19.新しい命
「と、言うわけで、話し合いはまだ纏まってにゃぁ~い」と、メリュジーヌの屋敷のジーク本人が、何処かに通信を送っている。
「なんてーか、『エデン』側にとってはぁ、人間の技術は胡散臭いしぃ、サクヤとしてはぁ、平和的な力の使い方しかぁ、思いついてないっぽいにょだよ。それかぁ、内情は教えないようにって言われてるかだにゃ」
「そうか……」と、通信の向こうで呟くのはラム・ランスロットの声だ。
彼は小さく唸ってから、「俺達だけで、内々に事を進める方法もある。人間を介入させずに、『エデン』内で、邪気の無効化の実験を行なってもらうのはどうだ?」
「良いじゃん」と、さっくりジークは同意する。「それにゃら、俺等としては、そっちの『方法』を教えてもらいたいんだけどにぇ?」
「方法? 何のだ?」と、ラムは聞く。
「勿論、掃除の」と、ジークは回りくどく言う。「どんな箒を使ってぇ、どんなブラシを使ってぇ、どんな洗剤を使ってぇ、どんな汚れを落としてぇ、どんな風に汚れた水を始末をしているにょだにぇ?」
つまり、邪気清掃にはどんな技術を使っているか、横流ししろと言う話である。
「そうか。分かった分かった」と応えて、ラムは通信の向こうで紙の束をガサガサ言わせている。大きな帳面をめくっているような音だ。
それから、ジークのゴーグルの中に「特殊映像通信」の文字が浮かんだ。ジークは情報を解凍する。ゴーグルのレンズに、黒い紙に白い文字が複数描かれている様子が映った。
「これはなんて読むにょだね?」と聞くと、ラムは「かなり昔の象形文字だから、俺も正確な読み方は知らん。現代語になら訳せるが」と述べる。
「現代語でお願いしまぁすぅ」と、ジークは丁寧に頼んだ。「『悪しき気なる物より龍成す法』と書かれている。つまり、邪気で何等かの生物を創り出す方法だ」と、ラム。
「やっぱ、性質を変化させてもぉ、何かを創り出すエネルギーである事は変わらんのにゃ」と、ジーク。
「そうだな。他の清掃局では違うらしいが、俺達の局では、主に『意思を持つ生物』として邪気を固定化するんだ。その生物には一定期間仕事が任されて、邪気が自然分解する時に、その生物は消滅する」
「へー。邪気を使役するわけにぇ。すげぇ技術使ってんじゃん」
「ところが。この数年は、土地全体の邪気が弱まってると言って、あんまり実用的じゃなくなってきてたんだ」
「いやいや、使える使える。生物を創り出すって言うアイデアが、まずナイス。唯の爆弾じゃなくて、知能は持っててくれた方が扱いやすい」
「意図的に邪気を集めてこの方法を使ったら、どんな化物が出来ても責任は負えんぞ」
「大丈夫どぅえ~す。任せて下しゃい。しぇんしぇえ」と、ジークの調子の乗りっぷりが加速していた。
通信を切って、記録が残らないように情報操作を施した、後。
ジークが暗記していた「霊符」の術を解析し、魔力操作としてどのような技術が必要か整頓した情報を、「エデン」の城に残していたシャドウを通してサブターナに伝えた。
実際には、ジークが暗記していた情報を、お手手をつないでサブターナに暗記させただけだ。
ジークのシャドウの機能の中で情報を収集されるのは、五感情報と外形変形情報だけなので、魔力的にどんな術を使ったかは、本人が外部の人間にしゃべらない限り知られない。
ついでに、隔離の術を使っている「エデン」の内部では、ジーク本人の記憶に残る以外は、シャドウが収集した五感情報も知られない。
人間達に知られてしまった事としては、ジークの体がどうなっているかを「何処かの誰か」が分解して調べたと言う、妙に個人的な情報だけだ。
この人間側の技術の遅れは、とてもありがたいブランクだとジークは思った。
「頭がはっきりしているうちに、『勉強部屋』に行ってきな」と、ジークお兄さんはサブターナを「思考の間」から見送った。
幼子は、自分の頭の中の情報がはっきりしているうちに、それを記録に残すために「黙読の間」に向かった。
サブターナの暗記力と読解力は素晴らしく、記憶をデータ化している間にも、「邪気」とされる「向こう側のエネルギー」をどの様に扱って、どの程度の圧縮率でどのような生物を作れるかを予想していた。
黙読の間で記録を終えてから、サブターナは部屋の外で待っていた研究者の魔神達に、事と次第を伝える。
「最初に試すなら、力の泉の『向こう側のエネルギー』が合ってると思う。法則の無さすぎる……毒性の強いエネルギーを試すのは、後にしよう」
その提案を受け入れ、研究者達は、魔神達が近づいても「焚火の煙を吸っている」くらいの、比較的軽いダメージしか受けない邪気発生地帯から、楕円形のポッドの中にエネルギーを採取した。
黒い煙のような形をしている邪気は、ポッドの中で唯の煙のように流動している。空間を仕切られて、空気の流れがないのに動いている様は、それが唯の煙ではない事を示していた。
急ピッチで術式が組み立てられ、人間や龍族の扱う物とは違った、風変わりな機器や術を幾重にも使って、狙った術を発動させるために研究者達は目を輝かせている。
術が緩やかに施されて行くポッドの中では、黒煙がむにゃむにゃと動き、次第に有機的な形を創り出し始めていた。
「ドキドキしますよ。まるで、四千年前に戻ったみたいだ」と、古い魔神の生き残りである研究者は、黙読の間の仕切り窓の外から、煙の変化を見ながら言う。
魔神達は、この技術があれば、もしかしたら数が少なくなっていた「魔神」と言う存在そのものも、生み出せるかもしれない……と言う、淡い期待を持っていたのだ。
繁栄期であった時代に、まだ魔神達には「子孫を残す」と言う技術が存在した。人間や他の脊椎動物のように、雌雄が体を重ねる必要はない。
その技術は、自分達の魔力を「向こう側のエネルギー」と混ぜ、生み出される気体を粘土のように練って「子」なる魔神を作ったと言う。
恐らく、ラムの持っていた「悪しき気なる物より龍成す法」は、魔神が向こう側のエネルギーから魔神を創り出す技術の応用なのだ。
そして細々と伝えられていた技術は、本来の術師達の下に舞い戻り、彼等の新しい「子」を生み出した。
それは、黒い翼と黒い瞳を持ち、全身が黒い鱗で覆われている、目頭にアイラインのような赤い筋が目立った、小さな龍の姿をしていた。




