24.守り人
日光を遮る、丁度良い曇り空が広がる。その天頂にはキマイラではない飛龍達が、数体連れ添って飛んでいた。彼等は「エデン」を包む守護の壁の中で飛ぶことと、森での狩りを楽しんでいる。
狩りの時、巣穴まで逃げ切るか、追い詰められて向かってくると言う、勇猛な行ないを見せた獣は、優秀な生命体として扱い、命を取らない事をしっかり教えてある。
そんな昼に、サブターナは精霊術の勉強をしていた。先生である精霊マァリの部屋で、聞いた話のメモをノートに記述している。
「チトラ達が西の森でフォリング族の子供とケンカしてる!」と言う、緊急の伝令が来た。
「両方捕まえて来て!」と、別の事を考えていたサブターナは、手元でペンを動かしながら伝令に向かって叫ぶ。
それを聞いて、マァリは面白そうに目を細める。「元気な子が増えて大変ね」
「うん。みんな、自分の子を作るのが面白いんだろうね。十日で五十も子供が増えると、育児に手が回らないよ」と、サブターナ。「それで、『千里眼』には、水と風と火の力が必要……で、あってるよね?」
「あってる。その力をどの順番で使うかは?」と、マァリから出題が来る。
「水を呼び出して、火で歪ませてレンズを作って……風で……なんだっけ……照射? する」
「ええ。大体あってる。だけど、照射って言うのは術の名前でもあるから、『風で送り込む』って書いておいたほうが、後々混乱がないわ」
「そっか」と返事をして、サブターナは「風で照射」と書いていたスペルの上に二本線を書き、ページの空いている所に「風で送り込む」に書き換えた。
サクヤとの話し合いでは、「私達が人間のする事の『許可』を出すわけに行かない。向こう側のエネルギーを集めるにしたって、全部あなた達の責任で行なって」と、サブターナは述べた。
それから、「許可を出さないからと言って、人間達に勝手や自由を認めてるわけじゃない。『エネルギーを枯らさない事』と、『土地の環境を破壊しない事』と、『固有種の生き物を殺さない事』。
最低でも、この三つを守って。この条件のどれか一つでも破られたら、私達はエネルギーを求めてくる人間を外敵と見なすわ」と告げた。
以前の、少し弱弱しいような仕草は一切見せない、サブターナの毅然とした様子を見て、サクヤは「この子も、国を守る者なんだ」と認識した。
そのサクヤは、ようやく倭仁洛の屋敷に戻り、書斎で一息ついていた。
執事が荷ほどきと紅茶の用意をしている間も、サクヤはメモを見返し、頭の中で考える。
ファルコン清掃局の仲介を経て、邦零大洛に行ってくる事が出来た。そして現地で開発されている「弾丸」の実験映像や、まだ中身が入っていない「ドラム缶」を見せてもらったりした。
その「ドラム缶」は、ドラム缶と言うには大きく、「缶」の後ろ部分に飛行機の尾翼のようなものがついていて、中身が入っていない状態でも「封印」の力が強く働いている。
砂漠で行なわれた実験の映像も見せてもらった。仮設の建物や人形が置かれている「町」の中に、邪気から変換した増幅エネルギーを詰めた「ドラム缶」を設置し、封印を解除すると言う実験だ。
爆発を起こした増幅エネルギーは、放射されたエネルギー同士がさらに増幅し合い、一面を焼き尽くす。
それによって、爆発の中心部にあったものは熱と化して消滅し、町の中にあった人形は人の形を留めている炭と化し、残った設備も、しつこい邪気の汚染に遭った。
「環境を汚してしまうと言う点では、あまり良質な『弾丸』とは言えませんが、威力では今までのどの様な兵器と比べても、追随を許しません」と、開発者は語った。
同じような「弾丸」が、西の大陸で造られていると言う情報の真偽を聞いたが、「あの国のニュースペーパーをご覧になったことは?」と、逆に聞き返された。
サクヤは、開発者からニュースペーパーのスライドを見せてもらい、確かに西の大陸で「目覚ましい快挙」として取り上げられている、爆発型の兵器の存在を知った。
知ったとしても、私は何を決断し、どう行動すれば良いのか。
サクヤは、その事について悩んでいた。まだ、父であるヤイロの様な行動力も、世界を導けるような力も、自分には無いと言う事を痛感した。
教えて、ササヤ……いいえ、アンバー。
サクヤは念じる。
私には、世界が破滅する様子しか想像できない。この情報は、どんな風に理解すれば良いの?
そう祈っても、サクヤの中に居るはずの、姉の声は聞こえてこない。
その代わりに、デスクの傍らに置いてあった水晶版に通信が入った。
魔力の発信源は、水晶版に登録されていない。水晶版と音声通信を起動し、「どちら様ですか?」と訊ねると、通信の向こう側で、知らない声が名乗った。
キマイラや複製魔獣とは違う、魔神達の「子」が作られるようになってからも、ジークのシャドウはすっかり帰りそびれていた。
今日も、サブターナが書いたエムツーへの手紙を伝書塔に持って行くと言う、使い走りをしている。
邪気から、魔神の子を作る事が出来ると言う方法は分かったが、霊力と魔力の併用や、「子」として固定した邪気を再び解凍するには? と言う部分で魔神達は躓いており、ジークのシャドウもその度に調べられている。
何回俺をヌードにすれば気が済むのかねぇ。
そんな見当違いを考えてみて、ジークは自嘲する。
まともな肉体的部分が腹部から胸部、それから首と頭の一部と左腕しかない人型龍族の裸など観察しても、大昔に作られて部分欠損した、彫刻でも観てるような気分だろう。
機器として取り外せる所以外も、隣接している組織は肉体ではなく融合装置なのだから。
エムツーとサブターナのやり取りは、先に出会った伝書塔の管理人に任せてある。彼の名前はファラーと言うらしい。
あまり当てにするなと述べていた割には、ジークのシャドウが「サブターナからエムツーへの手紙」を任せると、「後で渡しておく」と言っている。
機会があったらではなく、後で、と、割と確実に渡してくれそうな返答を返してくるので、「じゃ、頼むわ」と伝えて伝書塔を去るようにしている。
西の森で喧嘩をしたらしい、魔神の「子」と、フォリング族の子供が、城の者に引っ立てられてきた。どうやら、お互いの言い分を聞いて喧嘩の種を摘む予定のようだ。
個体数が増えると社会も込み合ってくるな、と、ジークは城に戻る道すがら思った。




