17.発明家の家
ファルコン清掃局の一室に、大型のミニチュア模型が作られている。それは町を模した形をしており、特徴的な所としては、町の中央に滑らかに天を突く塔の様な物があった。
その塔を支える支柱が張り巡らされた内部から、魔力波が放たれ、模型の街の隅々まで行き渡っている。
その模型の中に、数ヶ所、遠距離通信ボックスと思われるものが設置されていた。
各ボックスには、魔力波を通す金属製の細い棒がタッチしており、その棒は配線に繋がれて、配線はミニチュアの外に伸びている。
褐色の肌と黒い瞳と髪を持つ異国の服装の青年が、ミニチュアを観察している。彼の手元に置かれている、ミニチュアの町の地図と思しき物の中に、時折光の筋が走った。
「フィン。次はピーターの所に繋いでみてくれ」と、青年は通信で外部に声をかける。
部屋の外では、マイクロフォンとスピーカー、そして入力盤の前に座ったフィン・マーヴェルが、同じ設備を目の前にして別の部屋に居るはずの同僚に、遠距離通信を送る。
フィンが通信コードを入力すると、信号がミニチュアの町の一つの遠距離通信ボックスに送られ、別の通信ボックスに届いて、其処から配線を通り、同僚の部屋に通じる。
「ピーター。そっちの天気は?」と、フィンは適当な事を聞く。
「とっても好い天気だよ。窓が一切ないけど」と、ピーターは冗談を返す。
「じゃぁ、雨が降ったら教える」と、フィンも苦笑いしながら言う。
「それはどーも。じゃぁな」と言って、ピーターは早々に通信機を切る。
その時の魔力の流れと通信の安定性を確認し、監督役の青年は「ふむ」と唸る。それから、「フィン。エメネと交代してくれ。今までの通信をもう一度再現」と指示を出した。
カレッジから雇われた学生のエメネは、今回の実験を「新しい型の遠距離通信機を設置するための、仮試験」だと聞かされている。
何でも、魔力を持っていなくても使える遠距離通信機らしく、カレッジで非魔力保持者用短期労働の募集を見たエメネは、これは面白そうだと思って申し込んだのだ。
フィンと交代して席に就いたエメネは、通信コードを教えてもらいながら、フィンが今までかけた通信先に声が送れるかを試した。
結果は、好調。通信は途切れる事も乱れる事も無く通った。
その後、エメネが各通信機のある部屋に行って、そちら側から別の部屋に通信を送ると言う実験もした。
その時も、通信は順調に進んだ。
仕事の終わりに、「感想は?」とフィンから聞かれ、エメネは「自分から通信がかけられるって、不思議な感じですね」と答えた。
その術を知らない人物や使えない人物、もしくは魔力を持っていない者にとっては、通信がかかってきたわけではないのに、遠距離と喋れると言うのは不思議な体験なのだろう。
その実験が終わってから、エメネには給料を払い、帰宅してもらった。
「ラム。魔力波の流れは?」と、模型の設置されている部屋に来たフィンが問う。
「魔力保持者、非魔力保持者、どちらの時も同等の発現」と、監督役の青年は言う。「フィン。お前が通信をかけた時は、魔力は使ったか?」
「使ってないはずだ。疲労感は無かったんでね」と、フィン。
「となると、これは思ったより重要な発明って事になるな」と、ラム・ランスロットは柄に無く浮かれている。「余力がない時でも、通信機があれば緊急連絡ができるようになる」
「重要なのは、発電所みたいに魔力を送ってくれる『場所』が必要だって事だな」と、フィン。「このミニチュアの塔の魔力源は?」
「アメジストの標本だ」と、ラムは答える。
「何処から仕入れたんだ?」との問いに、「お前が用意したんじゃなかったか?」と、ラムは聞き返す。
フィンは目を瞬いて、「覚えてないな」と言う。「でも、そう言われれば……用意したようなしてないような……」
「俺の記憶としては、誰かが『これを魔力源のサンプルにすれば良い』と言って、ミニチュアを作る時に設置してくれたと言う覚えがある」と、ラム。
「アメジストの標本……」と言って、フィンは手を顎に当て、考え込んだ。「いや、でも……。それは無理か」と、何やら独り言ちている。
「何か言いたい事が?」と、ラムは聞いた。
「アンが持って来たんじゃないかって思ったんだ」と、フィンは述べる。「だけど、彼女は今、行方不明中らしいし……。もし、本当にアンだったとしたら、はっきり覚えてるはずだろう?」
「何故そう言い切れる?」と、ラムも顎を掻きながら言う。
「そりゃぁ、まぁ……。なんと言うか……」と、フィンは言葉を濁してから、「確実には言えないか。今のは忘れてくれ」と続けた。
ラムはその台詞を聞いて、何となく納得できないと言う表情をしていた。
フィンは思う。アンに対して思い入れがあるだろうなんて言っても、こいつは自覚がなさそうだ、と。
後日、ラム・ランスロットを尋ねて、サクヤ・センドがファルコン清掃局を訪れた。
ラムは彼女に、魔力波を町中に送る塔を備えたミニチュアを見てもらい、このような町を建設する時、塔の魔力を維持するための、どのような魔力的資源が得られるだろうかと問いかけた。
付き添いに、まだ十代後半ほどの青年を連れたサクヤは、ミニチュアの様子をよく見て、先日の遠距離通信機の実験結果などの情報を得てから、頭の中で何か考えているようだった。
そして聞く。
「この町は、どのようにデザインされたのですか? 仮の設備と言うより、だいぶ完成された形をしてますが」
ラムは答える。
「鋭いな。某所にある町をそっくりそのまま再現したんだ。その町は唯一無二の『無尽蔵な魔力源』を持っている。俺達の希望としては、本来は魔力源がない他の土地にも、こんな町を作りたい」
「魔力波で機能する町……」と、サクヤは呟く。そんな町の存在は、聞いた事がないからだ。しかし、問題は其処ではない。
このミニチュアと同じ町を、実際の土地に作る事になったら、どのような魔力源が必要か。
「このミニチュアでは、どのような魔力源を使っていますか?」と、サクヤは質問する。
ラムは巨大なミニチュアの、建物の影にならない場所に回り込み、サクヤを手招いた。それから、視線を低くなるように体を倒し、「あれが見えるか?」と聞く。
其処に設置されている鉱物は、何かから変換した強力な魔力波を放っていた。




