2.異界へ
ガルムが疑似形態を操る準備をしていた間、ジークのほうはまず、自分の情報網でアンの存在をキャッチできないかを調べていた。
かつてアンが無数に増やした、野鳥や渡り鳥の視点を復活させ、ジークは大地を見下ろす。空を飛ぶ鳥達の侵入できない極地も、其処に住んで居る生物達の視野を借りる。
連続で視点を変え、視野を頭の中に暗記する。目視できる情報としては、アンの姿は何処にもない。
鳥が飛ぶより高い位置と、海中と海底は、魔力波を追う事で捜索した。
しかし、それ等の場所にも、アンの魔力波の気配はない。
「この世界には居ないな」と、ジークは結論付けた。
そこに、ガルムからの通信が送られてきた。「ジークさん。シャドウの起動を」
「ああ。二手に分かれるかにゃ? それとも、もっと頭数は居るかにゃ?」と、相変わらずジークはふざけている。「俺のほうでサッと調べた感じは、この世界には居ないっぽいんだけどにぇぇえ~」
「それは、姉が地上に居ないって事ですか?」と、ガルムの声が聞こえる。
「地上にも海の中にも、成層圏内にも居ないにょだよ。となると、別の空間に飛ばされている可能性があるにょだよ。その空間が何処かは分からにゃい」
「ジークさん」と、若干怒った声でガルムは返事をする。「真面目に探しました?」
それを聞いて、ジークは息を吹き出し、喉の奥でクククと笑った。「ねーちゃんとは違って、割と頭硬いんだにぇ~」
「その語尾をやめて下さい。真面目に話してるんですから」
「嫌ら。俺の語尾を気にするよりぃ、アンがこの世界から消えている事に関してぇ、なんか意見あるかにゃぁあ?」
ガルムはイライラするのを抑えて、とりあえず相手の態度は無視する事にした。
「異界に居るって事ですよね?」
「その通りだにぇぇ。異界に侵入するにはぁ、どんな制限が必要かはぁ、勉強してあるかにゃぁ?」
本当にこいつはムカつく奴だと思いながら、ガルムは深呼吸をする。
「霊的な力と魔力的な力と……少しでも神気が必要」
「うんだらもって」と、ジークは意味不明な言葉を発する。
「何ですか今の?」と、ガルムは、こいつと喋るの嫌だなーと思いながら問う。
「『なんたらと言う事で』っぽい意味。古い何処かの地方の言葉だから、俺も正確な意味は知らんにょだよ。で、うんだらもって、俺のシャドウは霊気と魔力しか扱えにゃい。
異界に調査に行くには、お前のシャドウを使う事ににゃる。ついでに、無理矢理入り口を作って入る事ににゃるから、帰り路は確保できにゃい。それでも、ねーちゃんを探しに行くかいにゃ?」
「可能性があるんだったら、行きますよ」
ガルムは少し嫌味っぽい返事をした。それを聞いて、ジークは更に調子に乗る。
「よぉし、よし。じゃぁ、ハードモードとイージーモードの、どっちが良いかにぇ?」
「どっちでも良いです」
「地面の下に侵入させられてもぉ?」
「溶岩の中を移動するのは過去に経験済みです」
「ほぉ、すっげぇ。だけど、神気体と疑似形態の強度を間違えるにゃよ。神気体ほど万能じゃねーんだじぇ」
「分かりました。それじゃぁ、さっさとそっちのシャドウを起動して下さい。時間が惜しいんです」
「へいほー。じゃぁ、俺のほうのシャドウを幾つか分裂させるにょで、その真ん中に居て下さるかしらにぇ」
そう言う声が聞こえてから、アンナイトの安置室の一角に、カジュアルパンクファッションのジークのシャドウが三体現れた。
ガルムも自分の姿と声をコピーしたシャドウを作り出す。その形状は、白い髪と青い目をした黒い軍服姿だ。
「オシャレじゃないにぇ」と、通信ではなくジークのシャドウの一体が話しかけてくる。「折角、外形変形が特化されてんだから、もっと色々遊んでみればぁ?」
「遊んでる場合じゃないので、この格好で良いんです」と、ガルムのシャドウは言いながら、鋭い目つきでジークのシャドウを睨む。
「表情は豊かじゃん」と返し、ジークのシャドウはガルムの周りを三方向から囲む。正面と左右だ。
それから、ジークのシャドウが腕を伸ばして、ガルムのシャドウに触れられる距離を取った。デコルテの中央と、右肩と左肩に、伸ばされたジークの手が触れる。
「非接触には出来ないんですか?」と、ガルムは眉間にしわを寄せる。
「無理矢理押し込むんだから、直で魔力を送りこまないとにゃらんにょよ」と言ってから、ジークのシャドウは術を起動した。「じゃぁ、いって、らっ、しゃぁああ~いぃ」
ゆっくり発音されたジークの見送りの言葉は、次第にフェードアウトして行く。
ガルムの目の前の風景が変わった。
最初に見えたのは、鉛色の空間。その空間をゆっくり沈んで行く間、複数の「外の景色」が視界をよぎる。
何処かに姉の姿が無いかを探したが、何度シャドウを回転させても、アンの姿はない。
そもそも、俺は何処の空間に送り込まれてるんだ? とガルムが考えると同時に、急に落下の速度が速まった。ガルムは恐らく「空中」でシャドウをコントロールし、落下する方向に足を向けた。
幾層か、薄い透明な障壁の様なものを通過する。
やがて、石に鉄の塊をぶつけたような音を立てて、ガルムはある空間の上に着地した。それより下は霊的に隔離されている。
ギリギリと音を立てるように、ガルムのシャドウは重さを増していく。この加圧はジークの魔力によるものだ。
シャドウの足が潰れるんじゃないかと疑ったが、あまりの圧に、ガルムは空間の殻に片膝をついた。それから、片手を足の横に置く。
どちらの動作をした時も、ガツンガツンと、殻へ向けて衝撃音が鳴る。
やがて、霊的な殻はドーム状だった天辺が沈み始めた。
これ以上、加圧が続いたら、空間がおかしなことになるのでは……と思っていると、足元の殻の一部が円く開き、ガルムのシャドウを内部に取り込んだ。




