3.粗暴な来客
遠くから何かが急速に近づいて来ているのは分かっていた。だが、この空間に入れるのは双子の影か、もしくは彼女達だけだ。
その双子の影も急速に数が少なくなった。後々、この空間が必要になるのは、恐らく彼女達に行き先を見せるためだけになるだろう。
案内人は、空間に溶け込んだままの姿で、彼女達が居る地点を観察している。
頭上で、岩に鉄の塊をぶつけたような音がした。その音はほとんど間を置かずに、二度三度と響く。
空間の上部で、殻に圧がかかっている。
誰かが許可もなく、無理矢理この空間に侵入しようとしているらしい。
侵入しようとしてる者は、霊力と魔力と神気を持っている。条件は揃っているな、と案内人は思った。それに付け加え、空間を壊さんばかりの、人間だったら扱えないような魔力圧を放っている。
仕方ないと思って、案内人は空間の入り口を開けた。
途端に、神気体によく似た何かが、バランスを取り損ねたような姿勢で落下してきた。
空間の床に着地してからも、しばらく加圧が続き、その者の体は床に倒れたまま起き上がれない。
案内人が空間の殻を閉じると、加圧は止まった。
息を弾ませながら、神気を纏う者は素早く体を起こす。
それと同時に、案内人も、人の形を作った。何時もの、蛇の鱗のような肌を持っているローブ姿の。明かりを燈すように、自分の目の前の空間の床に火を作る。
「その器は何だい?」と、案内人は、目の前の白い髪と青い目の、黒い軍服姿の青年に声をかける。
青年は、自分の手腕と足元を見るように視線を彷徨わせてから、「神気を伴った、ある種の映像です」と答えた。「僕達は、疑似形態と呼んでいます」
「ふーん。それで、何のために此処へ?」
「あの……。俺も、なんで此処に来たのかは分からないんですけど、その……姉を探していて。この空間に来たかも知れないんです。何か知りませんか?」
「お姉さん……」と、案内人は呟いて、何か閃いた表情をしたが、敢えてこう聞いた。「君の名前は?」
「ガルムです」と、青年は答える。「ガルム・セリスティア」
案内人は、ガルムと名乗る青年から、姉である「アン」と言う女性が、元の空間から消えた時の様子を聞いた。
「そうか。でも、此処にくる子は、みんなぼんやりした状態だから……誰が君のお姉さんだったのかは、分からないな」と、案内人は言う。
「そうですか……」と呟いて、青年の像は悔し気に俯いた。それから、パッと顔を上げ、「あの。それでもし、この空間から別の空間に移動する方法が分かったら、教えてくれませんか」と聞いてくる。
「移動は自由だよ。唯、何処が見えるかによるかな。例えば」と、ガイドは述べて、火に当てていた手の片方の先を、一方に向けた。「あれが見えるかい?」
其処には、さっきの鉛色の空間を沈むときに見送った風景のように、外の世界の様子が見えていた。
黒い髪と朱緋色の瞳をした十歳くらいの少年が、自分の背より高く組んだ荷を担ぎ、慣れた様子で山中の街道に歩を進めている。
「イヴァン」と、彼は呼ばれて顔を上げた。
通り過ぎようとしてた顔見知りらしい男性が、「今日の仕事はそれで終わりかい?」と声をかけてくる。その人物も、少年と同じように荷を担いでいる。
「まだ。後、二往復はしなきゃならない。それから、別の仕事が二つ入ってる」と、少年は答えた。
「相変わらず、働き者だな」と言って、男性は少年の頭を撫でようとした。
少年はその手をサッと避けて、「叩くなら肩にしておいてくれる?」と文句を言う。
男性は「ああ。すまんすまん」と応じて、少年の肩に手を置いた。
「まだ日が高いが、夜に出歩く事に成らんよう、気を付けろよ」
「分かってる。ありがと」
そう言葉を交わし、顔見知り同士は再び自分達の行こうとしていた方向に足を進めた。
ガルムはその少年を見て、ずっと以前に閉鎖された鉱山の中で見た少年と容貌が合致すると気づいた。身長と髪が伸びて、服装が変わっているが、顔つきと瞳の色はそっくり同じだった。
「エムツー」と、ガルムは口走った。
まるでその声が聞こえたかのように、少年は辺りを見回した。瞬間的に、少年の周りに守護の結界が起動する。
少年は、息を細くして目を大きく開き、空や木陰や草地に警戒する視線を向けている。
不味かったかと察して、ガルムが口を閉ざしてから、少年はしばらく周りの様子を観察し、警戒を解かないまま、目的地へ向かって行った。
「何が見えた?」と、案内人は知らないふりをしながら聞いた。
「男の子が……。イヴァンって呼ばれてる男の子が、荷物を運んでるような様子でした」と、ガルムは答えた。「朱緋眼を持ってる」と、付け加えて。
「うん。君と同じ要素を持って居るね」と、案内人は言う。
ガルムは顔を緊張させてから、「それを、何故?」と聞き返した。ガルムのシャドウの瞳は青に設定してある。根源を探らないと、ガルムが朱緋眼を持っている事は分からないはずだ。
「僕も、一応、案内人と言う仕事を担ってるからね」と言って、案内人はローブのフードを被った頭を一度下げる。「色々、器用な事は出来るんだ」
そう言ってから、案内人は顔を上げる。「こんな風に」
其処には、アンとそっくりの顔が創り出されていた。




