タイガとシノンのから騒ぎ~シチューパーティーに行こう 4~
そんなわけで、折々に関わっていたタイガとガルムであるが、ある日、基地で見かけたガルムはなんだか表情が暗かった。私服なので彼は今日は休暇で、何処かに出かけてきた後のようだった。
「お疲れ」と挨拶をして、「何かあった?」とタイガは声をかける。
「何も……」と言いかけてから、ガルムは辺りを見回し、「話を聞いてもらえる時間はありますか?」と、意を決したように言う。
「分かった。すぐには無理だから……」と、タイガは廊下の途中にある時計を見る。今は十四時だ。「十七時になったら。込み入った話?」
ガルムは無言で頷いた。
野外訓練所を遠くに眺める基地の敷地内で、車の侵入を防ぐパイプに腰を下ろしたタイガは、ガルムの話を聞いた。
内容は、ガルムが姉であるアンを「姉として見れていない」と言う話だった。
ガルムは打ち明ける。
「近くに居ると、心臓がやけに早く動いて、体が熱くなって。どうしたら良いか分かんなくなるんです。抱きしめたいとか、キスをしたいとか言う事なのかな……って、変な方向に考えちゃって。
子供の頃は、こんなことなかったのに。異常なんだって事は、分かってるんです」
それを聞いて、タイガは「そうか」と言って頷く。
それから話し始めた。
「僕がアンさんに初めて会ったのは、十六の頃だ。今にも邪気に呑まれそうだった補助部隊を助けてくれたんだ。すごいよね。あの力。まるで、消えそうだった魂に命を吹き込まれるような、物凄い力だった。
あの時、思ったんだ。『神様が降臨したのか?』って。そんなわけないって思って、神気を操れる誰かが……って考えたんだ。だけど、障壁を使いながら退避する時、見たんだ。白い髪の女神が降臨するのを」
ガルムはその語りを聞きながら、黙っている。話の筋から、白い髪の女神がアンの事であるのは分かった。
タイガは続ける。
「アンさんは、魔力の他に別の力を持ってる。僕はそれを、勝手に『魔性』って呼んでる」
「魔性……」と、ガルムは呟き声で復唱する。
タイガの話は続いた。
「呼び方は悪いと思うけど、アンさんは自分以外の誰かの生命を呼び起こす力を持ってる。心臓を震わせて、脈を運んで、どんなに死に近い者にでも生命を呼び起こす力。
それが彼女の『魔性』。ガルム君、君はそれに引き寄せられる感じがするんだろ? それは誰でも同じだ。彼女に出会った人達ならきっと分かる。僕も分かってる。
アヤメさんも、シノンさんも、ルイザさんも、ガートさんも、ナタリアさんも。その他にも、彼女に関わった全部の人達も。
アンさんは何も言わないけど、僕達は彼女って言う女神に、常に命じられているんだ。君の体に起こってるのは、その命令の影響なんじゃないかな。生きる事を命じられてる」
「生きる事を、命じられてる?」と、ガルムは疑問形で言う。
タイガは淡く口元を笑ませながら、こう続けた。
「その通り。君がお姉さんを姉以上の存在だと思うのは……たぶん、距離が近すぎるからだ。近くにいるだけでエネルギーが与えられるのに、それが何時もって成ったら恋もしちゃうだろう。
だけどね、ガルム君。君の事を思ってくれてる人は、アンさんだけじゃないんだよ?」
ガルムはその言葉を聞いて、誰の事か思いつかないと言う表情を浮かべる。
タイガは意地悪そうな笑みを浮かべて、「例えば」と言い出した。「マダム・オズワルド」と。
「それは嬉しくないです」と、ガルムは座った目をして言い返す。
タイガは冗談の後にこう述べた。
「それから、もう一人。何時も待ってる人が居るだろ? マダムと一緒にさ」
ガルムの脳裏に、アヤメの姿が思い浮かぶ。胸の中で心臓が強くはねた。だが、「アヤメさんは、確かにねーちゃんみたいな人ですけど……。俺に下心なんてありませんよ」と変な所を否定する。
タイガは口を真一文字に結んでから、息を吐く。
「何でそうなるの? まぁ、君も散々嫌な目に遭ってるから、そう考えちゃうのも仕方ないのかもしれないけど。あの人だって、君の料理を美味しそうに食べてくれるだろ?
神がかった恋心はお姉さんに捧げるとしても、一人の女性として、あの人を見てあげても良いんじゃないかな。アヤメ・コペルをさ」
そう説得しても、ガルムの表情は明るくならない。
「俺が意識を変えても……アヤメさんが俺の事を嫌いだったら、その関係は成り立ちませんよ。俺に『魔性』はありませんから」
その言葉から、しばらく間が空いた。遠くで、基地の食堂の開放を告げるベルが鳴る。
「料理って、魔法だよね」と、タイガは言い出した。「アヤメさんが言ってた。最近、凄腕のシェフと知り合ったって。あんなシェフが毎日料理を作ってくれる家庭は、幸せだろうなって」
ガルムは、赤面して俯く。
その様子を微笑まし気に目の端で観ながら、タイガは続ける。
「君にも、『魔性』はあるんだよ。空っぽの気持ちとお腹を一杯に出来るような。そんなわけで……」と言いながら、タイガは座っていた鉄パイプから立ち上がり、ガルムの肩にぽんと手を乗せる。
「僕の先輩の幸せな未来のために、イイ男に成って下さいよ。ガルム君」
ガルムは、話題をすり替えられてしまった気がしていた。だけど、反論する気は起きない。唯一点を除いて。
「君付けは、やめて下さい」
タイガはちょっと表情を硬くした。「お姉さんを思い出すから?」
「いや……。子供っぽいから」と、ガルムは真っ赤になったままの顔を、少し上向ける。「男になるなら、ちゃんとした大人の男に成りたいです」
タイガは作り笑顔ではない満面の笑みを浮かべ、「よく言った」と励ました後、条件を付けた。「だけど、僕達が君を大人の男になったって認めるまで、君付けはやめないよ?」
ガルムは厳しい審査を予感しながら、「努力します」と答えた。
その件を、何時ものバーで聞いたシノンは、「ふぇー。あの少年も悩んでたのな」と言っていた。「会う度に心臓がドキドキして、体が熱くなるってなったら、確かに恋心と錯覚しちゃうだろうな」
「シノンさんは、アンさんの印象はどうだったんですか?」と、タイガは尋ねる。
「スレンダーな女の子だなと」と、シノン。「俺はどっちかと言うと、ナイスバディを選んじゃうんだよね。出っ張りがしっかりないとなー」
「体のラインだけでルイザさんを選んだんですか?」
「いやいや。ルイルイに関しては、あの強気でたくましい所も大好きよ? 頭も良いし。それを含めてイイ女だと思ってる」
「シノンさんにとって、ルイザさんは完璧な『偶像』なんですね」
「いや……人間の女として見たいから、こう……愛を捧げているわけだけど」
「プロポーズもできない愛情を?」
「それを言わないでー。俺は散りたくないのー」と、シノンは嘆いた。「半径二メートルに近寄らせてもらえるだけでありがたいのー」
それを聞いて、タイガは心の中で「この人の恋も叶わなそうだな」と呟いた。




