4.見る夢の数だけ
アンと同じ声で、案内人は話し始めた。
「後で君が不思議に思わないように、此処の名前を教えてあげよう。『世界の隙間』って呼ばれてるんだ。何処の空間にも属してない、それこそ境界にある場所さ。
人と場合によって色んな見え方をするし、案内人が存在する場所と存在しない場所もある。
世界の隙間って言うのは、統一された場所じゃなくて、地上に存在する意識の数だけ存在する。眠っている間の夢の数だけあると言えば、生きているものには分かりやすいかもしれない。
勿論、君に属する「世界の隙間」と言うものもある。普通は、自分の属する世界から、隣接している隙間に来るものなのだけど、君は随分へんてこりんな方法で此処に来たようだ。
他の誰かの隙間を通って、空間を壊しながら来たんだね。
出入りは自由だって言ったけど、壊れた空間が治るまでは、一応、此処から出ないほうが良いよ。迷い道が増えてるからね。
それにしても、此処に君を送り込んだ人物は……何処に居るんだい?」
そう問いかけられて、ガルムは「自分を送り込んだ術師も、シャドウの機能を使っているので、生物のような気配はしないかも知れない」と答えた。
それを聞いて、案内人は「通りで、空間が壊れるわけだ」と、ぼやいた。「魔力の組成からすると、龍族か、それに近い存在だと思ったんだけどね?」
「それは、間違いないです」と、ガルムは正直に答える。
答えてから、今のこの会話は管制室に届いてるんだろうかと考えた。
アンナイトの応答がないので、管制室の人々に聞かれているかも知れない事を気にしていなかった。
目の前の、アンそっくりの形を取った案内人からではなく、空間そのものから返事が返ってくる。
「此処での言葉は、何処にも届かないよ。たぶん、君の肉体が言葉を発して居なければ」
そう言う事なら、体のほうが喋ってたら、意味の分からない独り言をブツブツ言っている状態になるのか……と思って、それは嫌だなぁと考えた。
目の前の、焚火にあたっている案内人の表情が、うっすらと笑む。またフードで顔を隠すような仕草をしてから、元の鱗に覆われた、性別の分からない顔に戻した。
「さて、君には『移動できない時間』と言う余裕が生まれてしまったけど、他の世界も見てみるかい?」
「出来る事ならお願いします」
「出来ないって言ったらどうする?」
「そう言われると……困ります」
「うん。だと思う」と言ってから、案内人は火にあてていた両手を目の前で合わせ、ふわりと両手を広げた。「少し遠くを見てみよう」と言いながら。
火孔、砂丘、急流、雲海、銀河。
幾つかの風景がフラッシュした後、ある視点で止まった。
紺色の空間に、青い丸い星が、月のように一つある。白い雲と青い大気、そして青い海を持った星だ。大気の膨張効果で、魚眼状に歪められた大気内の形は不思議な美しさを見せる。
「凄い……」と、ガルムは呟いた。「これは、何ですか?」
「テラを、外から見た様子だね」と、案内人は言う。「これが一般の人間でも普通に見れるようになるまで、まだ時間がかかるかな」
「それは、魔力的な方法で?」と、ガルムは問い重ねる。
案内人は答えた。
「いいや。君達の文明は、これから『機械的発達期』に入るんだ。縮力機関の他に、電気文化圏での文明的発達が加速されてね。その一端で、宇宙に干渉するって言う技術が作られる。
こんな風に星を眺める他に、その技術で、宇宙からテラの状態を観察するようになるんだ。それで、色んな事が分かるから」
ガルムはまた聞く。
「色んな事って、どんな?」
「平和な方法としては、雲の動きを観察して、正確な天候の変化を予測できる。星がどんな風に生まれてどんな風に消滅するのかや、他の銀河系がどんな風に見えるのかも分かる。
物騒な方法としては、別の国の何処がどんな様子で、飛距離のある攻撃方法を使って、どれだけ正確に遠隔的な攻撃を加えられるかを計算できる」
「平和な方法が発達する事を願います」
そう言うと、案内人は「平和で優しい世界を作るために、絶対に撃ち放ってはならない弾丸が必要だとしたら?」と聞いてきた。
ガルムは考えた。案内人の言葉が、「威嚇し合う事で成り立つ平和」と言うものを表現していると分かったからだ。
青年は目を伏せ、「それが、人間の持ってる業なんですね」と、溜め息のように呟いた。
「そう割り切れるのは、君が軍人だからだよ」と、案内人は言う。「信仰者の中には、『愛』で、世界に変化が起こせると思ってる人達もいる。テラで最初に『信仰としての愛』を説き始めた人は、残念な結果に成ったけどね」
「愛……って、何なんでしょう?」
「君にはよく分からないだろうな」と切り捨ててから、案内人はこう述べた。「君が、お姉さんを探そうと思ってる理由と、似ているかも知れない」
それを聞いて、ガルムのシャドウの頬が少し紅潮する。
「姉を探してるのは……」と言いかけて、ガルムは短く黙った。それから、「家族だから……です」と言葉を落ち着けた。
「だけど、君の中では、お姉さんは家族以上の存在だろ?」
案内人はガルムが意識したくないことを指摘する。
「君の心の中で起こってることは、仕方ない事なんだよ。人間の脳が持つ錯誤なんだ。仕方ない事だけど、自分の歪みに、呑まれないようにね」
案内人の言葉の終わりを告げるように、紺色の空間は消えた。




