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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
エピソード集8
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妻問い婚に耽る文~イヴァンと言う少年 1~

 かつて、永劫の者達は考えた。テラというこの星にある神話を実在の生物と星を使って実演したら、どのような顛末が起こるのか。

 それを実演するための舞台として、ある島国に「エデン」を作る計画を企てた。

 その舞台とされた島国が、明識洛(クオリムファルン)である。

 永劫の者を排除した現在では、かつて邪気と呼ばれた「向こう側のエネルギー」を有効利用し、魔神の生きられるエデンを隔離された土地に作ると言う「エデン計画」だけが残っている。

 その「エデン計画」の中心にいるカリスマは、かつて永劫の者達によって作られた「人類の祖」の片割れであり、やがてイブとなる事を定められていた少女、名をサブターナと言う。

 彼女は情報量の増えた今でも、いずれ自分は「『エデン』での立派な人類の祖に成らなければならない」という使命感を持ち、見方とすれば一途に、夫になる人物が帰ってくるのを待っている。

 イブの夫アダムと成るべく作られた少年、名をエムツーと言うが、彼はまだ永劫の者が存在した頃に、相棒の蜥蜴と一緒に家出をした。

 やがて食べていくための仕事を見つけ、各地を転々としながらだが、荷物運びと……秘密裏に治療師の仕事をしている。

 それも「邪気とされるエネルギー」の影響を受けた患者だけを専門に診る、特殊な治療師として。その能力は主に「浄化」と呼ばれ、「エデン」の者達には「削除エネルギー」として疎まれている力だ。

 少年はそんな事が分かっているのか、それとも、かつてを共にした人間の相棒に飽きたのか、仕事に行っている各地で……現地妻を囲っていた。


 西の空の端から見えていた陽も、暗くなってきた。少年は一日の仕事を終え、その辺りの集落で泊まれる家に足を運ぶ。

 今日はアネモネの家か、と少年は思いながら、その少女の事を思い浮かべる。亜麻色の髪と透き通った空色の瞳をした白い肌の少女だ。

 その肌は日光に当たると鮮やかなピンクになるが、日差しにあたらない場所では透明感のある青白さを見せる。

 年齢としては少年と同じ十三歳で、死別した両親が遺したと言う一軒家に住んでいる。後見人は彼女の伯母だ。

 アネモネは広い家で好きに暮らさせてもらっており、少年を定期的に泊めるのも独断で可能としていた。

 集落の中の、見慣れた花細工の刻まれたドアのノッカーを叩き、少年は慣れた様子で「ただいま」と言う。

 ノックの音と少年の声を聞いて、何時も通りに明るい笑顔を浮かべたアネモネは、少年を迎え入れる。

「おかえりなさい。イヴァン」

 そう、イヴァン。それが、現在エムツーの名乗っている偽名である。


 ヤギの乳のシチューと塩バターパンを食べさせてもらい、「今日の稼ぎ」から、食費と宿泊代を払う。

「別にお金なんて良いって言ってるのに」と、アネモネは呆れ声を出す。

「手持ちがあるのに、お世話に成りっきりにはなれないよ」と、イヴァンは言って、「明日食べるシチューが無くなったら困るもの」と付け加える。

 アネモネが困ったようにテーブルの上の硬貨を受け取ると、イヴァンは近づいてきたアネモネを抱き寄せて、唇にチュッとキスをした。本当の奥さんにそうするように。

 アネモネは、ポケットの中から折り畳まれた紙を取り出した。

「貴方への手紙。また、サブターナから」と、アネモネは何も疑っていない様子で、少年に手紙を渡す。

「ありがとう」と短く言って、イヴァンはその折り畳まれた手紙をポケットにしまうと、「紅茶を淹れてほしいな」と言い出した。「何時もの、薔薇の香りがする」

 アネモネはそれを聞いて微笑むと、イヴァンの額を指でつつく。

「キス以外は、後三年待って下さいね。旦那様?」と言って。


 暗いベッドルームは、彼等の本能的な欲求を駆り立てる。しかし、彼等はまだ「キス」以外の禁忌は破っていない。

 何故なら、アネモネのほうが土着宗教に基づく熱心な倫理観を持っており、「酔いに浸って良いのは成人年齢を迎えてから」と言う考えを貫いていたからだ。

 唇を重ねる事でどれだけ熱情が過熱しても、イヴァンがその先に進みそうになると、アネモネは「これ以上はまだダメよ」と言って、ベッドルームを去った。


 その日も、アネモネがベッドルームを去った後、イヴァンはベッドに横たわったまま、加熱した頭を冷ましていた。

 一度、ヒートアップした酔いが冷めるのは遅い。何せ、何故キスがしたくなるのかを、全く理解していないからだ。

 出来る事なら、女の子の皮膚に触れたいと言う願いは何処かにある。

 しかし、イヴァンも下手に世の中を歩き回っていない。

 家出先の各地で、自分がそれまで抱いていた「イブの夫としてのアダムになる」と言う事が、大きな危険と禁忌(タブー)を孕んでいる事を知った。

 血が近い異性の肉親に対して熱情を持つことは、生物としても宗教的にも道徳的にも許されない。

 イヴァン……つまり、エムツーとサブターナは同じ人物の細胞から作られた、同い年のきょうだいだ。つまり双子である。

 エデンで聞かされていた、「イブの夫としてアダムになる」事が、恐ろしい呪いのように感じられていた。

 だから、イヴァンはアネモネ()にも、サブターナをきょうだいだと伝えているし、もし「エムツー」に戻っても、サブターナの事は、姉か妹として考えようと心構えている。

 今まで心の落ち着きどころだった「アダムになる」と言う目標が、世の中では禁忌(タブー)であると知ってから、少年は各地にステディを作る事に熱心になったわけだ。


 今の所、少年は夫々別の土地で三軒の家に泊まっている。

 一つはアネモネの家、もう一つはペチュニアの家、もう一つはルピナスの家。どれも花の名前を持った少女達だ。

 何処かの国の「花言葉」と言うものを調べてみたら、アネモネは「儚い恋」。ペチュニアは「心の平安」。ルピナスは「空想」と言う言葉がつけられるらしい。

 全然反対じゃないか、とイヴァンは考えた。

 三人の中で、一番激しい恋をしているのはアネモネとだ。ペチュニアは、お金だけじゃなくて家での労働も課してくる。ルピナスは、今から未来のための貯蓄まで考えている超現実的な女の子。

 今日も手紙を受け取り、眠る前の蝋燭明かりで眺めているが、サブターナに「僕のイブになる事を諦めてくれ」と言ってしまうのは、なんだか罪深い感じがする。

 手紙の中でも、サブターナは少年の日常を気遣ってくれている。外の世界で働くと言うのは大変なんでしょう? と。そして、視線は何時もの末尾の言葉に来た。

「もうユニソーム達は居ないから、いつでも帰ってきて良いんだよ? 勿論、エムツーが『自分は立派な人類の祖になれる』って思ってからで良いから」

 それを読む度に、エムツーの心の中で、一抹の良心がチクリと傷む。

 サブターナに、近親婚の恐ろしさを知らせる人が、エデンには居ないのか……と思って、イヴァンは考える。

 もし、その時が来たら、サブターナに「自分達はきょうだいだから子は成せない」と言う理論を、分かりやすく教えなくっちゃと。

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