26.夢幻の如く
ジークは、「エデン」の城の中に残された魔力の形跡から、ヤイロ・センドがどのような術で「永劫の者」達を流転の泉に送ったのかを、調べなければならなくなった。
その注文は、サクヤ・センドから直々にジーク本人の所に申し込まれた。カーラの能力では、恐らく解析までは辿り着けないとして。
そんなカーラは、数の増えた「魔神の子」達が、境界線から外に出ないように、防壁に追加の術を施すと言う仕事を続けている。
「暇人には仕事が回ってきますねぇ」と通信の中で言うと、「お忙しい事は存じております。ですが、この星が存続できるかが、かかっておりますので」と、サクヤは述べた。
忙しい事は分かってんのな、とジークは心の中で思い、「そいじゃ、ちょちょっと調べて、ささっとそっちに知らせるわにゃ」と返事をしてから、さっくりと通信を切った。
「この人は何時でも大変そうですね」
ジークの部屋に溜まっているシャニィが、床に座ったまま、ちらっとジークを見てそう言う。メリュジーヌが屋敷に滞在中なので、暇な時間を潰しに来ているのだ。
「アシュレイさん達は今日は来ないんですかねぇ」
「来ないんじゃない? 屋敷の主人が休んでるって知ってるなら」と、シャニィの隣に胡坐をかいている蝙蝠男のエルトンが言う。
「そうですよねぇ……」と、シャニィは視線を遠くする。「メリューちゃん、クレヨンを握りつぶす癖が治ったら良いんだけど……」
「そんな癖があるの? あの幼児?」と、エルトン。
「あるんですよ。なんか、力加減が苦手っぽいですね。あの……ぬいぐるみのチーターの尻尾も、取れかけた事があるらしいし」
「それは、間違えた遊び方を教えた人の責任だと思うけど」
「その責任のある人も、羊の鼻を潰すのが趣味ですから」
「ああ……」
シャニィとエルトンのやり取りを小耳に聞きながら、責任のある奴は「城」の中でシャドウを動かしている。
新しく雇われたばかりの、少年とも言える年齢の下男は、本人の聞こえる所で悪口を言っているような話に参加しようもなく、膝を抱えて黙り込んでいる。
ジークは、シャドウが問題の部屋についた時点で、ちらっとお喋りの輪を見ると、「其処に溜まってる奴等。集中するから、ちょっと黙りんさい」と申し付けた。
ヤイロが使った術は複雑だったが、主に「圧縮」と「封印」と「隔離」と「飛翔」である事が分かった。
敵を圧縮で拘束し、術も思考も使えないように封印し、部屋丸ごと一個の空間を隔離して、飛翔で星の外に送り出した。
やった事は単純だが、本来魔力的な力が届かなくなるはずの宇宙空間へ、高速で飛翔できるほどの「神気」を込めたのだ。
東の大陸の六つの地点に居た「主」と「守護幻覚」達の神気を、二重デルタの術で強力に増幅して。
「物凄い事をやってのけたのな」と、ジークは納得した。
恐らく、宇宙空間に行ってからは、慣性の法則で、方舟はひたすらまっすぐ進んだかもしれない。流転の泉にしっかりと辿り着くように設定してあったのかは、もっと細かく解析をしないと分からない。
これを人間を生きたまま運ぶ能力に応用するとなると、必要なのは「隔離」と「飛翔」だ。それから、生命維持のための術と、飛翔方向を操る術、運送した物を「隔離」の外部へ送り出す術なども要る。
「物質的な仕事も必要か。二年で間に合うかねぇ」と、シャドウを操りながら愚痴る。
だが、間に合わないと決めつけなくとも良いだろう。人間と言うの数が居るのだから。
再び通信を起動してサクヤの所に繋ぐ。実際に使われた術の解析と、ジークが思った意見を、本当にささっと伝え、「まだ不明な部分があるから、ニ、三日待ってくれぃ」と猶予を申し出た。
「お願いします。どんな些細なデータでも構いませんので」と、サクヤは真摯に訴える。
ジークとの通信を終えてから、サクヤは明識洛の軍部に通信を入れた。申し込んだ内容は、「外部と完全に隔離された船」を作れるかどうかと言う事だ。
その船は一台ではなく複数必要で、術では補えないどのような機能が要るのかを説明した。
「その船の開発と製造のための期間は?」と、軍部関係者は聞いてきた。
「一年です」と、サクヤは答える。
「一年以上伸ばす事は?」と、問われ、「テラが破滅して良いなら、何年でも伸ばして下さい。私が断言できる猶予は、一年です」と、繰り返し伝えた。
二年後に、ほぼ確実に来訪者が現れると言う情報の出所が、「予言」に因るものだと言う事は、伏せられた。
表向きは、宇宙観察団体の「電波収集」から算出された結果であるとされている。
たった一人の人間が残した「予言」より、複数の人間が同じことを知っているはずの「収集」のほうが信じられる……と言う、多数決に重きが置かれたのだ。
それに、未来についての予言はとても危険なものである。現在の時間軸にいる者達が、未来に起こる事を知ってしまう事で、「無気力」にならないとも限らないのだ。
もしくは、「宇宙人」に夢を見る者もいるかもしれない。異なる銀河系団と言う、遥か彼方から現れた者達は、とても素晴らしいプレゼントを持って来てくれるのではないかと。
私立初等科の三年生になる「ユエ・コトブキ」と言う名の少女も、お父さんからこっそり教えてもらった、「もしかしたら二年後に宇宙人が来るかもしれない話」を、心の中で何度も夢見ていた。
きっと、宇宙人は「どんな病気も癒せる薬」や「誰でも簡単に空が飛べる機械」なんかをたくさん持って、まだまだ技術が足りないテラの人々に、教授をしに来てくれるのだと信じていた。
宇宙人の言葉は、魔術で翻訳できるかな? 宇宙人がこの星の中に来てくれるなら、誰かが翻訳できるかもしれない。
二年後って言ったら、私も十二歳になってる。魔術を使う者としてはちゃんと大人として扱ってもらえて、重要な秘密だって任せられてるかもしれない。
その時に、私が宇宙人の言葉を翻訳出来たら? と考えると、胸がドキドキしてくる。
ユエは、その時のために語学をもっと勉強しようと心構えを持った。初等科で習う「言語」の授業だけじゃ足りない。もっとたくさん勉強しなきゃ。
そう心に決めた少女は、その後、語学の天才児と言われるほどの能力を発揮することになる。
異なる銀河系の宇宙人と話すと言う壮大な夢を抱えたまま。




