18.緊急集会
ラム・ランスロットとサクヤが話をしてから三日も経たない頃。
ハンナの屋敷の水晶版をお借りして、こちら側と『エデン』とを中継し、サクヤ、カーラ、ジーク、サブターナの四名での話し合いの場が設けられた。
こちら側にはサクヤとカーラが居り、「エデン」にはジークのシャドウとサブターナが居る。
本来はサブターナには、彼女の教師が付き添うものだろうが、「エデン」の魔神は不用意に人間の前に出ないようにしているのだ。それも、水晶版に記録の残る中継などには。
「話は以前、軽くお伝えした通りですが」と、サクヤが話し始める。
「魔力波で運営する町を作る、と言う計画を、ファルコン清掃局では構想中なのだそうです。同清掃局では、魔力波に変換するエネルギーを求めています」
話を聞きながら、サブターナは緊張した顔をして目を大きく開き、逆にジークは、話の先は見えていると言う風に目を閉じて頷いている。
サクヤの言葉は続く。
「カーラから、『エデン』では、法則性のない『向こう側のエネルギー』の中和の仕方を模索していると聞きました。こちらの世界の清掃局には、邪気として清掃したエネルギーを変換する技術があります。
私がファルコン清掃局の局員から見せてもらった鉱物的結晶の中にも、やはり邪気からエネルギー変換した、無害な魔力が宿っていました。
今、無害と述べましたが、魔力的法則性としては『増幅エネルギー』に近いものを放っています。このエネルギーは、魔神や魔獣……『エデン』の方達にも、慣れ親しんだものと存じます。
構想中の町の模型の中では、その増幅エネルギーにより、建造物の照明を燈したり、発現者の魔力を消耗しない遠距離通信を可能にしたり、縮力列車と同じ装置を圧縮魔力無しで動かす事が出来ていました」
そこで、頷き続けて居たジークが「うむ」と声を出して唸り、目と口を開けた。
「つまり、その夢の町の建設を可能にするために、『向こう側のエネルギー』を何らかの方法で、そっちの日常空間に持って行きたいって事だろ?」と、纏める。
サクヤも、「その通りです」と応える。
「もし、邪気……いいえ、『向こう側のエネルギー』が豊富にある場所をご存知でしたら、その……厚かましいとは思うのですが、『エデン』の方々に資源としての産出をお願いできないでしょうか。
資源のある場所であっても、近づくのが危険でしたら、防御の方法と、エネルギー変換のための技術をこちらから提供しますので」
その言葉を聞いて、サブターナは不安そうな表情を浮かべた。すぐ隣に座っていたジークのシャドウの顔を見上げる。「どう思う?」と言いながら。
ジークは考えるような間をおいてから、「思ったことを、素直に言ってみな」と促した。
それを聞いて、サブターナは一つ深く息を吐き、画面のほうを見ながら顔を強張らせて、「本当に、思ったことを言うよ?」と、前置きをした。
「どうぞ」と、覚悟したような表情でサクヤは言い、その隣でカーラは息を呑んでいる。
「すごく、人間に都合の良い話だと思う」
そうサブターナは断言した。
「危険から身を守る方法を用意するから、危険な場所に行って下さいって言ってるんでしょ? その、身を守る方法って言うのが、魔神達に適性があるかも分からないのに。
私達はね、確かに、『向こう側のエネルギー』の扱い方に困ってる。それから、確かに、『向こう側のエネルギー』を中和しようとしてた。
だけど、それは、私達が私達の身を護るためであって、人間達が便利に暮らす町を作るためにやってた事じゃないの。
サクヤ。貴女は、私達の事、すごく強いと思ってるみたいだけど、私達の術や身体は、浄化……『削除エネルギー』に対しては、すごく脆い作りをしているの。
以前、術のかかった手紙を大量に燃やすときに、炎に浄化の力を込めただけで、火の番をしていた魔神達が、治らない重度の火傷を負ったり、煙を吸って中毒を起こしたりした。
その魔神達の怪我や病気は、まだ治って無い。たぶん、これからも、彼等の体は治らないと思う。
もし、サクヤの言ってる『身を守る方法』や『中和する方法』って言うのが、削除エネルギーに由来する物だったら、私は首を縦に触れない。私は、魔神や魔獣達が傷つくのを見たくない。
そちら側の世界の人間だって、同じ世界の人間が傷つくのは、見たくないでしょ? それは、こちら側の世界の、私達も同じなの」
サブターナは、そこまで言って黙り込む。
サクヤは目を閉じて頷き、カーラは画面の向こうのサブターナに励ますような視線を送って、「打ち明けてくれてありがとう」と伝えた。
「そうですね」と、サクヤが話し始める。
「私が提供しようとしていた『技術』は、浄化の段階を内包しなければなりません。分かりました。二つ目の方法を提示します。
邪気耐久装置を装備した人間が、埋蔵されている『向こう側のエネルギー』を採取する事の、許可はいただけますか? 勿論、『エデン』には侵入いたしません」
「許可……」と、サブターナは呟き、「その許可を得る事で、あなた達は『向こう側のエネルギー』を採取しつくしたりはしない?」と、確認してきた。
サクヤは、モニター越しに居る十歳の少女が、大人並みの用心深さを持っている事に感心した。そうでなくては、地方都市規模の「エデン」を纏める、カリスマではいられないだろう。
サクヤは言う。
「分かりました。エネルギーが絶える程の採取はしません。その他に、要望や、確認したい事はありますか?」
「ある」と、サブターナはすぐに応じた。「だけど、すぐには思いつかない。私達も、知識を持った者達同士で、集まって話し合いたい。時間をちょうだい」
「ええ。充分に話し合ってから、意見を聞かせて下さい」と、サクヤは述べ、目の前に手帳を広げる。「私が、次にファルコン清掃局と連絡を取るのが、十日後です。それまでにまたお話を聞かせて下さい」
「十日後……。だいぶ急いでるんだね」
サブターナの、恐らく意図していない呟きを聞いて、サクヤは少しぎょっとした。
其れまで、サクヤもおかしく思っていなかったが、指摘されてみると、「新しいシステムの町を作る」と言う大きなプロジェクトなのに、資源を得る事に対して事を急ぎ過ぎているような気がする。
「……その理由も、清掃局に聞いておきます」と、サクヤは言葉に出しながら、メモを取った。




