妻問い婚に耽る文~イヴァンと言う少年 2~
イヴァンは、仕事に行く前にサブターナに手紙の返事を書く。そして各町や村の伝書塔に行き、「城」に向かって飛ぶはずの鳩に、手紙を任せる。
サブターナは、エデンとして隔離されている土地の「城」に住んでいる。「城」の周りは三方を山に囲まれ、深い森が茂っている。そして「城」には、世間知らずな魔神や精霊しかいない。
考えてみれば、サブターナが「そう言う事」に関して、知識を持っていなくても仕方ない。参考にするための、大人の人間が居ないからだろうな、とイヴァンは考えた。
一番人間に近いと言えば、巨人族のサリアと言う女性が居たが、彼女は王の世話を看るための奴隷として買われた娘なので、閉鎖的な「城」では、夫とするための巨人族の男性には巡り合えていないだろう。
イヴァンは余計な事は書かずに、「最近の仕事の調子」と、「今はどの地方で働いている」と言う事だけ返事に記す。
それから末尾にこう書いた。
「僕もまだ、自分が『しっかりした人類の祖』になれるとは思えない。もうちょっと時間をちょうだい。それより次は、サブターナが憶えた勉強の事を教えて」
勿論、説明が難しい事への時間稼ぎなのであるが、サブターナがもっと世界の事に興味を持って、「城の外の常識」を知ってくれたら、近親婚を円満に回避できる気がしていた。
その日は、ルピナスの家に行った。ルピナスは金銭的にアネモネほど遠慮はしない。食費と宿泊費は「今日の稼ぎ」からしっかりもらうし、その他に自分が機織りの仕事をしている間の家事は、イヴァンにやらせる。
ルピナスは長い焦げ茶色のしなやかな髪と、鈍い藍色の瞳をしている。体つきは所謂「豊満」と言われるムチムチの体形で、イヴァンは常々「触れたら気持ちよさそうだな」と考えていた。
彼女はイヴァンより三つ年上なので、今年で十六歳だ。多感な時期であるせいか、発作のようによく笑う。
機織りの仕事をしていても、イヴァンには理由の分からない理由でクスクス笑っている。
そして一反分の布を織りきると、その日の仕事をやめにして、イヴァンとお茶を飲みながら語らう。
イヴァンが、毎日追い払っているキマイラもどきの話をすると、ルピナスは子供の頃に聞いたと言う龍族の話をした。
お茶を飲みながらと言っても、ルピナスは何かに気付いては細かく作業をする。
茶葉を入れている瓶がしっかり閉じているか確認したり、貯蔵庫に入れてあるジャム瓶から一さじをすくって舐めたり、昼の間に焼いてあったパイの事を思い出して切り分けたり。
ルピナスが思いついたように動作をする度に、彼女の年の割に豊かな胸がふわふわ揺れるのを、イヴァンは見逃して居ない。
豊満な体つきのルピナスであるが、彼女は手にすら触れる事を許してくれない。
今の明識洛の法律では、十六歳は成人年齢だ。だからこそ、「大人としての意識」があるルピナスは、イヴァンを弟くらいに思っている。
その事には薄々感づいていたので、イヴァンも「夜も仲良くしましょう」とは言わなかった。
仕事に行くとき、伝書塔に立ち寄ると、サブターナからの返事が来ていた。
サブターナの学んでいる、精霊術に関する術の紹介が幾つか書かれている。今は「防火障壁」と「火膨れ」と言う術を学んでいる所らしい。
どちらも「水」と「火」の力を強く使う精霊術で、防火障壁のほうは水の性質を持った結界であり、火膨れは生物の体の中の水分をコントロールして、体の全体から一部に水の塊を作ると言う呪い術だった。
「防火障壁は割と簡単。『火膨れ』のほうの習得に手間がかかってるかな。どうやってダメージの大きさを操るかって言う所が」
それを読んで、イヴァンはますますサブターナに、「外の世界の仲の良いお友達」の事は言えない気がしてきた。
手紙には、「城」で魔神達の子供が作られるようになってから、起こった変化についても書いてあった。
「最初は龍の形をした子供が多かったけど、段々人型に近いものが作れるようになってきている。それから、向こう側のエネルギーを『子供』以外の形に安定させる技術も作り出されている」と。
向こう側のエネルギーと言う綴りを読んで、イヴァンは「やっぱり、僕が戻るわけにはいかないよな……」と考えた。
昨日も、邪気とされる向こう側のエネルギーに、「汚染」された病人の浄化をする仕事があった。
体の内側に、真っ赤な実のような腫物が発生する病気にかかっていた人だった。口を開けてもらうと、口の中の粘膜にも幾つも小さな腫物があった。
非接触の状態で全身に「浄化」の術をかけ、病巣は消滅したが、一度出来てしまった腫物は自然治癒を待つしかない。
「何回か、様子を診させて下さい。口の中の腫れものは、噛んでしまわないように気を付けて」と述べてから、治療代である宝石通貨を得た。
今日もその人物の治療に向かったが、先方は「別の治療師さんを見つけたから、もう君は来なくて良いよ」と言う。
詳しく聞いてみると、腫物自体を消滅させることのできる治療師を見つけたのだそうだ。
様子を細かく観る間に、診察台を稼ごうと思っていたイヴァンのあては外れた。
荷物運びの仕事のほうは順調だ。今日はルピナスの居る町から離れて、ペチュニアの居る町の薬局に幾つかの薬の材料を運んだ。
荷は、植物の葉っぱや根を纏めた布袋と、グリースの入った瓶や乾燥させた動物の肝等だ。
グリースの瓶は重たかったが、イヴァンは二つの町の間を三日間で踏破した。十歳の頃だったら一週間は必要だった距離だが、三年間の成長は確実に体力と運動能力を上げていた。
仕事を終えてペチュニアの家に到着すると、早速家の中の仕事を任された。
「あんたのために、いーっぱい仕事用意しておいたからね」と、金糸の髪とアッシュグレーの瞳をしたペチュニアは、早速、洗濯物が山積みの籠を差し出してくる。
アネモネやルピナスに比べると、ペチュニアは「魅力的」では無い。
体つきは痩せっぽちだし、目じりが吊り上がっていて、全体的に狐を思わせた。だけど、イヴァンに「上手なキス」を伝授したのは彼女だ。
ペチュニアも、イヴァンは何時か自分の家の旦那様に成ってくれると思っている。それにペチュニアの家族も、イヴァンは頼もしい婿養子になるだろうと予想していた。
まさか自分達の娘が「現地妻」であるとは思っても見ないようだった。
イヴァンが客間で眠る準備をしていると、ペチュニアは家族にばれないように、そーっと部屋に入ってきて、何時ものキスの指南をする。
唇を重ねた回数だけだったら、アネモネのほうが記憶にあるが、ペチュニアの「キスの上手さ」に関する記憶は強烈だった。




