27.長期訓練
邪気発生地帯には、霊体も多く集まる。霊が居るから邪気が発生するのだと、言われていた時代もある。
近年、邪気と言うのは「油田と同じ、天然資源の一種である」と認識されてから、何故霊体は邪気ある場所に集まるのだろうと、疑問視されるようになった。
清掃局の者は、「霊体もある種のエネルギーですから。消耗したエネルギーを補給しに集まるんでしょう」と答えた。
ついでに、「通常の霊体が、邪気発生地点で凶悪な力を得てしまうと、邪霊とされます」と言う説明を述べた。
それは清掃員達の間では常識らしく、何処の局員でも同じような事を言う。
「発生時から『邪気』を放ってる霊体も居ますけど、よっぽど世の中に恨みがあるとか、死ぬ時に物凄い苦痛を味わったとかじゃないと、人間の霊体が直接邪霊になる事は滅多にありません」との事だ。
それ等の情報は、置き型水晶版で伝達される公共放送でも報じられた。
その日も、ハウンドエッジ基地の偵察兵達は、耐久装置を付けた状態で邪気発生地点を調べていた。
ガルムが知っているメンバーとしては、先輩のほうはコナーズ、後輩のほうはトールとガッズが居た。ノックスは別の発生地点を調べに行っており、その場には居なかった。
遮断の術がかかった防護服を着なくなってから、一目で誰が居るのか分かるのは良いのだが、スチールのアームで出来た耐久装置は重い。
黒い液体が吹き出ている沼の傍らで、係の者が測定器を構える。今日のこの係はガッズだ。彼は偵察兵としては新米に近いので、現場に来たら一通りの仕事はやらされる。
「測定、開始します」と述べてからスイッチを入れる。「濃度二十……いや、二十七? ん? 三十五?」と、変な事をブツブツ言っている。
「濃度が上がって来てるのか?」と、古参の隊員に聞かれた。
「そうなんです。でも、なんでこんな急激に?」と、ガッズは慌てている。「三十八……五十……二?」
何かの霊体が近づいてるパターンだ、と言う事は、古参陣は分かっている。それをすぐ教えないのは、分かってないで慌てている新米の様子を面白がっているのである。
夥しい邪気を吸入して巨大化した霊体が、沼の中から、どろぉ~っとした様子で現れる。ズタボロの布を全身に纏って、泥の中をのたくり回った人間のように見える。
「おお」と、古参陣は思ったようなものが出て来て歓声を上げた。
測定器を見つめるガッズは、目の前の沼から現れたものに気づいていない。
古参陣は、いざと成ったら助けに入れる距離だけ、サッと新米から離れる。それから、「ガッズ・ノーク。周りはよく見ろ」と、意地悪な奴が声をかける。
「はい!」と答えて、実際に周りを見たガッズが、沼の中から自分に近づいてきているものを見つけて硬直した。
ああ、フリーズしちゃったか。
そう思っている周りの連中は、ギリギリまで助けに入らない。
泥の衣をまとう霊体が、ゆっくりとガッズに近づいて行く。新米兵士は目と口を開いたまま、身動きが取れないでいる。
流石に不味いな、と思ったガルムが、背後から近づき、ガッズの口に手を当てて声を塞ぎ、静かに霊体から引き離した。
その途端、霊体はブルンッと、腕らしきものを振るう。飛沫がガッズの衣服の太腿につき、じわじわと浸食し始める。
無数の針で刺されたような痛みに、ガッズは顔をしかめた。邪気は、ぶすぶすと音を立てながら軍服と皮膚を焼く。食いしばった歯の間から、呻き声が漏れそうだ。
ガルムは自分より背丈のあるガッズを、ひょいと抱え上げると、沼から離れた場所に連れて行った。その間に、負傷部分に触れて浄化と治癒を施す。
ガッズは礼を言おうと口を動かしかけた。ガルムは唇の前に指を立てる。
遠くの方で、霊体との戦闘が始まった。
ガッズは痛みに気を取られていて全然気づかなかったが、霊体と戦っている場所が「遠い」と認識できるくらい離れた場所まで、速やかに運ばれて居たのだ。
後輩を地面に置いたガルムは、やはり足音も気配もない動きで、兵士達が警戒しない程度の背後まで接近し、戦場に向けて、片手をふわりと伸ばす。
ある兵士が使った「風弾」の魔術が、化物の体に無数に穴をあける威力を得る。
動きの止まった霊体に向けて、別の兵士が「解除」の術を放つ。霊体の纏っていた泥の衣が、四方八方に一気に剥がされる。
芯に成っている霊体は、小さな骸骨の姿をしていた。人間の子供より小さい。生前は何かの小動物かと察された。
纏っていた邪気は、泥の塊と化して沼に落ちる。小さな霊体は、身を震わせている。
ガルムが沼の縁から骸骨に向けて手をかざし、「浄化」をかけた。小さな骸骨は白い煙に成って形を無くし、霧散した。
ジープで帰る途中、ガルムはガッズから「あの化物は何だったのか」の質問を受けた。
「言葉としては変だけど、大型の小動物だ。人間から狩られそうになって、あの沼に飛び込んだらしい。それで、邪気に飲まれたんだ」と、ガルムは教えてくれた。
「ガルムさんは……。特別な力を使えるんですか?」と、ガッズは、ガルムの近くに座り込んで、何だかぐいぐい聞いてくる。
「特別って事は無いけど、『浄化』は使える」と、ガルムは片手を見せる。
「その他には?」と、ガッズは続けて聞いてくる。
「えーっと……。『増幅』と、『治癒』と……他のは、基礎教養の通り。『状態回復』と『状態保存』と『殻』と『固定』とか、色々」
ガルムが答える間も、ガッズはじりじりと間を詰める。
古参達はニヤつきたいのを我慢している。ジープが町に入る道の途中で一時停止した時、見かねたトールがガッズの頭を掴んで、ガルムから引き剥がした。
「近づきすぎだ。わきまえろ」と言いながら。それからガルムのほうに顔を向け、「すいません。筋肉馬鹿が馬鹿な事を聞いて」と謝った。
「いや、まぁ……」と、ガルムは言いにくそうに呟いてから、「分かったけど、首を決めるのはやめたら?」と述べた。
トールは癖のように、ガッズを引き離すと同時に首に関節技を掛けていたのだ。
そんな日々を送っていたある日、明識洛国内の兵士達の一部が、大型の施設に呼び出された。
水の張られた大きなプールがある場所で、其処には金属製のカプセルのようなものが、複数浮かんでいた。
呼び出された中には、ノックスとコナーズとトールが居る。
「これから半年をかけて、君達には訓練を受けてもらう」と、上官が言う。「このカプセルの中に入って、外部が無酸素の状態で指令通りの行動が出来るようになってもらいたい」
それを聞いて、コナーズがサッと片手を上げる。
「何だ?」と、上官は返す。
「内部のスペースは限られているようですが、酸素の補給は?」と、コナーズが聞く。
「生命維持に関する術は装備されている。しかし、一定時間での魔力の供給が必要だ」
上官はそれを説明したかったと言う風に答えた。
「一つのカプセルに搭乗できるのは三名。そのうち二人は魔力保持者を配備する。残る一名は、カプセルの操縦の方法を主に学習してもらう」
なんだか分からないが、戦車と似た新手の兵器なのだろう……と、兵士達は想像していた。




