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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第八章~何時か聞いた君の~
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1.透明になって消えたい

 次の休暇が取れた日。ガルムは手土産として、ケーキ屋でクリームベリーパイを買うと、バスとタクシーでアプロネア神殿まで移動した。

 窓の外を滑って行く町並みは、タクシーの運転手の選ぶルートによって少しずつ違ってくる。料金に差が出るほどの距離的な違いはないが。

 アプロネア神殿最寄りの公園前で降ろしてもらう。料金を払い、ドアを閉めてタクシーを見送った後、木と花の植えられている公園の中を見回す。

 公園の真ん中に植えられたサンフラワーが見頃だった。涼しい風が明るい黄色の花を揺らし、秋になると赤く色づく「カエデ」と言う東洋の木も、鮮やかな緑を見せている。

 太陽の光に腕をかざしたついでに、腕時計を見る。朝の八時四十五分。神殿の開放時間までは後十五分。

「透明になって消えたい」

 そんな言葉が思い浮かんだ。何処かで聞いた言葉だ。確か、何処かで聞いた歌の歌詞の一節。

 本当に、透明になって消えちゃったら……悔やむことのほうが多そうだ、と、ガルムは考えた。

 ほんの数ヶ月前に、サクヤ・センドと言う少女から、エニーズ・タイプスリーとの戦いがどのような様子であったかを聞かれたことがある。

 彼女はまだ十四歳くらいだったが、国家間の機密情報を取り扱う仕事を養父から受け継いでおり、その仕事のために、執事と一緒に大陸のあちこちを飛び回って調査をしているのだと言っていた。

 サクヤ・センドは、先の「大戦」で、双子の姉だと思っていた守護幻覚、ササヤと言う少女を失った。

 だが、その現象についてをサクヤはあまり悲観していないらしい。

 サクヤは語っていた。

「ササヤは、私にとって置きの秘密を残して行ってくれたんです。一生涯かけて解くに値する、とっても大事な秘密を」と。

 その秘密を、アンや、先の大戦で協力し合った者達と一緒に解いて行くのが、今後の自分に課せられた大きな仕事だと、サクヤは言う。

 あの戦いで、何の決着がついたかと言ったら、「永劫の者」や「深くから来た者」と呼ばれる存在による、人間と言う種への干渉の終わりと言う決着がついた。

 永劫の者達は、かつてこの星に生まれた神話を「本物の人間と世界を使って実演したらどうなるのか」と言う遊戯を行なっていた。

 その事実は、龍族の情報網を使って「大戦」に関わった者達に伝えられた。


 永劫の者達が望んでいた演劇は終了した。その後に続くのは、恐らく、世界の選択である。

 永劫の者達と言う支配者が居なくなった後、この星に住まう生物達は、どんな世界を選んで行くのか。

 思い出せば、アンが語っていた「現姫(うつつひめ)と流転の泉」の物語は、その世界の選択の始まりを、ガルムに告げようとして居たのかも知れない。

 この時、何故自分は、何時も出入りしている公園で、三十分もぼんやりしていたんだろうと、ガルムは後に考える事になる。


 預かっていたパスカードを神殿の入り口でスリットに滑らせる。持ち主の魔力紋が読み取られ、侵入を許可された印として緑のランプが点く。

 出入り口を閉ざしていたバーが持ち上がり、ガルムは研究所内部の広い庭に踏み込んだ。

 何か騒がしいなと、直感的に思った。カラーコンタクトレンズ越しに目の力を使ってみると、研究施設内部を、複数の人間があわただしそうに移動している。

「あ」と、誰かの声がした。「ガルム・セリスティア!」と、その声に呼ばれる。

 女性の声だと思って振り返って見てみると、何時も姉の身の回りの世話をしてくれている巫女だった。

「どうしたんですか?」と、ガルムは巫女に聞いた。

「それが……。アン……。えっと、貴方のお姉さんが……」と言って、巫女は辺りを見回してから、ガルムの腕を掴み、「こっちへ」と言って、アンの居室とは違う場所に連れて行った。


 巫女は、顔見知りらしい監視員に「どう?」と聞く。監視員は、首を横に振る。

 ガルムは、その多数のモニターのある部屋で、観察用であり防犯装置も兼ねているカメラの映像を見せられた。

 モニターに表示されているのは、朝六時のアンの居室の映像。

 ベッドの枕元とサイドテーブルには、ガルムの他に、アンの状況に関して理由を知っている数名の仲間達が持ってきたお見舞い品が飾られ、賑やかなものだ。

 カーテンを透かして日光が部屋に差し込んできている。ベッドに横たわっているアンは寝苦しそうに顔を日光から背けた。

 その途端、カメラの映像にノイズが走る。秒数としては三秒ほどを経て、再び映像が表示されると、既にベッドにアンは居なかった。

「この映像が、アン・セリスティアが最後に確認された物です」と、巫女は言う。「この後、貴方のお姉さんは、何処にも姿がないんです。私達も探しているんですが」

 ガルムは、「もう一度、姉が消えた場面を見せて下さい」と頼んだ。

 監視員が手元の機器を操作し、映像を巻き戻してノイズがかかる数秒前をリプレイする。

 ガルムがその映像を注視していると、姉と一緒に消えているものがあった。

「フィンが持って来てくれたの」と言って、姉が自慢するようにガルムにも見せていた、鉱物の標本。磨かれる前のアメジストが入っていたケースが、ノイズから三秒後の映像には映っていない。

「すぐに、現場を見せて下さい」と、ガルムは頼み、巫女と監視員がアイサインをして頷くのを見てから、姉の居室に向かった。


 それ以後、アンは行方不明になった。本人の意思による逃亡も視野に入れられたが、アンは研究に協力的だったし、神殿の者達も被験者に対して失礼は働いていないと述べる。

 研究者達は、ガルムの言葉から、神殿に出入りできる外部の者として登録されていた「フィン・マーヴェル」に連絡を取る事にした。


 ガルムは大急ぎで基地に戻り、休暇を返上して「アンナイトの操縦許可」を取るための手続きを始めた。

 整備主任に「疑似形態(シャドウ)を使う事」と、「ジークへ連絡を入れる事」を告げ、魔力紋の認証と声紋の認証を経て、アンナイトが起動までの温めをしているうちに、操縦用の衣服に着替える。

「チーフ」と、ガルムは操縦席につく前に、整備主任に声をかけた。「ジークさんと連絡は取れましたか?」

「勿論。彼も協力してくれるって」と、整備主任は答えてから、「管制室(お偉いさん)には、シャドウの分裂実験だって言ってある」と囁いた。

「感謝します」と、やはり囁き声で返事をして、内部灯の光り始めた操縦席に座った。

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