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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第八章~何時か聞いた君の~
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20.希望の子と不気味な思惑

 魔神達の魔力と「向こう側のエネルギー」から作られた、黒い小さな龍は、アリシャと名付けられた。

 生まれて三日目には、鳥の声とも獣の声ともつかない、不思議な声を発するようになった。本人……いや本龍としては、喋っているつもりらしい。

 声を出すようになったら、「黙読の間」には置いておけない。そこで、使い道がなくて物置に成っていた部屋を空けて、アリシャ用の住まいを設置した。

 翼を使う事に興味を持つように、高さの違う止まり木を幾つかと、人間の世界で猫が遊ぶものに似た、木と布で出来たタワーも用意した。

 もしかしたら姿を隠したい時もあるかも知れないので、丈夫な紙を芯にして布で覆った「小部屋」も作った。

 それから、赤ん坊を寝かせるようなサークルの中に、クッションの利いたベッドと毛布を整えた。


 赤子が一番注意しなければならないのは、食事と排泄だ。

 アリシャは、食事は肉と果物を好んだ。生まれた時から口の中に牙があり、脂身の多い柔らかい肉を好んで食べた。果物では水分の多い甘い物が好きらしい。

 食べたら出さなければならないが、どうやら彼は本能的に「排泄は誰も見ていない所で済ませたい」と思っているようだ。

 育児係がアリシャの面倒を看ていると、アリシャは一定時間で、姿を隠すための小部屋に、よたよたと入り込んで行くのだ。

 短時間で出てきたアリシャは、妙にすっきりした顔をしていて、小部屋の中の床面が汚れていた。


 育児係は、アリシャに城の中の「お手洗い」を教えた。だいぶ広い簡素な部屋の壁に、椅子に腰かけるように出っ張っている場所があり、その出っ張りには半球形の穴が開いている。

 そこで用を足したら、傍らの鎖紐を引いて、水を流す。それから、洗面台に似たボウルの備わっている手洗い場で、ポンプから水を呼び出して、手を洗う。

 アリシャには、翼の関節に小さな爪のようなものがついていて、それである程度の魔神的な行動は取れると判断されていた。

 しかし、大人の思っている予想外を越えて来るのが赤子である。

 アリシャは、お手洗いをすんなり覚えた。だが、ある日、何が彼をそうさせたのか、手を洗う用の水ボウルの中で、全身を洗う水遊びをしてしまったのだ。

 とても楽しそうに、鳥の囀りの様な声を上げているのを育児係に発見され、アリシャは叱られた。

 本龍としては、とても気持ち好くて楽しかったのに、なんで叱られるんだろうと言う、人間の子供で言えば「納得が行かない」表情をしていた。


 その話の内容を「思考の間」でサブターナから聞いた時、ジークのシャドウは額を手の平で押さえ、喉の奥で笑っていた。

「いやー、子供って言うのは、どんな種族でも変わらんな」と、ジークは知ったかぶって言う。それから、「おもろい話は置いておいて、サブターナ。サクヤへの返事はどうするつもりだ?」と本題を聞いた。

「うーん。やっぱり、『あなた達のエネルギーの採掘には、協力できません』って言おうと思ってるし、魔神達の間でも、大体そんな話でまとまってる」

 サブターナは考え考え答える。

「人間達が、私達に『向こう側のエネルギー』を採掘する事の『許可』を得たがっているのかも、なんだか変な感じだし。昔だったら魔神や魔獣の言う事なんて、全然無視してエネルギーを封じてたでしょ? 

 それなのに、『資源として使うから採掘の許可を』って、なんだか気持ち悪い。どうにかして、何かの責任を押し付けたり、魔神達を利用する手段を得ようとしているとしか思えないの」

「ああ。そうだな……」と、ジークも一緒に考えるふりをしながら、肩の関節を柔軟する。

 それから言う。「そう思ってても、直接的に言わないほうが良いぞ。まだ、魔神達の存在はあやふやであったほうが良い。『何か分からない強い力を持った者だ』って思わせておいたほうが良い」

 サブターナは不思議そうに問う。「龍族も、そんな風に人間と接してるの?」

「まぁ、そんなもんだな。弱みって言うのを見せると、人間ってものは『良いように操れる要素を得た』と思って、どんどん態度が増長するものなんだ。奴等と付き合うのは、ビジネスだと思え」

 そう、ジークは答えた。


 サブターナ達がそんなやり取りをしている一方、サクヤはフィン達と話す予定のだいぶ前の日に、「何故、資源を集める事を急いでいるのか」を、ファルコン清掃局の上役を集めた場で問い質していた。

 しばらく、彼等は答えるのを迷った風を見せた。

 しかし、サクヤの背後に控えている執事の青年と、サクヤの手元で記録用の水晶が「録音(レコーディング)」を行なっているのを見て、答えなければならないのだと覚悟を決めたらしい。

「東の大陸の……東洋に近い北側に、大国があるでしょう?」と言う問いかけから、その答えは始まった。

 邦零大洛(ソルアーニム)の事だと、サクヤは気づいた。そして「知っています」と、頷く。

「私達の局は、その国から資金の提供を受けています。主に、研究活動費として使う資金を。そして、その大国は、ある弾丸を作るために、大量の『エネルギー源』を求めているのです」

「弾丸……」と、サクヤは復唱する。それから、「その弾丸の規模は?」と問い詰めた。

 上役達は、ちらちらと顔を見合わせ、どうやら目の前の少女とも言える年齢の人物の耳は、誤魔化せないのだと察した。

「強力な封じの力を持った、大きなドラム缶だと思って下さい。その中に、大量の邪気を変換した増幅エネルギーを詰めます。そのドラム缶を任意の場所と位置に移動させたとき、封じを解くのです。

 そうする事によって、すさまじい爆発が起きます。先方の実験結果では、その弾丸は、一個の地方都市を、一瞬で壊滅させる能力を持っていると言われています」

「何故、そんなものの開発を?」と、サクヤは聞いた。「そして、何故あなた達はその協力を?」

「西の陸塊にも、大国がある事をご存知でしょう?」と、上役の一人がまた口を開く。「その大陸でも、似たような弾丸の開発が行われている……と、されているからです」

 其処からは、上役達の苦労話になった。

 ラム・ランスロットから、「町を運営するためのエネルギー源」として、邪気を収集させてほしいと言われた時、大国同士の力を拮抗させる睨み合いのために、「弾丸」の開発のほうが急がれると判断したのだと。

 つまり、ラムの発案により、ファルコン清掃局は軍事利用される邪気の存在を、表向きは「町を運営する技能のためのエネルギー収集」と銘打つことができるようになったのだ。

「この情報は、貴女が『国の任』に就く者であると見込んで、お話しました。決して、安易に口外なさらないように」と、上役達はまとめ、サクヤの返事を待った。

「分かりました」と、サクヤは答える。彼女としても、この話が広まれば、「弾丸」の開発や、もしくは製造が加速、拡大するだろうと予測できたのだ。

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