11.行方の無い方向
管制室では、ヒソヒソ声が静まる事がない。ガルムの疑似形態がジークのシャドウに術を施されてから、管制室で五感情報を収集できなくなったからだ。
ガルムの生体反応の変化は知る事が出来る。心拍数は一定で、少し呼吸は深く大きい。筋肉の反射を見ると、時々体が震えるような反応を見せる。
「整備主任」と、管制室からアンナイトの設置室に声がかかる。「何故、五感の情報が取得できないのだ?」
整備主任は、この手の質問を受けると、「お前等はワイドショーでも観に来ているのか」と思ってしまう。
その思いは心の中に押し込め、「操縦者が、魔力波の届かない場所に転送されたからです。分裂実験なので、どれかのシャドウの魔力波が得られば、五感の情報も得られるでしょう」と答えた。
しかし、管制室でのヒソヒソ声は続くばかりだ。
耳を澄ませてみると、「魔力波の届かない場所とは?」「国内ではないのでは?」「結界に類似した力で魔力波を断絶する事は?」「結界その物が放つ魔力波は抑えられない」と言うやり取りが聞こえる。
誤魔化せるうちに帰ってきてほしいなぁと、整備主任が思っていると、ガルムの肉体の方に変化が現れた。
シートから身を弾ませるほどビクッと身をすくませた後、体が硬直し、急に脱力した。
血圧と脈拍が一気に下がる。
「操縦者、意識不明」と、アンナイトのアナウンスが流れるのとほぼ同時に、整備主任は起動スイッチを切った。
そのため、アナウンスは「操縦者、意識……」までしか聞こえなかった。
ガルムがアンナイトの操縦中に意識を失うのも、そのまま回復せずに医務室に運ばれるのも、何回目の事であろうか。
説明のために付き添った整備主任は、病院行きには成らないと良いけどなと、念じていた。
ガルムの回復に時間がかかればかかるだけ、アン・セリスティアの行方を探すための情報は遅くなる。
医務室に着くと、整備主任はガルムの血圧と脈拍数が急激に低下した事と、意識を失う前に何かの影響でショック状態になっていたと言う事を医術師達に伝えた。
医術師達は手際よくベッドにガルムを横たわらせ、額と体の各所に手をかざして、脳と体の両方の状態を調べ始めた。
ガルムの体が治療されている間、整備士達は疑似形態の回収を行なった。魔力波が追えない場所にあると言うのは確かで、回収しようにも位置を確認する事も出来ない。
何人かの整備士が話し合い、ジークに連絡を取る事になった。ジークのシャドウも、何処にいるのか特定できない。しかし、本人への通信は出来た。
ジーク本人は話を聞いてから、「じゃぁ、俺の方でも調べてみるにゃぁ」と言って気楽に通信を切り、ゴーグルの中で目をしかめた。決して気楽では無い表情で。
ガルムの肉体があるはずの、ハウンドエッジ基地に観察網を持っていて、肉体の様子を分析すると、大量の霊力と魔力と神気が搾り取られているのが分かった。
「あんにゃろう、空間以外を越えたな」と、ボソッと愚痴る。
「世界の隙間」を移動するだけなら、空間移動で充分なはずだ。視覚グラフで魔力波を見るなら、横方向に放たれる魔力が強くなる。
ガルムの体が放っている魔力波を視覚グラフに置き換えると、「縦方向」に複雑な波を描いている。どうやら、ガルムは意図せずに「時間軸移動」をしたらしい。
姉を探すための時空移動で、何故時間軸を移動しているのだ。
ジークは、頭に向かって血が上がってくるのが分かった。そして頭に来るって言うのはこう言う感覚か、と納得していた。
心を落ち着ける呼吸をしてから、好奇心のままに時空移動をして自滅したガルムのシャドウを探して、魔力波が移動した道筋を追って行った。
またガルムが医務室に運ばれたと言う話を聞いたノックス達は、「なーにがあったんべ」と、緊張感無く呟いていた。訓練所を使い終わって、シャワールームに移動している時だ。
ノックスとコナーズの他に、トールと言う名の少年兵と、ガッズと言う少年兵が一緒にいる。トールは去年十六で入隊したので、今年で十七歳。ガッズはトールと同い年だが、入隊したのは今年だ。
「ガルム先輩は、なんで度々倒れるんですか?」と、ガッズが聞いてくる。「そんなに体が弱かったら、兵士なんて務まらないんじゃ……」
トールはガッズの後ろ頭を小突いて、「タコ。一度、本人と一緒に実戦に出てみろ。あの人すげぇんだぞ」と、述べる。
痛い目を見た後ろ頭を撫でながら、「すげぇって何が?」とガッズは言う。
「筋力が強いのは当たり前だけど、他人の魔力を増幅する力がすげぇの」と、トール。
「補助術師として優れてるって事か? そんなのと、体が弱い事は関係な……」とガッズが言いかけると、トールはガッズのデコルテの中央を、ドスッと拳で突いた。
「体は弱くない。お偉いさん達に無茶させられてるだけだ」と、どうやらガルムの信者らしいトールは、先輩を弁護する。「大方、今回も『出来る限りの全力』ってやつを、使わされたんだろ」
生憎、ガッズはその「出来る限りの全力」と言うものが、数日間の安静と治療が必要になる疲労を残す事を知らない。
まだ納得していないガッズと、ガッズが変なこと言ったら殴ってやろうと待ち構えているトールを見て、先輩二名は喉で笑う。
「少年達よ」と、ノックスが笑顔を作ったまま口を挟む。「シャワールームでは静かにな」と。
暗に「少し黙れ」と言うサインを出されて、少年兵達は背筋を伸ばすと、シャワールームに急いだ。
濡髪をタオルで拭きながら、居室に戻る間の廊下で、ノックスとコナーズは話し合う。
「ガルムって、割と信者が居るんだな」と、コナーズ。「外見的には『男が憧れる男』ではないと思うのだが」
「どっちかって言うと、女性人気のほうが集まりそうだよな」と、ノックス。「本人もそれを知っているのか、男でも女でも信者を寄せ付けないし」
「ガルムの周りにいる奴ってどんなんだっけ?」と、コナーズは指を折り始める。「俺等と、マダム・オズワルドと……」
「アヤメって言う、狙撃隊の敏腕と知り合いだって言ってた。昔のアンねーちゃんの事を知ってたんだって。時々、マダムと一緒に飯の味見をしてもらう仲らしい」と、ノックス。
「マダムが絡んでなきゃ、良いカップルに成りそうだな」
「マダムと言うワンクッションがあるから、成り立ってる関係なんだろう」
「その他には?」
「んー? 通信兵に、確かガルムの知り合いが居たと思う。誰だっけ。タ……タイ……」
「タイガ・ロンド?」
「よく知ってんな。その人よ」
「ごった煮会の参加者だよ。ガルムの知り合いだって言ってた人だ。シノンって言う、なんか陽気な補助術師と一緒に、度々来てる」
「何気に、敏腕や熟練達との縁はあるのな。羨ましい奴」
そんな事を言い合っているが、会話の最後には、「今回は病院送りにならないと良いけどな」と、ガルムの苦労を知っている人々の間で、度々辿り着く結論に至った。




