意識の奥底~アン町を行く 2~
新しい町の中を観光している最中、ラム達が困った道を実際に視察しに行くと言っているのを遠隔から聞きつけ、アンは現場について行った。
「何故お前が来る?」と、ラムには言われてしまったが、「視察の中で、自分の意見が反映されるかは、知りたいでしょ?」と、アンは適当な事を答えた。
ラムは困ったように宙に目を泳がせたが、困惑している町長の横でニコニコしている、無責任な奴の表情を見て、「好きにしろ」と言って諦めた。
数ヶ所の危険な道を絞ってあったので、視察は滞りなく進んだ。
「思ったより早く済んだな」
ラムは時計塔を見上げて言う。それから町長のほうを見て、アンを親指で示す。
「折角、こいつが来てるから、他の不安事項でも相談を……」と言いかけると、アンが「時間あるならランデブーでもしない?」と言って、ラムの服の裾を引く。
ラム・ランスロットは変な顔をしてアンのほうを見た。
「お前、言葉の意味、分かってるか?」
「うん。デートの事でしょ?」
アンがそう言うと、ラムは目を閉じ、わざとらしく大きく息を吸って吐いた。
「ランデブーって言うのは、現代で言うデートほど気楽なもんじゃないんだ」
「何? 重たいもんなの?」
「その……娯楽が少なかった時代の人間は……」
そこまで言って、ラムはどう説明しようか困っている。
そこで町長が、「アン。時間があるのだったら、私と一緒にこの町を『ランデブー』していただけますか?」と言い出した。
「はい。喜んで」と、アンはコロッと相棒に選ぶ人物を替える。
女二人はぺちゃくちゃ喋りながら歩いて行く。言いずらい説明を、言おうかどうしようか迷っていたラムを置き去りにして。
町長から説明がなければ、あの女は後々も「ランデブー」の意味を間違えたままだろう。
二人と別れた後、ラムはさっさと町から帰る事にした。
町の中の入り組んだ道を、特定の方向に歩いて行く。すると、道の先に発光する扉に見えるものが現れる。それが意識の町の徒歩での出入り口だ。
鉄道の類も、これに似た町の出口を通って、夫々の行き先に向かうように設定されている。
このシステムを、齢五つにしかならぬ子供か作ったかと思うと、その才能は素晴らしい。
だが、そのかつて五歳だった人物は、まともに喋れるようになった今でも、言葉の意味を間違えて覚えているすっとぼけた女だ。
魔力的な能力だけはずば抜けているので、そう簡単に危険な目にも遭わないかも知れないが、万が一と言う事もあるし、そもそも人格的な所を疑われたりしたら……。
そこまで考えて、ラムは「俺はあいつの親か?」と疑問を抱き、考えるのをやめた。光る扉の中に踏み込む。
空間を通り抜ける感覚があってから、目の前にファルコン清掃局の裏口が現れる。
清掃済みの邪気である奇妙な生き物達が、穴を掘って捨てるしかない死霊のコアを集めて、缶のような物に押し込め、封印をかけている。
死霊のコアも、技術の応用によっては便利なんだがな……と、再利用できそうなエネルギー源の事を考えながら、ラムは建物の中に歩を進めた。
新しい町長は「エヴァンジェリーナ」と名乗った。笑みを浮かべないが、たいそうな美人で「エーヴァと呼んで下さい」と言っていた。
アンが近くに居ても、自分のほうから他人に流れる魔力流は感じない。むしろ、町長はアンと同じくらいの強さの魔力流を放っており、それはお互いを補い合うように親和していた。
「エーヴァは何かの神族の一種なの?」と、アンはお喋りの間に聞いてみた。
「何故、そう思いますか?」と、町長は聞き返してくる。
「私と同じくらいの魔力の持ち主って、大体、魔神か、高位の精霊か何かだから」と、アンはさらりと告げる。
「それは外れて居ませんね。けど、私は魔神ではありません。精霊でもありません。ヒントを与えられるなら……人間の概念の中の存在です」
「はぁ……。概念……」と、アンは、よく分からないと言う声を出す。
「ですが、よっぽど危険な事がない限り、私が人間の形を崩す事は無いので、安心して下さい。突然消滅したりはしませんよ?」
そう言っているエーヴァの表情と声は穏やかであり、どうにか町の主を安心させようとしているようだった。
町の中を歩いている間、アンは「昔の町の様子」を話し、エーヴァはそれを熱心に聞いていた。
その当時から存在した「日常的に異変が起こりやすい場所」の話を聞いて、エーヴァは持っていた地図を指で示し、「お話からすると、大体この辺りですか?」と訊ねる。
アンも地図を見て、「はい。この、湖に面した辺りの真っ直ぐな道です」と説明する。
話をしながら、実際其処に行ってみようと言う事に成り、アンとエーヴァは町の中を走るバスに乗った。
真っ青な空と凪いだ湖は、美しい景観を作っている。鴨が浮いて居なければ、空が地面まで広がっているようだ。
「相変わらず、すごいなぁ」と、アンは景色に満悦する。エーヴァのほうは、バスを降りた場所から、目的の道の方向を探している。
「アン。異変の場所はどの方向に?」と、質問も的確だ。
「あっち」と言いながら、湖を挟んで九十度の位置にある直線の道を指差した。
其処は土の道であるが、土に砂利を混ぜる事で一種の舗装がされていた。
アンは砂利で固められた道を歩きながら話す。
「前の町があった時も、此処で『恍惚状態』で身動きが取れなくなってる人達が発見されたの。だけど、誰もそんな状態になった理由を覚えてないし、体からも、薬物やアルコールの反応は無かったんです。
はっきりした死者が出た事は無かったんですけど、行方不明者は数名出ました。
夜にこの道を一人で歩いちゃならないって言う決まりが出来て、それから異常な状態で発見される人はいなくなったんです」
「以前の住人達は、その話を恐れていましたか?」
「勿論。町の七不思議だって言って、肝試しする人達も居たけど」
「アンは、夜間に一人でこの通りを通ったことは?」
「それが、無いんですよね。夜間のこの町に来たこと自体がないんです」
「それでは、貴女自身が原因を究明する事は出来ないのですか?」
「外の世界で、丸二日間くらい眠ってられたら、夜間のこの町の状態を観れるかも」と、アンは提案する。
町長は穏やかな様子で、「それなら、無理は言いません。私達の方でも、夜間のこの通りを調査します。貴女の心労が無くなるように」と述べた。
「お願いします。さて、怖い話はこのくらいにして、ランデブーを続けましょう。野鳥観察所にでも行きますか?」
アンの暢気な言葉を聞き、エーヴァは「ええ」と短く答えた。




