12.自動製造所
ガルムの神気体の追跡をしながら、ジークは疑似形態のほうの面倒も看る。
現在、ジークのシャドウのうち一体は「思考の間」と呼ばれる、おしゃべりが盛んな部屋で、サブターナから相談を受けている所だ。
壁の周りには書棚があり、ぎっしりと本がつまっている。そして部屋の中央や各所に、足を休めさせられるクッションや椅子が並んでいた。
おしゃべりをしていない魔神達は、気楽にも熱心にも、本に目を通している。何回も手に取られて読まれた形跡があるボロボロの本は、粘着面がはみ出ない特殊なテープで補強がされいる。
部屋の中央にある、ふかふかの円いソファに腰かけたジークのシャドウは、隣に座って難しそうにぼやく少女の話を聞いていた。
「何とか、エムツーと連絡が取りたいの。もう、城に戻って来ても大丈夫だって。どうにかして、エムツーの居場所を知る方法が、あれば良いんだけど」
「居場所ねぇ……」と、ジークのシャドウは答える。
居場所が分からん男共が多すぎるな、と、本体のほうは頭の中でちらっと考えた。
「その、エムツーって言う奴が残して行ったものとかがあれば……多少の追跡は出来るが」と、ジークのシャドウが言うと、サブターナは少し考えて、「ランタン」と答えた。
「この城に、何ヶ所か、エムツーの作ったランタンが飾ってあるの。もう、中の魔戯力が尽きちゃってるから、明かりは燈せないんだけど」
「それを使って居場所を知る方法は、試したか?」と、ジークは訊ねる。
サブターナは頷いた。「試した。だけど、城からの魔力に対して、『遮断』か何かを使ってるらしくて、エムツーを見つけられたことはないんだ。だけど、貴方の魔力なら、城のものだって思われないかも」
ジークのシャドウは、膝に肘を立て、背を丸めて顎に手を当てる。「確かに、出来なくはないかも知れないな。調べるだけ調べてみよう」
サブターナの表情が明るくなる。「こっち。付いて来て」と言って、ジークの手を取り、「一番、エムツーの魔戯力が残ってるランタンがある場所」まで、引っ張って行った。
そのランタンは、何とも奇妙な部屋の中に置かれていた。
壁際にずらりと目隠しをされたポッドがあり、その周りで機器が自動で動いて、定期的に魔力が発されている。何かを召喚する魔力と、合成する魔力と、生命エネルギーを与えるタイプの魔力だ。
「なんじゃこら」と、ジークは呟く。傍らのサブターナに、「何かを作ってることは分かるけど、此処って何なんだ?」と聞く。
「製造所って呼ばれてる」と、サブターナは答える。「複製魔獣達は、此処で造られてるの。八目蜘蛛達も。いっぱい作っても仕方ないんだけど、誰も停め方が分からなくて……」
「ふーん。オートメーションを極めると、そうなるのな」
そう言いながら、ジーク本人も疑似形態の見ている視野をゴーグルの中に映し、目隠しをされているポッドの中を透視する。
「ほとんどは、虫の形状のものが多いな。一つだけ、動物が使われているものがある。複製魔獣って言うより、キマイラみたいに見えるが。あ、何処かに飛んでった」
「飛んでったって?」と、サブターナから質問が来る。
「転送されたって言う事だ。複製魔獣は、全部この城で管理されてるわけじゃないのか?」
「そんなはずない。みんな、城を護るって言う事をプログラムされて、生まれてくるはずだもん」
「だとすると、あのキマイラは、城を護るために作られてるわけじゃないのか」と、ジークは結論を出す。「何処に送られているのかを、ちょっと覗いてみて良いか?」
「うん」と、短くサブターナは答えた。
ジークはシャドウを操り、問題の「キマイラを作っているポッド」に近づいた。あまり近づくと、放射されている魔力の影響で、疑似形態の像がぶれる。
用心しながら距離を取り、目に魔力を込めて「転送」の先を追跡した。
何処かの森の中の風景が見える。木々を伐採して作った、馬車や人間が通るための野道の中に、大きな荷物を担いでサクサクと歩を進めている少年が見えた。
朱緋色の瞳と、黒い髪をした、十歳程度の少年。長い髪を結んでいるが、顔つきはサブターナとそっくりだ。
恐らく、こいつがエムツーだろうな、とジークは目星をつけた。しかし、何故、製造所で作られたキマイラが、エムツーの所に送られているのだろう。
難しく考える前に、さっき送られたばかりの狼のようなキマイラが、元気に歩いていたエムツーの足の進む先に躍り出た。
エムツーは一瞬身構えたが、ごてごてと身につけた棘や甲羅から、相手がキマイラである事に気づいて、どう見間違えようもないくらい「面倒くさそうな顔」をする。
口を尖らせるように動かしてから、狼もどきに向かって手を構え、手の平のほうで魔力を練った。青白い雫のようになった魔力が、飛びかかってきた狼もどきの口に入る。
エムツーは身を翻し、狼の牙を避けた。同時に、口の中に魔力を受けたキマイラから、魔力波が放射状に広がる。
体中に生えていたサボテンような棘と、関節を守るように備わっていた甲羅が、キマイラから取り除かれる。ベースだった狼の姿に戻り、自我を取り戻したような顔をする。
元キマイラとエムツーは、しばらくお互いを見合っていたが、エムツーが怯えた様子も見せないし、視線を合わせたまま動かないので、狼のほうが後退り、木々の間から森の中に姿を消した。
息を吐くような様子を見せ、エムツーと思しき少年は、また前進を始める。腕と脚を交互に振るように、リズミカルに。
ジークは少し考えた。なんか、こいつ、楽しそうだなと。
エムツーの様子を見た後、ジークはサブターナに「エムツーを無理矢理『城』に引き戻す必要はないのではないか」と提案した。
「どうして?」と、サブターナは純粋な疑問を口にする。彼女からしたら、家族であるはずの少年が家に帰ってくることを望まないなんて、と言う所だろうか。
ジークは男心を解説する。
「なんと言うか、エムツーって言う奴は、外の世界で自分の生き方を見つけてるっぽいんだよ。男が稼ぐための仕事を見つけたのに、それを邪魔するのはあかんだろう?」
「エムツーは、まだ十歳だよ?」と、サブターナは言い募る。「十歳の男の子が、仕事なんて……。大体、どんな仕事をしてるの? 危なくないの?」
「いや、一部の外の世界ではな、自分の足で歩けて、言葉が分かるようになったら、誰でも仕事をするもんなんだよ。それこそ、男だったら歩けるのに稼げない奴は無能だって事になる」
ジークお兄さんの説教教室が始まる。
「エムツーとやらがやってる仕事は、荷物運びらしいな。でかい荷物を担いで、目的地まで歩てる途中だった。この製造所からキマイラが送られて行ってる他は、そんなに危険もなさそうだ。
あんまり、連れ戻す事ばっかり考えないで、様子を見てやるのはどうだ?」
そう聞いたサブターナは、考え込むように俯いてから、「私達にもエムツーの様子が分かるように出来る方法はある?」と聞いてきた。




