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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第八章~何時か聞いた君の~
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23.あなたの願い

 ノックスは、自分には魔力を操る才能がない事を知っている。だが、アンの中に残っていた「彼女」は、誰かにその言葉を伝えたがっていた。

 だから、「彼女」は、ノックスのおまじないにすら縋った。

「二年後、流転の泉から来訪者が来る。この星の『浄化能力者』を狩るために。その時、俺達……ハウンドエッジ基地の兵士も、他の国の兵に混じって戦線で戦う事になる。魔力を持ってる者も、持ってない者も。

 その時の戦いで、戦死する者も居る。ガルムも、その一人だ」

 基地に帰り、ノックスは記録係の前でそう述べた。

 ノックスの言葉は続く。

「ガルムの戦死を知った彼女は、来訪者の消滅を願った。その時、『刻を告げる者』として選ばれ、世界を選択する余地を与えられた。

 彼女を含めて、『刻を告げる者』は十二人いる。彼女達が選ばれたのは、来訪者が訪れるより先に、流転の泉に移動して、来訪者達の魔力を失わせる計画のためだ。

 それで、彼女は二年後の世界から、二年間を遡って、『刻を告げる者』としての余生を過ごした。その後、彼女は流転の泉に移動しようとした。その時、ガルムに止められたんだ。

『残される者の気持ちも考えないで、居なくなるな』って言う事を、怒鳴るみたいに叫んでたって」

 記録係は、一度水晶版から顔を上げ、「その時のガルム・セリスティアは、霊体だったの?」と聞いてきた。

「それは分からない」と答えると、記録係は「そう。他に分る事は?」と問いかけてくる。

「俺達が、用意しなきゃならない事が、幾つか」と、ノックスは言葉を続けた。


 記録聴取が終わってから、ノックスは廊下を移動しつつ、溜息を吐く。

 廊下の途中で待ってたコナーズが、「で?」と聞いてくる。

「ああ。うん、なんて言うか……」と、ノックスは呟いてから、「俺も、あんなねーちゃんが欲しいよ! って言うか、無理。ねーちゃんとして見れない。もう、守ってあげたいもん、あんな女!」と、髪を掻きむしって嘆いた。

 兵士としては不謹慎な言葉を、大声で叫んだノックスの頭に張り手をくらわせてから、「分かるように喋れ」と、コナーズは注文する。

 其処から、ノックスの「ねーちゃん」に対する、ガチ恋に至った心境の経緯が語られた。聴取で喋った部分以外を正確に。

「俺等が思い出せなかった、あやつのねーちゃんの名前は、『アン』って言うの。

 そのアンねーちゃん……いや、アンさんが、ある事件の時、健気な事に、弟を失いたくない、弟を失う世界なんて無く成れば良いって言う願いを、一心に願ったのよ。

 そうしたらば、その願いに掛けられた……たぶん魔力だと思うけど、その力の強さに目を付けられて、例の泉への生贄に選ばれちゃうわけ。その代わりに、弟を失う前から時間をやり直せるって言う好条件で。

 でもって、アンさんが全部の準備を済ませた時に、訳も分かって無いあやつが止めに入っちゃって、アンさんは目的が達成できないまま、今の時間に戻ってきたと言うわけ」

 そこまでコソコソと小声で話してから、ノックスは再びジェラシーを燃やす。

「俺もアンさんから、世界潰す勢いで愛されたいわー。もう、決めた。アンさんは俺の女にする。リアルで何ができるとか言うわけじゃないけど、最期に祈る女はアンさんにする」

「おう。どっちにしても……厄介なきょうだいである事は分かった」と、コナーズはちょっと引いている。「きょうだいが死ぬくらいで、世界を潰すなよって、俺は思うんだけどね」

「えー? 他人からしたら、変なきょうだいなん?」と、ノックスはジェラシーで燃え尽きながら言う。

「逆を考えたらさ、世界が破滅してても、きょうだいが生き残ってれば……」と、そこまで言って、コナーズは重い息を吐く。「まぁ、そっちのほうが良いと思う人も、居るって事は分かってるよ」と、突然理解を見せた。

「何? 急に十四歳を理解した?」と、ノックスは揶揄する。

「違うよ。冷静に考えた結果。個人単位で考えたら、自分の身の周りの人間が一番大事なのは、俺等でも変わらないだろ? 誰かが死ぬことに慣れちゃってるほうがおかしいんだってね」

 コナーズはそう言って、指を折り始める。

「俺が入隊した頃から生き残ってる偵察兵の数、教えようか?」

「いや、今の俺は愛に満ちしているからやめてくれ。お前の戦歴を聞くと、心のナイーブな所が傷つく」と、ノックスは片手でコナーズの折りかけている指を押しのけ、首を横に振った。


 その頃。軍の貸し出し厨房で、ガルムは珍しい野菜の珍しい剥き方を練習していた。

 異国の、「野菜包丁」と言う平たくて四角いキッチンナイフと、「大根」と言うラディッシュのでっかいのを手に入れたので、「かつら剥き」と言う技法を練習していたのだ。

 一定の大きさで輪切りにした大根を、薄く薄く透き通るほど薄く剥いて行く……と言う、ある種の包丁細工である。

 この、薄く剥いた大根を、花のような形で絵皿に飾った上に、鮮やかな色の刺身を乗せると、とても見栄えがするもてなしになる、と言うのが知識の中にある事だ。

 生憎、この国では生で魚を食べない。生で食べれるほど鮮度の良い魚が手に入るのは、縮力機関の発達した時代でも、港町の漁師の家くらいに限られる。

 大体の魚は、何等かの消毒をしないと食べれないが、大根が綺麗に剥けて、それが無事に花の形に飾れたので、やはり薄切りにした魚を飾りたくなった。

 大根を買った時から、上手く出来たら「カルパッチョ」を作ってみようと考えており、実際に、魚を削ぎ切りにして皿に飾り、オリーブオイルとレモン汁と塩を混ぜたドレッシングをかけた。

 極めるのであれば、「刺身包丁」と言うものも欲しかったと考えたが、あれは包丁としては刃渡りが長く、危険物にあたるので、基地での所有は認められなかった。

 魚の背の肉は淡いピンクに光っており、透明な大根の薄切りと、ほんのりとした魚の肉の色が無数に重なると、正に「細工」と呼んでも良い美しさを見せる。

「なんて繊細な色彩感。淡い花びらのような造形。これが極東の美なのね?!」と、マダム・オズワルドは、料理に息をかけないように、手で口を覆って感動に打ち震える。

「すごーい」と、同席しているアヤメのほうは、平坦な感動を見せている。「で、これ、どうやって食べるの?」と。

「味は付けてありますけど……倭仁洛(ヤハトルーア)っぽく、ソイ・ソースで食べてみます?」と、準備の良い青年は、テーブル用の硝子の瓶に入った調味料を冷蔵庫から出した。


 それを出入り口からチラ見していたノックスとコナーズは、「やめておこう」と言う事で同意した。

 ガルムに全貌を知らせようかどうしようかと言いながら、厨房の前まで来ていたのだが、青年達のあまりに平和な有様に、シリアスな話をする気が一切失せてしまったのだ。

 彼等はそっとしておこう。

 お互いの顔を見て、テレパシーのようにそう念じ合い、内情を知る者達は頷きながらその場を去った。

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