと考えながらも、述べた。

「エムツーが外で妻を見つけても、その娘は、死ぬぞ」

 サブターナは、目を少し大きく開き、唇の先を尖らせて動かし、下唇を噛むように黙り込んだ。疑問はいくつかあった。しかし、どれを問えば良いのか分からない。

 ファラーは問いかけの形でヒントを出した。

「お前達の瞳の色の原因を、知っているか?」

 サブターナは、それまで「新しい人類」としての瞳の色だと思っていた、朱緋色の瞳の下に、指をあてた。

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