28.秘密のお話
居室に帰って来たノックスに、既に部屋着に着替えていたガルムは話しかけた。
「志願したんだって? 新しい兵器の操縦者に」と。
「おう」とだけ、ノックスは答える。
それから後は沈黙が垂れ込めた。
何か隠してるパターンだ、とガルムは気づいた。なのでインタビューを続けた。
「どんな兵器なんだ?」
「実用までトップシークレット」と、やはりノックスはぶっきらぼうに短く。
「ま、でしょうけどね」と、ガルムは返した。
ガルムがアンナイトの事をノックスに話すようになったのも、実用実験の段階に成ってからだ。
そこで、ガルムはかまをかけてみた。
「俺も、アンナイトの新しい使い方の訓練を受けるようになったんだが」
「疑似形態の事なら聞いたぞ」と、ノックスはベッドの下段で着替えながら言う。
「教えたのは覚えてるよ。それ以外の使い方だ」と、ガルムはベッドの上段で横たわりながら、肘をついた手に頭を乗せている。「例えば、複数の船をすごい勢いで、空の彼方に飛ばす方法とか」
「ふーん」と言うノックスは、何のことか気づいていないっぽい。
「その船は、小型の潜水艦みたいな作りで、内部に生命維持の術がかかっている」
ガルムが説明を続けると、部屋着の襟から頭を出したノックスは、ちょっと考えるような間を置いて、「それで?」と、はぐらかそうとする。
「だけど、通説として、魔力波はテラの環境内じゃないと効力を発揮しない。それで、一個一個の船に、『環境反映』って言う、新手の術を開発してかけることになった」
「そうか……」と、ボソッと言うノックスの声を聞いて、手ごたえありとガルムは察した。
そこで、ガルムは深層に近い所を刺した。
「宇宙に行ってみたい夢とか、持ってたのか?」
バタッと、両足を床に着く音がする。正確には、ノックスの足が室内用スリッパの上に置かれたのだ。身をひねって二段ベッドの上段の柵に手をかけ、ノックスはガルムを睨む。
「何処まで知ってる?」と、何時になく冷たい声で聞く。
「ほとんど全部は」と、ガルムは話を盛った。「俺とアンナイトが『発射台』になる予定だからな。打ち出す物が何なのかは聞いてる」
その言葉を聞いて、ノックスは聞えよがしな長い溜息を吐いた。
「秘密にしておきたかった俺の気持ちを考えろよ」
そう言って、ノックスは下段のベッドに座り、膝の上に肘を立てて、両手で顔を覆う。
「でも、そうか、お前が……。まぁ、適任者だと言えばそうか」
そのボソボソ声を聞いて、ガルムは変な顔をする。
二段ベッドの上の段から逆様に下段を覗き、「何だよ。辛気臭い声出して」と揶揄う。
「なんにも覚えてない奴は、新しく覚え直さなくて良いって事だ」と、ノックスは謎々の様な事を言う。
「俺が憶えてないって言うのは……きょうだいの事? 何か関係あるのか?」と、ガルムは引っかかる所すらないような顔をしている。
「ああ、良いの良いの。忘れちまったもんは仕方ないんだから、忘れてろ」
突然ノックスはイライラし始めた。
「世の辛みとか、怨みとか、そんなもん思い出さなくて良いの」
そう言って、逆様に成っているガルムの頭を、指の先でぺしっと叩く。
ガルムとしては、なんとなく、そのソフトな叩き方が気持ち悪い。
「何?」と、ガルムは聞く。
「何って?」と、ノックスは聞き返す。
「頭を優しく叩かれる意味が分からない」
「意味なんてねぇよ」
「とりあえず、お前が志願したのは、宇宙への夢とか憧れじゃないって事か?」
「そんなもんだ。それとも、夢とか憧れを持ってたほうが良いか?」
「なんで俺にそれを聞くの?」
「もし、発射に失敗したら、その『船』に乗ってた奴は死ぬんだぞ」
「失敗する気がしない。この間、貨物カプセルを打ち上げてみたけど。今の所、俺のほうの訓練も上手く行ってる」
「唯の貨物と、人間が乗ってる船じゃ、違うだろ」
「そりゃぁ……。細心の注意は払うよ。俺が原因で死人が出ないようには」
そんなやり取りをしてから、ノックスは、また長く息を吐く。その後に呟いた。
「なんで、お前達ばっかりなんだろうな」
「は?」と、ガルムは語尾を上げる。
「世界の運命だの、星の未来だの、来訪者だの……。そんなもん、本当なら、どうでも良いはずだろ? なのに、なんでお前達だけ、その責任を負わなきゃならないんだ?」
「達って誰?」
そうガルムは聞いたが、ノックスのほうには聞こえていないようだ。ノックスはベッドから立ち上がり、ガルムのほうを向いて言葉を続ける。
「兵士なんて仕事、選ばなくても良かったはずだろ? 本当なら、学校通って、魔力を使った仕事に就いて、彼女作って、結婚して、子供作って……きょうだいに、その子供を見せたりして……」
そう言って、ノックスは突然ガルムの襟首をつかんだ。
グイッと引き寄せられた時、ベッドから引きずり落されると思って構え、両手で柵を掴んだ。しかし、ノックスは、引き寄せたガルムの頭を両腕で包み込む。
「お前達だけに、着せたりはしない」
そう言葉をもらすノックスの声は上ずっている。
「責任も、運命も、世界も、未来も、お前達だけに押し着せたりしない。力のある奴だけに戦わせて、世界は平和に成りましたなんて、笑い話だ」
なんだか分からないが、ノックスは泣きたい気分らしい。しかし、不自然な姿勢で首を抱え込まれているガルムは、息苦しくて仕方ない。
「落ち着け。おーちーつーけ」と、ガルムは囁いた。
大声を出すと、以前のようにコナーズ辺りが乱入してきかねない。そして、この状況はあらぬ疑いを加速しかねない。
ソフトにノックスの肩をパチパチと叩くと、少し落ち着いたらしいノックスは、ガルムの首を離した。
ガルムはこわごわと、ベッドの壁面のほうに避けた。
ノックスは、目を伏せたまま言う。
「世界の平和に戦いが必要なら、俺も戦う。俺も兵士だ。それに……惚れた女の守ろうとしたものなら、俺だって守りたい。世界も、星も、お前も」
ノックスにとっては、本当はアンに聞かせたい口説き文句だっただろう。だけど、言える相手はその弟しかいない。
姉の事を覚えていない奴に行っても意味が通じないだろうと思ったが、その通りだった。
「何か分からんが、あの……。お前って、その気ある方なの?」
そう気味悪そうに聞かれて、ノックスは思わずガクッと肩を落とした。それから、「ねぇよ」と、何時も通りに答えた。




