ガルム君の小さな事件簿2
数日後の火曜日に、姉が帰ってきた。
見慣れないとんがり帽子を被っていて、仕事道具として使っている箒を持っている姿とセットで見ると、そのまんま「絵本に出て来る魔法使いのおねえさん」だった。
「まぁ、清掃員って言っても、魔法使いではあるもんね……」と、玄関で出迎えたガルムは、引いた感じで姉に声をかけた。
「この帽子? 似合うって言われたんだけどなぁ」と言いながら、アンはつばに触れて術を解除し、帽子を脱いだ。
玄関に入って、壁際にあるコート用のフックの一つに帽子をかけた。
「店員さんに?」と、言いながら、ガルムは帰って来た姉に茶を淹れようと、鉄製のポットに水を入れて、薪ストーブ式のコンロにかける。
「ううん。今回合同で仕事をした人」と言って、姉は潰れた髪の毛をくしゃくしゃとほぐしながら、リビングに移動し、寝椅子に座る。
「男の人?」と、聞きながら、ガルムは棚からハーブティーの缶を取り出す。
「ううん。女の人」
「ドラグーンの人?」
「ううん。ファルコン清掃局の人」
挙げた予想は全部違っていたが、情報は入ってきたので、「へー」と応じてから、茶葉を陶器のポットに入れて、コンロの火の様子を見た。
熾火にしてあった炭に要らないニュースペーパーを丸めた物を放り込み、新しい薪を追加する。このまま食事の準備もしてしまおう。
そう思って、「夕飯作るから、しばらくくつろいでて」と背中で言った。
「はーい」と言う姉の返事と、体を寝椅子に横たえた時のクッションの音が聞こえてきた。
炒めたひき肉を包んだオムレツと、鶏の骨で出汁を取った野菜スープ、そして朝に買って来てあったパンを焼いたものが、食卓に並んだ。
「美味しそう」と言って、アンはカトラリーを手に取り、自分の目の前に在る真ん丸なオムレツを切り始める。一口分をフォークに刺して口に運び、噛み砕いて飲み込んでから「うん。我が家の味だねぇ」と、料理係を褒める。
ガルムも自作の料理を口にして、「うん。そこそこに出来た」と言う。
「私が居ない間、食糧足りてた?」と、姉は聞いてくる。
「まぁ、贅沢をしなければ食べていける程度はあったよ」と、ガルムは返す。
「一日のメニューは?」と、少し意地悪そうに姉は問う。
「朝は目玉焼きを乗せたチーズトースト。昼は給食。夜はベーコン入りのミルク野菜スープ」と、ガルムが淡々と説明すると、「給食って助かるよねぇ……」と、姉は遠い目をする。
「そりゃぁ、栄養バランスはすごく在るからね……」と、ガルムは言ってから、「口に合う合わないは置いておいて」と付け加える。
「美味しくない物もあるの?」と、姉。
「うん。たまに、『どんな調味料を混ぜたらこんな味になるの?』って言うのが出てくる。悪い意味で」
ガルムの言葉を聞き、アンは苦笑を浮かべる。
「下手したら、何も混ぜられてないかもよ? 一般の人は薄味が好きだから」
「薄塩味でポテトを食べるのには慣れてる」と返してから、ガルムは「そう言えば、ちょっと前に……」と、思い出したようにミーラの件を話した。
そうすると、姉はそれまで緩んでいた表情を少し引き締めて、「ガルム君。君は、女の子の誠意より、容姿を重要だと思ってるのかい?」と、少し怒った声で聞き返してきた。
機嫌を損ねるとは思っていなかったので、少年は慌てた。
「違うよ。唯、その……。揶揄われるのって、良い気分はしないだろ? それなのに、なんでわざわざ……」
言い訳をしようとすると、姉は「そう言う所が、外見で判断してるって言うの」と、ガルムを叱った。
「その女の子にとっては、自分の外見がどうだとかは生活する上で関係ないの。それより、鍵を忘れて行って、寒い風の中を学校まで引き返す事になる君を、可哀想に思ったの。
素直に『ガルム君が大変だ。可哀想だ』と思ったその女の子は、可哀想な君のために鍵を届けてくれたの。分かる? 君は、鍵を渡してくれた女の子の外見を気にして『可哀想がってる』けど、君の同情心より、その女の子の同情心のほうが、よっぽど上品なの」
こういう時の姉は、冷静にとつとつと、人の道を説いてくる。仕事中の冷静さを垣間見せる時だ。
人間は、美しい外見をしている者には美しい心が宿ると思っている節がある。逆を言えば、美しい外見をしていない者は、美しい心を持っていないとさえ思っていると言う事だ。
姉は、少年がそんな世俗の価値観に染まってほしくないのだろう。
確かに、ガルムは鍵を持って来てくれたミーラに対して、真っ先に彼女の外見をチェックした。心を気にするより先に、外見を気にしていた。
その上、ミーラの外見が見劣りがすると言う理由で、なんで自分に鍵を渡しに来たのか分からないようにさえ思っていた。
しばらく考えが纏まらなかったが、その後は無言で夕食を済ませ、少年は食器を洗い、姉は風呂に入った。
食器を洗う間も、ガルムは考え続けた。
もし、ミーラの外見がルミネくらいに可愛かったりしたら、俺は……有頂天になったりしてたのかな? でも、鍵を持って来てくれた女の子があんまり可愛くなかったから、誠意からじゃないって思ってがっかりしたのかな? 俺って、そんな嫌な奴なのかな。
もし、ミーラの外見が、ヘルナくらに不細工だったら、鍵を持ってきたことを迷惑に思ったりしてた……かもしれない。俺んちの鍵に触るな、くらいに。
少年は、自分は嫌な奴だと言う結論に到達して、指摘されなければ自分の欠点に気づかないくらい頭が悪いと納得した。
翌日の学校で、ガルムは改めてミーラにお礼を言った。
「何が?」と、ミーラは返した来たが、「鍵の事だよ」と言うと、「ああ、あれ。うん……。お礼は受け取った時の一回で良いから、気にしなくて良いよ」と、ミーラは応じる。
あまり、同じ話題で何度も話しかけてこないでくれと言う風だ。
「実は、その事、ねーちゃんに話したんだ」と言うと、「そう……」と返ってくる。
自分がミーラをどう思ったのかを話そうとすると、別の同級生の中でガルム以上に頭の悪い奴が、「なーに、二人でこそこそしてんのー?」と、からかって来た。
「小デブちゃんに構ってあげてるの?」と、女子の中でも嫌な奴が同じく声をかけて来る。男子もそれに参加する。「小デブちゃんはやめときな。莫迦が移るよ」
ガルムは何と言い返そうか迷ったが、「あんた達に莫迦って言われたくない。トウキビ女とビール男」と、素早くミーラが言い返した。
確かに、先に「小デブちゃん」と呼んできた女子は、脱色をしてるのが分かるきんきら金の髪の毛をしているし、次に呼んできた男子は、苗字がブランド品のビールと同じだ。
二人は口の数でミーラを更に悪く言おうとしたが、「確かに喧嘩を仕掛けてきたお前達のほうが悪い」と、ガルムはきっぱり断った。「それに、他人が話をしている所を邪魔するな」
ミーラはガルムが自分の味方をしてくれると思ってなかったのか、目をぱちくりさせた。
ガルムと「一緒に」悪口を言っていい気分になろうと思っていた二人は当てが外れた。
「ガルムってミーラが好きなんだ」と言う訳の分からない事を言いながら、教室の反対側に去った。




