ガルム君の小さな事件簿3
小学校の昼休み。次の授業が始まる前に、清掃の時間がある。
班に分けられた子供達が、学校の夫々の場所で、モップや箒や塵取りを扱って、掃除をするのだ。
教室の掃除当番だった、ぼさぼさのうねった髪をしたあばた面の女の子が、だみ声で怒鳴った。
「誰?! 学校に雑誌持ってきた奴!」
その声で、同じく掃除当番だった連中が、女の子の持っているゴミ箱を注視する。
「どんなの?」と言いながら、あばた面の女の子の周りに子供達が集まる。
色んなゴミの中に紛れてはいたが、確かにゴミ箱の奥に雑誌の表紙が見えた。
「魔法陣が描いてある」と、ある子が言う。
「拾って見てみる?」と、別の子も言う。
「いやだよ、汚いもん」と、あばた面の女の子は言う。
「ヘルナは、元々汚いから大丈夫でしょ?」と、丸顔で前髪を七三分けにした少年が、ニタニタしながら言う。
「ロブ! てめぇの手を突っ込んでみやがれ!」と言って、ヘルナと呼ばれたあばた面の女の子は、七三分けの男の子の手を掴んで、無理矢理雑誌を拾わせた。
「うわぁ! べたべたする!」と言って、ロブと呼ばれた男の子は、ゴミの中に突っ込まれた手の感触に身を震わせる。
実際、ロブがつかまされた雑誌は、何かぬめっとしたものがついていて、ヘルナの手を振り払ってロブがゴミ箱から手を上げると、雑誌は彼の手にくっついてゴミ箱の外に出てきた。
バサッと音を立てて床に落ちたその雑誌は、幾つかのページの写真や見出しが切り取られている。
「なんだそれ」と言って、廊下の掃除当番だった子供達も雑誌を見に来た。その中には、ガルムもいる。
ロブはぬたぬたする手のべたつきを気にして、手洗い場のほうに走って行った。
誰かが告げ口をしたのか、担任の男性教師が教室に入ってきて、雑誌を見つけた。
「月刊魔法クラブ……」と、教師は雑誌のタイトルを読み上げる。そして、周りを見回しながら、「誰だ、こんなの持ってきた奴?」と、さっきヘルナが叫んでいた事と同じ事を言う。
掃除用の手袋をしていた教師は、躊躇いもなく雑誌を拾い上げた。その手袋にも、べたべたと雑誌が貼りつく。
「糊が塗ってある」と、教師は言う。言いながら、文字や写真の切り取られている雑誌をめくって行く。
教師は一通り雑誌をめくってから、「これは先生が預かるから、みんなは掃除を続けて」と指示を出した。
一連の様子を見ていたガルムは、なんだか嫌な予感がした。
午後の授業が始まる前に、教室に集まった子供達を前にして、教師は「学校に脅迫状が届いた」と告げた。
もし、次に抜き打ちテストを行なうようだったら、学校に火を点けると言う内容だったらしい。
「その脅迫状は、今日の掃除の時間に見つかった雑誌から、文字を切り取った文章で出来ていた」と、教師は明かす。
教室は一瞬静まり返った。
ある生徒が手を挙げる。その子供は名前を呼ばれ、発言を許された。
「先生。雑誌は魔術に関する物だったんでしょ? だったら、あの雑誌は魔力持ちの誰かの物だと思います」
それを聞いて、教師は「決めつけるものじゃない」と言い返す。「魔力を持たない者でも、魔術に興味のある者はいるだろう?」
他の生徒も手を挙げた。教師は名を呼び、発言を許す。
「魔術で火事を起こそうとしたんじゃないですか? それなら、やっぱり魔力持ちの仕業ですよ」と、その子供も言う。
このクラスの中で、魔力持ちは二名。ガルム・セリスティアと、ルミネ・ボガードだ。
「絶対ルミネじゃない」
手も挙げないで、彼女の友人が言い出す。
