意識の奥底~アン町を行く 1~
決まった時間に起きて、定期的な食事を摂って、運動をして、健康観察を受けて、多大な暇を持て余す。それが、アプロネア神殿でのアンの毎日の過ごし方である。
暇な時間に眠っていると、「夜に眠れなくなりますよ」と言われて世話看役の巫女に起こされる。
そんな彼女の暇つぶしは、意識の町を散策する事だ。目を閉じていても、目を開けていても、彼女の意識内にある町では、人々の日常が繰り広げられている。
新しい意識の町に、以前いた住人は存在しないが、外から移住して来たらしいたくさんの人や人以外の者達が、以前よりも活気づいた町を形成していた。
分母が多くなると分子も多くなる。数が多ければその分事件も発生する。そう言う所は実際の町と変わらないようだ。
その日も、急ブレーキの悲鳴が響き、衝突をお互いにギリギリで回避した車の運転手達が、文句を言い合っていた。
またあの道かぁ……と、アンは遠景でその様子を見ながら憂慮していた。
繁華街から少しそれた十字路の中に、斜め横から滑り込んでくるように別の道が交差している箇所がある。その道を馬車や車が走る時、慣れていないと信号を見誤る。
右の道の信号を信じれば良いのか、左の信号を信じれば良いのか、とっさに判断がつきにくいのだ。
以前の町があった頃から、危ない道だなとアンも思っていた。
新しい町が再建されるとき、その道もそっくりそのまま再現されてしまった。おまけに綺麗に舗装されてしまった。
綺麗に舗装されている道を、車に乗る人々は好んで通る。そして道の先を知らずに事故を起こす。そんな事が新しい町でも続いていた。
「建物の跡地に、そのまま新しい建造物を作ったのは失敗だったな」
ラム・ランスロットは新しい町長と会議をしながら言う。「あの道だけじゃない。元々車が通る予定じゃなかった道も全部舗装したせいで、何処にでも馬車と車が侵入してしまう」
「危険な道を私有地にするか、一方通行にしましょうか?」と、新しい町長として選ばれた金糸の髪の女性が言う。「信号を増やす案は、通せないとの事でしょう?」
「ああ。信号が増えても、混乱を招くだけだ」と、ラムは答える。
その会議の中に、じわりと滲みだすようにアンの姿が現れる。彼女は何時の間にか、熱心に観察さていた町の地図を一緒に見ている。
「なんか大変そうだね」と、アンは声をかけた。
「大変だよ」と、ラムは言ってから、「あ」と、アンに気づいた。それからそれが何時ものように、「来るなら一言寄越せ」と文句を言い、会議を続けようとする。
「あの……。貴女は?」と、新しい町長は聞く。
「初めまして。アン・セリスティアと言います」と、アンは一度町長のほうに顔を向ける。「それで、困った道の事を話し合ってたんですよね」
「はい」と、町長は、この人物がこの町の守り神かと察して、ラムが説明を続けている困った道の話に注意を戻す。
「道の両脇には建物の出入り口があったりするから、道自体を無くすのは無理のようですね」と、アンは言う。「じゃぁ、車や馬車が入れないようにしちゃいましょう。道の入り口と出口に車止めを……」
「それが安直に出来たら話し合ってないんだ」と、ラムは文句をつける。「その道を車や馬車が通れないと、不便であると言う近隣住民の声が……」
「そんな所に、車を持って住もうとするから悪いんだよ」
アンは割と辛口だ。
「不便を言う人には引っ越してもらえば良い。それか、建物の構造を変えて、道と道の両端から出られるようにすれば良い。そうすれば、危険な方の道からわざわざ出かけなくて良いでしょ?」
「地価を考えると、分割出来ない場合、高級住宅に成ってしまうが」と、ラムが重ねて文句をつける。
「じゃぁ、住宅じゃなくて公的な施設を建設しちゃえば?」と、アンは至って気楽だ。
「三角地を公的に買い取るんですか?」と、町長は言う。
「そうですけど。三角地には呪いがあるとでも?」と、アンはふざけて答える。
「あ。いえ……。使い道があるかどうかと思いまして」と、町長は誤魔化す。反射的に、建造物を作るにしても面倒な土地を税金で買うのか? と思ってしまったのだ。
「使い道がなかったら公園にしましょう」と、アンは究極のアイデアを持ち出した。
問題のある道の周りは、高い建物が密集していて見通しが良くない。それが事故の原因の一端である事は確かだ。
その上、今町に住んでいる者達はほとんどが移住者で、町が機能し始めて間もない今なら、まだ自分達の家に思い入れもないだろう。
「住んでる人に気楽に移動してもらうなら、今しかないと思うんですけど?」と言って、アンはニヤッと悪い笑顔を浮かべて見せた。
自分の意見を伝えた後のアンは、町の散策に出かけた。馴染みの通りを歩いてみると、以前パン屋があった場所はバーバーに成っていた。それから、以前花屋があった場所は塾に成っていた。
その他にも、クッキーを名物にしていたお菓子屋さんはホットドッグスタンドに成っていたし、イチゴのタルトを主力商品に売り出していた喫茶店は店名が変わっていた。
アンは中々思ったようなお散歩にならなくて、ちょっとだけもやもやしてしまった。これだけ町の様子が変わってるのに、なんで道だけ形を守ったんだよ、と。
店名が「カフェ・テトラポリス」から「カフェ・ファニーボンボン」に代わってしまった喫茶店に入ってみた。
「いらっしゃいませー。空いてるお席にどうぞー」と、アンの事を知らない店員さんが、普通の住民達と同じ接客をしてくる。
こう言う所は新鮮味があって良いかなと、アンは思いながら、喫茶店のおすすめメニューを店員さんに聞いて見た。
「うちは名前の通りですよ。リキュール入りチョコレートを使った商品が売りですね」と、顔も体つきもふっくらした店員さんは、ニコニコと嬉しそうに対応する。
アンは「ホワイトストロングタワー」と名付けられた、リキュールの入っている白いチョコレートケーキと、シトラスオレンジティーを頼んだ。




