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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第八章~何時か聞いた君の~
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8.既知の人物

 案内人(ガイド)からの許可を得て、ガルムはようやく別の空間への移動が可能になった。それにしても、見える物に応じて移動できる空間が変わると言うのは、どう言う事だろう。

 イヴァンと言う少年の姿と、テラを宇宙から見た姿を思い浮かべ、ガルムは少し考えた。

「何時か君も見るかも知れない」と言っていた、姉の言葉を思い出す。流転の泉と言う、禍々しい力を放つと言うある種の銀河系団を。

 今回は見る事が出来なかったな、自分の「隙間」を通って来なかったからだろうか。

 ガルムはそう考えながら、エネルギー流動を探して「世界の隙間」を移動した。

 ゴォォオオと、風が渦巻いているような、水が渦巻いているような、不思議な音が聞こえる。

 流動はその中に吸い込まれており、その渦を超えると別の場所に出るのが分かった。当てはないが、しらみつぶしに探すしかない。

 ガルムはそう意を決し、空間の地面を蹴って、流動の渦の中に飛び込んだ。


 サクヤから受け取ったデータを基にした、一週間の予定をやり終え、カーラは一度ハンナの元に戻る事にした。

 必要なものと、データを記録した水晶の入っているリュックサックを担ぎ、サブターナ達に見送られて、土のにおいのする地下室へ進む。

 折角隔離した空間にねじれが出ないように、地下室に備えられている隠し通路から、外部に直結している空間の穴に入るのだ。

 そうすると、カーラは町を越えて田舎の方に移動した森の、獣道の前に出る。

 防壁を作るだけで、だいぶ大変だったな。地方都市が一個作れそうな土地を囲むんだもん。当たり前か。それにしても、あの標本は何で砕けちゃったんだろう。

 そんな事を考えながら、カーラはリュックのベルトの食い込みを直した。


 徒歩と電車とバスで、ハンナの待つ家に帰ると、書斎に居たハンナは浮かない顔をしていた。

「何か、悪い事でもあったの?」と、カーラは聞く。

「そうねぇ……」と、ハンナは言葉を濁す。それから、「アン・セリスティアが、行方不明になったらしいの」と打ち明けた。

「アンって、二重デルタの術の?」と、カーラは確認する。

「そう。アプロネア神殿に匿われてたんだけど、何かの影響で体ごと何処かに『消えてしまった』みたいなの。転送の魔術かと思ったけど、残存魔力は無かったそうよ」

「ふーん」と、カーラは薄い反応をする。

「ああ。貴女は、アンとは会ったことなかったわよね」と、ハンナは薄い反応の要因に目星をつけた。「白い髪と、青い目をしている人よ。昔は、朱緋色の瞳をしていたらしいけど」

「白い髪と青い目……」と、カーラは繰り返す。それから、「その人、私より背が低い?」と聞いてくる。

「え……。ええ」と、ハンナは手元で水晶版を操作しながら、アンの外見情報を検める。「身長は、百六十センチ。カーラの身長が百六十七センチだから……ちょっと低いわね」

「居なくなった時は、パジャマを着てた?」と、カーラの質問は続く。

「それは……予想だけど、着てたかもしれない。眠ってる間に居なくなってたって言う話だから」と、ハンナ。

 カーラは考えるように顎に手を当てて、「もしかしたら、私、会ったかもしれない」と言い出した。

「誰に?」と、勘の悪いハンナは聞き返す。

「アン・セリスティアの写真はある?」と、カーラはハンナの隣に来て聞いた。

「あるわ。すぐ呼び出す」と言って、ハンナは水晶版を操作する。

 映し出された「アン・セリスティア」の容貌は、朱緋色の瞳をしていた頃の、黒いロングワンピース姿のものだった。

「この人だ」と、カーラは言った。「瞳の色は違うけど、私、『エデン』でこの人に会ったの。『エデン』の防壁の作り方を教えてくれたの」

 カーラはそう言ってから、自分が聞いた、その人の名を思い出せなくなっている事に気づいた。


 幾つかの空間を行き来している間に、ガルムは何故、魔力文明が廃れるのかの原因が、段々分かってきた。

 一般的に、魔力文明と言うのは、魔力を持つ者に利益が集まるようにできている。

 そう言った個人的な能力に関わる貧富の差と言うのに反感を持った、「力を持たない者達」が、革命を起こすのだ。

 それは無血革命とは行かず、「力を持たない者」からの暴動と、互いが衝突する流血を経て、ようやく「非魔力保持者」と「魔力保持者」は話し合いをするようになる。

 その結果、個人の能力に寄らず誰でも使える文明を促進しようと言う事で、機械文明の発達が加速するのだ。その結果、人間達は脱・魔力化を成し遂げる。

 その後のほんの百年ほどで、魔力に対しての知識も、正確な術を扱う方法も失われ、個人が持つ能力は「身体能力」に限定されて、全体的に人間は弱体化する。

 こんな様子になるなら、誰でも魔力を資源みたいに使える環境にすれば、魔力を失わなくても文明は発達するのでは? と、ガルムは思うのだ。

 今でも、魔力持ちにとっては高度な文明を築いているのに、それを「その能力はみんなが使えないから、みんなで弱くなりましょう」と言うのは、理にかなってない気がする。

 これも、俺が軍人だから出てくる発想なのかな?

 考えながら空間を飛翔してたガルムは、目の前に開けてきた、新しい空間に飛び込んだ。


 其処には、宇宙の彼方へめがけて空間を跳躍しようとしている魔術師達が居た。いずれ来る「訪れ」にいち早く気付き、それを阻止しようとしている魔術師達だ。

「アーネット」と、その中の一人が、誰かを呼んだ。「準備は整った?」

「ええ」と、ガルムの知っている声が答える。「もう、別れは済ませた」

「だいぶ長くかかったね」と、また別の一人が声をかけた。「君には心残りが多かったって事か」

「そんな所かな」と、アーネットと言う声は答えた。「もう、この世界に私は必要ないから」

「それじゃぁ、神様の所へ」と、最初の声が言う。「滅ぼさなければならない神様の所へ」

「君が居てくれてよかった」と、別の一人の声が言う。「十二人も選び出すのは大変だったよ」

「ありがとう」

 そう答えたアーネットは、ピラミッドによく似た祭壇を上り始めた。

 ガルムは直感的に気付いた。これから、「アーネット」は、流転の泉に向かおうとしている。それを滅ぼすために。この世界から、居なく成ろうとしている。

 頭に、一気に血が上る。彼は、「アーネット」の背に向けて叫んだ。

「嘘吐き!!」と。

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