13.探し人居ます
サブターナから受けた注文の手掛かりを得るため、ジークはより丹念に城の中を観察した。シャドウで観察できる内部だけではなく、城壁の上や外観が分かる位置からも。
そんな事をしているうちに、今まで一回も訪れていない場所があるのに気付いた。城壁から離れて孤立している、一本の塔だ。
見張り塔だったら、四方向の城壁の一部なっているが、その孤立した塔は城壁の内部に存在し、入り組んだ内部の道を、よっぽど細かく歩き回らないと辿り着けない位置にある。
上空から見た視点を使って、最短距離を導き出すと、ジークはシャドウをその塔に向かわせた。これと言って決定的な算段があったわけではないが、様子の分からないものがあると言うのは釈然としないのだ。
塔に近づく途中、数羽の鳩が、外からその塔の中に入って行った。
シャドウの視点からよく見上げたり、本体の視点からよく見下ろしたりして見ると、塔の窓や壁には白い汚れがある。鳩の排泄物が固まったものだろう。
「伝書塔って所か」と、本体とシャドウは同時に呟いた。
そのまま近づいて行くと、伝書塔にしては「妙な気配」がした。高純度の圧縮魔力だろうか、とジークは咄嗟に思った。しかし、魔力と言うと言うより「向こう側のエネルギー」に近い。
どんな化物が居てもおかしくないな……と構えながら、更に近づき、塔の入り口を開ける。木製の扉は鍵がかかっていなかった。化物を飼っていると言う様子ではない。
塔の入り口近くには、四角い窓を複数備えた木製の箱が置いてあり、箱の中を覗くと、小さく畳まれた、メモか手紙と思しき物がつまっていた。
最初に思った通り、此処は伝書塔で間違いないらしい。
気になる所としては、この塔の内部に満ちている、圧縮エネルギーの出所が分かれば良いのだ。
辺りを見回していると、その圧縮エネルギーの残存を見つけられた。
何度も、伝書箱と塔の上部へ上る階段の間を行ったり来たりしている。
化物を伝書係にしているのかねぇ? と、ジークは本体もシャドウも腕を組んで考え込む。しかし、何のヒントも無しに考え込んでも居られない。
ジークのシャドウは、圧縮魔力が続いている階段のほうに歩を進めた。
片足に、手紙を入れた小さな筒を付けた鳩達が、一ヶ所だけ開いている窓から入って来ている。
シャドウは、階段の途中に立ち止まったまま、頭だけ出して最上階の部屋を覗いていた。
窓の前には、肩の一つに鱗の生えた腕を持ち、もう一方の肩に翼を持った、人間のような形をした者がいた。帰ってきた鳩を迎え入れている。
ズタボロの布を幾重にも纏って、腰を布紐で止めていた。よく見れば、両足も鱗に覆われた鳥の足のような形をしている。
その人物が、器用に片手で鳩の足から手紙を取り外し、傍らに置いてあった布袋に放り込むのを眺めていると、やがて鳥の鱗を持った人物は、袋を持ち上げ、くるりと階段の方を向いた。
「あ」と、覗いていたジークと、振り返った――伝書塔の管理人らしい――人物が、同時に声をもらす。
管理人がどんな表情をしているかは分からない。鳥の羽根のような前髪で、鼻の頭までが覆われているからだ。
慌てるのも変だろうと思って、ジークは階段から、踊り場程度の通路に這い出ると、「どーも」と挨拶をした。
管理人も、そんなに慌てないで「誰だ?」と聞いてきた。
「此処は鳩小屋?」と、ジークは見回す仕草をして、一見したら分かる事を問う。
「それに近い」と、管理人は言う。それから、「道に迷ったのか?」と聞いてくる。
どうやら、城の中で道に迷って、この塔に辿り着く者は少なくないようだ。
ジークは「いや、何かすげぇ『向こう側のエネルギー』が強いなぁと思って、様子を見に来てしまった」と答えた。
「様子を?」と、管理人は不思議そうな声を出す。「お前、新入りか?」
ジークは少し考えてから、「新入りと言えばそうだな」と答えた。
管理人は訳は分かったと言う風に、先に塔の階段を降りながら、城への戻り道の順路と、その「やけに強い向こう側のエネルギー」は、自分が放っているものだと、懇切丁寧に教えてくれた。
「俺が放っているのは、あまり綺麗なエネルギーではない。これからは、興味本位で此処に来るのは、やめておいたほうが良い」と言う諸注意まで添えて。
「あんたは、城の中での騒ぎとか変化は、知らないのか?」と、ジークは聞いてみた。
「城の中の仕事は、城の中の連中がする」と、管理人は答える。「俺の仕事は、この塔の中の事だけだ」
つまり、塔の中で起こってる事以外に興味はないと、と言う風にジークは感想を纏めてから、「エムツーって言う子供は知ってるか?」と聞いてみた。
管理人は、歩を止めて、ジークのシャドウを振り返った。相変わらず表情は分からないが「知ってるが、今は居ない」との答だ。
「ああ。俺も、家出をしたらしいって事は聞いてる」と、ジークも話を合わせる。「そのエムツーからの手紙が来たりはしないのか?」と、素朴な疑問を口にすると、管理人は羽のような前髪の隙間から、目を見せた。
その視線は、直接目を合わせたら気持ち悪くなりそうな、奇妙なエネルギーを放っている。
ジークは少し目をそらし、シャドウの表情を「嫌そうな表情」に歪ませる。
管理人は前髪を叩いて視線を隠した。
「お前は、普通の感覚の奴なんだな」と、安心したように前を向て、管理人は再び歩き出す。「エムツーからは、時々手紙をもらう。サブターナの身に危険が無いかが心配らしい」
そこでジークは、サブターナもエムツーを心配している、出来る事なら帰ってきてほしいらしいと言う事を述べ、「別にサブターナの身が、危険と言うわけじゃないが」と付け加えた。
「伝えられたら伝えておく。あまり期待はするな」
そう言いながら、管理人は一階にある木箱の上の蓋を開け、持ってきた布袋の中身をザラザラと振り入れた。何かの術が組んであるらしく、手紙は夫々の宛名の窓の方に自動で分けられて行く。
その様子を確認してから、管理人は木箱の蓋を閉め、ジークのシャドウのほうを見て、続ける。「エムツーは、自分の力で生きて行く方法を見つけたばかりだ」
「だろうなぁ」と、ジークは返して、「少年の人生設計を邪魔したりはしない」と告げてから、「案内ありがとさん」と残して、伝書塔を後にし、城への入口へ向かった。
ものすごく気持ち悪くなるエネルギーを持っている他には、特別危険な奴じゃなさそうだ。
そう感想を持ってから、名前を聞くのを忘れていたと思い出し、城の中の誰かが知ってるだろうと目星をつけ、ジークはシャドウを操ってのらくらと入り組んだ場内を進んだ。