「ルミネは成績だって良いし、そんな悪質な脅迫状を送る子じゃない」
「ガルムでも無いよ」
ガルムの友人達も言い出す。
「俺等、一日中一緒に居るけど、ガルムがそんな雑誌切り取ってるの見た事ない」
「見てない所でこっそり作れば良いじゃないか」と、誰かが言うと、いつも一人でいる奴等のほうに視線が向いた。
比較的後ろの席にいる、ミーラ、ノップ、タリスの三人だ。
ミーラは無表情、ノップは視線に怯えて縮こまり、タリスは頬杖をついて我関せずと言う風だ。
「何度も言うが、決めつけるものじゃない」と、教師は言う。「この事件については、意見は一人ずつ聞く。午後の授業は無しだ。出席番号順に、食堂に来なさい」
子供達は一人ずつ食堂に行くことになった。前の子供が戻ってくると、出席番号が次の子が食堂に行く。
ガルムの番になり、嫌な予感を抱えつつ食堂に向かった。
食堂の長テーブルは、一年生から六年生までのすべてのクラスの子供が的確に「収容」出来るように、一定の間隔を保ってずらりと並んでいる。
ガルムはこの風景が何となく嫌いだ。孤児院に居た頃を思い出すからかもしれない。
遠い席では、別のクラスの子供達が、夫々の担任と話をしている。
ガルムはいつも自分達のクラスが使うテーブルの、教師が座っている向かい側に着席した。
「お前、ミーラが好きなんだって?」と、教師は事件と全然関係ない事を聞いてくる。
「好きではないけど、嫌うって言う理由もないです」と、ガルムは答えた。「それが、脅迫状の事と関係あるんですか?」
「何人か『ガルムがミーラに頼まれてこんな事をしたんだ』って言ってる連中がいてな。私も、疑うわけじゃないんだが……」と、教師は言葉を濁す。
ガルムは孤児院育ちで、魔力持ちで、親もいない。学校に登録してある保護者は十七歳の姉になっている。そう言う所が、差別意識を生んでいるようだ。
「俺じゃありませんよ」と、ガルムは否定した。「脅迫状なんて作るために、雑誌を買う財産もありませんから」
「ああ、あの雑誌、結構高い値段がついてたもんな」と、教師は何故か「そう知ってるんだろう?」と言いたげなほのめかしをする。
教師の中に在る差別意識が、かまをかけてみたい心情を引き起こしているのだろう。
「雑誌の値段も知りませんよ」と、ガルムは再び否定した。
散々、ガルムに不利な要素を作ろうとする誘導尋問に付き合わされ、他の子供達が五分くらいで話が済んでいるのに対し、ガルムだけは教師に二十分粘られた。
「分かった。もう行って良い」と、教師が言う。
なんとか、誘導尋問には引っかからずに済んだと、ガルムは心労を覚えながら教室に戻った。
教室に近づくと、「ガルムだけ、やたら話長いね」「やっぱりあいつが犯人なんじゃね?」と言う陰口が聞こえてきた。
ガルムの次の出席番号は、ヘルナだった。教室の出入りの時にすれ違うと、ヘルナは小声で「あんたも大変だね」と呟いた。
ガルムは教室に入る前にちらっとヘルナの後姿を見送った。
今の言葉は何だろう。陰口に対する同情だろうか。
そんな事が脳裏をかすめたが、深く考える間もなく、ガルムの友人が声をかけてきた。
「ガルム。なんで時間がかかったんだ?」と、わざとクラス中に聞こえるように聞く。
「俺が犯人だって決めつけられた」と、ガルムもはっきりした声で事実を述べる。「たぶん、この後の奴等も、五分くらいで話は終わるよ」
実際に、ガルムの後から話を聞かれた子供達は、五分どころか三十秒もかからずに話が終わったんじゃないかと思わせるタイトさで教室に帰ってきた。




